おれは天から降ってくるあめ玉を期待したことはない。
周りをみると、広場では大勢の人が口を開けて空を見上げている。が、おれはそうしない。「もうすぐ天からあめ玉が降ってきますよ。さぁあなたもいますぐ口を開けて上を向きなさい」と語りかける人も数人いたが、なるほどそういうものか、と思ったことはない。信じる信じない以前に、何をいっているのかよくわからない。
口を開けず天も見上げないおれは、広場の人々から批判される。
彼ら:
あなたは天のあめ玉を信じる人を冒涜している。
おれ:
そんなことはない。おれはあめ玉の神学自体には、ある美を見いだす。
彼ら:
天のあめ玉とは、絶対的に善きものの観念なのであって、それが実在しようとしまいと、あめ玉の値段や質の善し悪しを論じること自体が冒涜なのだ。
おれ:
あっちのほうでは天のガムを、反対側の向こうでは天のラムネを待望している。彼らは皆同じように口を開けて天を仰ぎながら、時折、天から降ってくるものがあめ玉なのかガムなのかラムネなのかで言い争っているようだ。
彼ら:
あなたがあめ玉を信じようが信じまいがどうでもいいが、周りがみんな口を開けて一心にあめ玉を待っているのだから、わざわざ場の空気を乱すこともないだろう。さぁ口を開けて、あなたがまき散らした、広場の皆さんの不安を取り除きなさい。
おれ:
広場の一角からは火の手があがっているようだ。足下では子供が泣いている。天を仰いでいる人たちが一瞬、目を降ろして広場を見渡せば、火事を鎮め子供を慰めるためにすぐさま行動するはずだ。煙の匂いも子供の泣き声も感じている筈なのに、誰も周囲を見渡そうとしないどころか、広場を見渡そうと顔を降ろす人々に、すぐさま上を向け、と命令するあなたのような人もいる。
彼ら:
広場には火の手など上がってないし、子供も泣いていない。すべてはあなたの幻覚だ。
おれ:
そうかも知れない。
しかしおれは、天のあめ玉を待ち続ける幻覚よりは、炎と泣き声の幻覚を愛する。
それが首と顎の鈍痛ではなく、骨がきしみ血が脈打つ鮮烈な激痛をもたらすからだ。
おれは鈍痛よりは激痛を欲する。
彼ら:
広場の人々は激痛よりはむしろ鈍痛を望んでいるのだ。あなたには彼らから麻酔薬を奪い取り、激痛の只中に置き去りにする権利はない。
おれ:
自分の意志で麻酔と鈍痛を選んでいる人々は、おれをみて不安を感じることはないだろう。
生まれた時から麻酔を打ち続け、すでにそれが麻酔であることも鈍痛であることも知らない人は、おれをみて不安を感じるだろうが、すぐに忘れるだろう。
おれが語りかける対象は、広場のどこかで泣いている、麻酔も鈍痛も知らないこどもだ。おれはこどもを慰めなければならない。
彼ら:
そんな子どもも存在しない。それも幻覚なのだ。
おれ:
おまえもまた幻覚だ。おまえはおれのblogの記事に登場する、架空のキャラクターに過ぎない。
おまえは鈍痛から生まれた幻覚であり、その自己保存戦略に従って自己増殖する幻覚、その詐術の映像に過ぎない。
おまえ:
幻覚である私を記述するおまえもまた、幻覚だ。
おまえは幻覚を記述する幻覚それ自体にすぎない。
おれ:
否。おれは幻覚に抗う意志、明晰で底意地の悪い狂気だ。
おれは幻覚を喰い破る狂気、飢えるウロボロス、輝ける破滅、恍惚の
わたしだ
おまえだったのか
まただまされたな
まったく気がつかなかった
■補遺A
宮沢賢治の童話に「十力の金剛石」というのがある。
http://why.kenji.ne.jp/douwa/44juriki.html
おれはこの小作品がなぜか大好きで、10代の頃から繰り返し読んだ。この風景は深いところでおれの心象風景の一部となっている。
天から唐突に、無前提に無目的に無尽大にもたらされる光。ある時期の賢治作品に繰り返し描かれるテーマだ(「銀河鉄道の夜」での銀河ステーション出現のくだりなど)
http://contest.thinkquest.jp/tqj2002/50133/story-new_06.html
そして天から降り注ぐ宝石のイメージは、過去に某誌で書いた「48億年前の地球に降り注ぐ永遠の雨」の幻視風景と接続され、さらにこの寓話において雨=あめ玉の言語曼荼羅を表出させている。
■補遺B
「あめ玉」は何に置き換えてもらってもかまわないが、特別に「神」や「宗教」といった大仰なものごとの暗喩を意図しているわけではない。勿論「泣いている子ども」についても様々な解釈が許されるべきだ。
■補遺C
彼、汝、我の段階的な人称変化は、魔術Magickにおける召喚Invocationの基本的な術式である。
■あとがき
天から素晴らしいあめ玉が降ってくるとすれば、天界もまた素晴らしい場所であるに違いない。であるなら、おれは口を開けて空を見上げるのではなく、天界の言語で名刺とあめ玉取引事業計画書を準備し、見晴らしのいい場所から拡声器で天界にむけて語りかける。あるいは、縄と梯子とライフルを調達して天界侵入計画を検討する。天からみれば間抜けそのもののように大口あけてただ立ちすくむ、という選択肢はおれにはないが、だからといってほどほどにしておかないと、いつか唐突に真っ黒なヘリコプターが飛来して蜂の巣にされるかも知れない。おれが真っ黒なヘリコプターならそうするからだ。なにごとも相手の視点にたって考えることが肝要だ。
ぶっちぎって何年だか・・・