2013年10月14日

メルマガ「月刊23曜日」と「ケイオスマジックワールドミーティング2004荻窪」


運営していたドメインの整理などで閲覧できなくなっていた過去のコンテンツを整理して再アップしてみた。

このブログ「月刊23曜日blog」は本来、2002〜06年の間配信されたメールマガジン「月刊23曜日」の「編集部だより」として開始されたものであった。メルマガ配信停止から既に7年が経過しているので最近ツイッター東京リチュアル関連からこのブログにたどり着いた人にはご存じない方も多いだろう。今回再アップしたのはこの本家「月刊23曜日」全バックナンバーである。再アップにあたりツイートボタンなどを追加した。


pagelogo.gif
リンク:月刊23曜日 http://tokyo-ritual.jp/23/


振り返るに2002年に「月刊23曜日」が開始されたのは、2001年中央アフリカ・ザンビアでの日蝕パーティへの旅から帰還して間もなくのことだ。南アフリカからザンビアまでおよそ1ヶ月をかけて旅した経験から受けたものがアウトプットされているのだが、当初はディスコーディアンやサブジニアスといったアメリカ西海岸メタ宗教カルチャーの影響が最も強く、初期の号のイメージはそのままPrincipia Discordiaだ。2007年に邦訳されるR.A.ウィルソン「イルミナティ」3部作からの引用も見受けられる。

編集者としてクレジットされているシェークスピアボーイズは自分含むライターチームで、TOKIONとか他のもう忘れた種々の雑誌に宗教法人アレフインタビューや温泉ルポなどを寄稿していた。ALAR MATARは当時我々がアラーと呼んで崇拝していた荒俣宏氏へのオマージュを込めたペンネームで、当然荒俣宏氏ご本人ではない。

諸々のリスペクト、引用、連想のモアレのような「月刊23曜日」だが、ディスコーディアンからケイオスマジック、ニューエッジに至る70-90年代西海岸カルチャーとの関連を指摘する声は全くといっていい程なく、端からみれば「何をどうしたいのだろう?」といった訳の分からないメールマガジンであっただろう。

しかし何でもやっておくといいもので、後に2007年にジョエル・シューマッカー監督・ジム・キャリー主演作品「ナンバー23」が公開されると、文化的背景を絡めて作品解説を執筆して欲しいとの依頼が来た。

リンク:ナンバー23解説原稿 http://23youbi.seesaa.net/article/138229267.html

ほぼ時を同じくして先述「イルミナティ」3部作が邦訳され、「遂に“23曜日”がやってきたのか…!」と小躍りしたものだが、映画は特に話題になることもなく街にコード23が溢れることもなく今にいたる。




もうひとつ、資料的な価値を鑑みて再アップしたのが、2004年東京・荻窪で開催したイベント「CHAOS MAGIC WORLD MEATING」の告知ページだ。

index_03.gif
リンク:CHAOS MAGIC WORLD MEATING http://tokyo-ritual.jp/cm/index.html


当時のIOT JAPANを率いていたDead Jellyfishと二人で、アメリカ・カナダ・オーストラリアから現役のケイオスソーサラー達を招き、3夜に亘ってレクチャーと儀式、ダンスフロア(これは集客が少なく中止された)が催されるというチャレンジングなイベントだ。外人勢がAnton Channing, Jaq D Hawkins, Sean Scullion, Dead Jellyfish、日本人勢としてOTOのHieros Phoenix氏、不肖バンギと蒼々たる面子と豪華内容、そこに込められた時代の熱を上記サイトから感じ取って欲しい。しかしながら、会場に足を運んでくれた知人以外の純粋なお客さんは僅かに数人であった。当時はツイッターも東リチュもなかったのが悔やまれる。

中日の深夜の儀式ではたまたま通りがかって入場してきた酔っぱらい外人も含めてアポロン召喚儀式を行った。輪になって全力疾走し、最終日の客入りを太陽神アポロンのご加護でなんとか盛り上げよう、という意図を込めた儀式であったが、客足は変わらず、一人か二人。DJと「儀式は効かなかったかな?」とうなだれながら朝の中央線で帰路につこうとすると、連日小雨だった天気が唐突に快晴で、はっと目が覚めるような美しい早朝の空に二人して心奪われた。そしてお互いに顔を見合わせ「アポロンな」「そうなんよな」「こういうもんなんだよな」「いつもな」と、力なく、しかし大変壮快な気分でいつまでも笑った。人生でみた最も美しい東京の朝のひとつだった。

「魔術系のイベントは客がこない」は当時から定説であった。複数組織をまたがるフラタニティの絆を持ってしても、である。しかしながら、おれもDJもくじけずイベントを開催し、公開儀式を催してきた。この時の経験がなければ現在の東京リチュアルは存在しなかっただろう。なんでもやってみること、やっておくことが大切なのである。付記すると、このイベントの頃が東京のポストケイオス的魔術人脈は最も充実していた気がする。Illuminati Of Thanateros, Temple Of Set、その他様々な文脈のケイオス的グループ(ほぼ外国人であったが)が関東に存在し、充実した交流、議論、友情が交わされた。この辺りの東京ケイオス人脈とシーンがレビューされることはおそらく未来永劫ないだろうが(*)、現在の西洋魔術シーンの状況しか知らない人には「本当にそれがあったのだよ、かつて、ほんのひと時ね」と証言しておくとともに「ともかくも何かやっておけば、後でなにかになる」とアドバイスさせていただく。

魔術理論的には、熱力学第二法則に支配されたこの物質宇宙では、何かを行って何も起きないということはあり得ないのである。

*IOT Japan周辺で騒動が巻き起こり消滅するまでの間の雰囲気は、事後的ながらこのログに種々のエピソードが記録されている。ログが残るということが重要だ。
リンク:混沌ログ:http://kontonlog.blog105.fc2.com


posted by bangi at 21:54| Comment(0) | 編集部だより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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