2009年06月18日

私信・美しき霊能者へ

君のいうように、エネルギーの交換という概念は非常に広い領域に渡って、それこそ人類の認識が及ぶ限りの宇宙の果てまでも通底するような、熱力学的な普遍の真理(にかなり近いもの)であって、してみれば物質的な対価や貨幣の移動なんてのはそのごくごく局所で起きる些細なことに過ぎない。

そして霊的リソース、霊的資産と仮にいってみるとすれば、それは地球上の有限の金属資源である金を基準とした貨幣経済とは、全く原資も流通経路も異なるものとしてしか捉えられない筈なんだよ。いつか将来、他の惑星の文明と出会ったとき、その星の経済で地球における金に該当するような資源、たとえばルーゴドとかいう名前の資源を介して貿易しようとする時に、1ルーゴドが何ドルかなんて、最初は誰にも決められない。ふたつの文明が出会って貿易が始まる時には、必ずその断絶が露になる。そして誰にも決められないそのレートが決定される瞬間は、多くの場合それは戦争、純粋な欲望と無慈悲な戦略が解放される祭り、隷属と支配の力学を決定する「最初のじゃんけん」という儀礼によってもたらされるんだよ。

ある種の霊的技術を用いたサービスに、物質ベースの価格を決定するということは、構造としてその戦争状態、隷属と支配の権力ゲームを自ら引き受ける、ということでもある。それがよく見える戦争か見えにくい戦争か、その時のレートが自分にとって有利か不利か、を問わずにね。

その権力ゲームからあらゆる位相において身を引くために、そもそも物質次元のことを物質次元内でカタをつけられないうちは、霊的修行に手を出してはいけない、という厳しい戒律を守っている流派も存在する。その総本山のようなサロンは、意外と君の近くにもあったりもするかもよ。それは市場経済を否定するのではなく、強引な市場の統合、そしてそこに不可避的に付きまとう戦争状態から出来うる限り距離を置く、一種の美学なんだね。灰は灰に、肉は肉に、霊は霊に、というわけさ。

いやそんな戦争なんてとっくの昔に終わってる、ここには霊とモノを媒介する統合された市場が既に確立されている、私はプレイヤーの一人に過ぎない、と割り切れるなら、存分に経営手腕を発揮するがよろしい。地球をひとつの閉鎖系とみたてて、ひとつの市場原理のもとに統合して覇を競うのが、グローバリズムというやつだ。まだ誰も手をつけていない天国あるいは地獄の鉱山をぶち抜きで発見できたら、ビッグサクセスが待っている。

ぐっと自分のスケールに話を引き戻してみると、霊的資本主義経済のスタープレイヤーならまだしも、霊的労働者階級なんてのはおれは不真面目だから到底できないね。物質次元でも、労働者に向いてない、なれないってことに昔から気付いてたから、おれは早々に会社やってるわけだしね。

さらに突き詰めていくと、喰わねば死ぬ、死んだら霊性もなにもない!と叫ぶことも勿論できる。でも、あれ? スピリチュアリズム的には、死んだら霊になるんだっけ?どうだったっけ?

子ども生む女性の感覚からすれば、生きる肉体と霊のあいだの線引きはあいまいだよね。あの世とこの世が曖昧に混じりあっている。でも肉体を生かすのはやっぱり物質であって、Moneyでお腹は膨れない。君を生かす物質の糧が、Moneyが展開する市場に厳密にコントロールされていて、そこから逃れるすべはないと観念するなら、優しい子羊としてドルの草を食むがよい。おいしい。けど、無尽蔵の、アナーキーな、既存の市場を大混乱させてひっくりかえす、本当の外部のリソース、外宇宙の未知の資源を夢見ることは、断念しなければならない。そういうのは、海賊どもがごっそりかっさらう。世の常さ。

スピリチュアリストにもいろいろいる。実業家もいれば高給取りもいる。労働者もいれば海賊もいる。鳩もいれば蛇もいる。君がなりたいものになろうとする時、ふと気がつけば君のまわりは宇宙人だらけだ。その時、君は定石やマニュアルやセミナーはどこにも見つけられない。それらはみな市場を巡る商材であって、市場は宇宙人が嫌いだからね。そしておれは地球の女の子が大好き!







posted by bangi at 00:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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