2009年02月18日

CUE



高画質/高音質版があがっていたので。


事物が起こる時には、それは既にその以前の時点で確定している。
だから、まさにそれが起ころうとしている時点で喧伝されるなにがしかのビジョンは皆、既に残像だ。時間の突端と中流域の間には、だいたい50年ほどの間隔が常にある。

そう、混迷のピークはすでに過ぎている。
必要なのはプランではなく、ビジョンですらなく、ただ静かで確かなCUEだ。
GIVE YOU A CUE. GIVE US A CUE.
I think we've nearly found it.

静けさと確信と意志。
あらゆる騒々しさに、静かに決別せよ。
雨乞いをするシャーマンの微笑みと優しさで。

マスメディアはその役割を終え、テレパシックメディアが繋ぐ新たなリアリティが脱出速度に到達する。それは静かで透明な海だ。

言霊幸きあう自凝島に、八百万の光輝あれかし。
星をみるたび憶いだせ。23


町田 宗鳳『人類は「宗教」に勝てるか〜一神教文明の終焉』NHKブックス







posted by bangi at 02:25| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
起こった出来事が言葉で説明されるまでに時差があったりするの考えると、
考えるより、黙って感じろ!って事よね。
今〜!
Posted by 今っぺ at 2009年02月19日 00:01
そう、意識と無意識の間には0.7秒の情報処理のタイムラグがあって、意識はその誤差を補正して処理しているし、時代精神の突端(無意識)とコモンセンス(意識)の間は50年ほど。NOW HERE 感覚の獲得は結構ハードコアなものなのだ。
兆し、きっかけ、CUEで動く感覚が重要で、実はそれはメディアの帯域やレゾリューションの増大、脱中心化された時間マッピングという近年のメディア状況とも当然関係している、という話。
Posted by bva at 2009年02月19日 01:22
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