2007年06月08日

アーカイブと消失

データバックアップ中にミスって90〜00年代の個人的なデータを消してしまった。
内容的にはまったく個人的な「お楽しみフォルダ」だったのだが、それゆえにこそこの消失感は大きい。写真、思いつきテキスト、メール、恋煩いや呪詛やネットおもしろ事件簿などのデータ群は、時間経過による劣化から解放された、最も克明なおれの人生記録そのものだった、はず、だから。

はず、というのは、失ってしまった今、なにを失ったのかすらもわからない訳で、おれは今、記憶喪失と幻肢痛の合併症のような不思議な感覚に捕らわれている。

奇しくも昨日、ネットメディアとパラノイアをめぐるKiyo氏の「拡張神経失調症」(*1)という概念にニヤリとしたおれは、錯覚としての時間リソースを運用するサイバー詐術ビジネスに対抗する為に、あらゆるリニアな情報時間を撹拌・再構成し続ける不在者のアーカイブというアイデアを書き込んだばかりだ。「不在せよ!」なんて書いちゃったもんだから、その魔術的フィードバックによってめでたく自分が透明人間になっちまったわけだ。

いやしかし、実は消失したのはおれの「亡霊」のほうなわけで、実体としてのおれは今日もピンピンして激辛カレーを喰ったりしている。「亡霊」とは、いつでも読み出し可能だけど「いまここ」には存在しない記憶のアーカイブのことであり、我々はデジタルテクノロジーによって日々、鮮明な残像、影、亡霊を生み出し続けているが故に、現在時点の「私」がそれに依拠する比重も拡大し、それが失われた時の幻肢痛の度合いも増しているのだろう。

そして消失にも階層的なレイヤー構造がある。
データ化され保存されていた記録は消失し、事件は「記憶」のレイヤーに後退、あるいは上昇したに過ぎない。いつでも召喚可能な状態に飼いならしていた使い魔が、そうもいかなくなったという程度のものだ。

また映像、音声、ハイパーテキストによってマルチアングル/ハイレゾリューションに保存されていた「亡霊」は、それでも実体(主体)の断片ですらなく、そのホログラフィックな一単位でしかない。

ホログラフィ技術において、部分は全体を内包する。たとえばリンゴが記録されたホログラフィフィルムをハサミで半分に切断してみても、リンゴの半分が失われるのではなく、情報量が半分となったリンゴの全体が見える。

映像ファイル、音声ファイルと意味内容ごとに区別・格納されていたデジタルアーカイブは、各要素の完全な欠損の可能性を常に孕むが、経験された事件の全体像は脳神経回路と身体にホログラフィックに刻印されており、また事件の複数の共有者が各々ホログラフの一単位となって、より大きなホログラフを形成している。

そのような、ビットから時代霊Zeit Geistまで連続する記憶の流れTide、あるいは束Fluxの広範囲なスペクトル分布に「いまここ」の自分を配置する時、ビットという聖痕に固執するあまり陥る霊的物質主義(そう、それこそがいま現れつつあるトナール東京の実態だ)や、一切を聖なる忘却のうちに滅却せしめんとするデータテロリズムといった諸々の拡張神経病理を排し、したたかな永遠に息づくまなざしと全てを一時に語る舌とを獲得するための「不在の作法」が問われてくる。そこは消えれば消えるほどみえてくる、ホログラフィックな「ありさま」と「ゆくたて」の浄土、石の華の園だ。

なにいってんのかだいぶわかんなくなってきたが、
「宇宙Universeはひとつの大きな差異であり、多元宇宙Multiverseは無限の差異である」
というおれ的ドゥルーズ理解を踏まえ、我々の記憶と忘却のありさまとゆくたてを不在者の視点から捉えること、こそが、来るトナール東京に、不在者のアーカイブを不可侵の御苑として穿つような、愉快なAnarcho Psy-bernetics実践の鍵を握っているだろうことを、拡張神経失調症の典型的症状である忘却幻肢痛に効くと勧められた残像アスピリンをモアレコーヒーで流し込み、折れ曲がったブラインド越しに眺める、絶望的なゴールドフィーバーに酩酊した鍛冶工が全身火傷を負いながら転覆した溶鉱炉から流れ出す甘い味をつけられた溶金によって街ごと金メッキされたまま永遠に静止したようなトナール東京の夕景を眺めながら、鈍く憶いだすおれであった。

みたいなデータダンディズムでちゃきちゃきいくわよ!

(*1)http://mixi.jp/view_diary.pl?id=458531495&owner_id=84408



今日のYoutube

LaLaLa human Steps "Human Sex 1985"
http://www.youtube.com/watch?v=8q876pJ0tWE

Carole Laure - Danse Avant de Tomber
http://www.youtube.com/watch?v=dbYAboccFSc



posted by bangi at 19:01| Comment(10) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
Posted by bva at 2007年06月09日 17:46
伊藤ガビンもこういう電脳災害について語ってましたね確か。
Posted by voidphrenia at 2007年06月09日 21:12
やあ取敢えず痛み入りますです。


ほとんど無関係なほどユルく関係してるっちゃしてる話ですが、C.S.的分別としては今、内臓系/神経系の並行処理および再構築。

<内臓系>の修行/実践に集中してると幻肢痛なんてありえないから馬鹿かオマエみたいな状態になるけど、
<神経系>の場合逆にそんなことも感じれんオマエは素質なし…と反対だったり。

「だからどないやねん」
のナワール大阪より
Posted by C.S. at 2007年06月09日 21:35
当たり前だけど、そのへんの相互関係性のコントロール。
「制度が先か、建築が先か」とか、それに類するようなことをエンエン言ってる人がいるけど、
「アトとかサキとかの問題じゃない」
ことがやっとはっきりしてきた。
そんな気がするニュースまみれの夏です。
Posted by C.S. at 2007年06月09日 21:50
てかその相互関係性の問題だってのは少なくともあさましくハッキリしてきたと思う。
「制度が先か、建築が先か」みたいなテーゼはいくらでも立てれるし、それに類する議論をエンエンやめない連中はいるけど、
そんなもん<同時>でないと何も解決しないし起こらないよ。
みたいな話。

それにしても…さっきから何興奮してるのかわからなかったけど…きっとデータ消失のタイミング。何か凄すぎるとゆーか、何で今な訳よ?
僕なら「御神託」と受け取っちゃいそうです(笑)。
Posted by C.S. at 2007年06月09日 22:01
>voidphrenia
「取り返しのつかない感じ」でしたっけ?
ところでvoidphreniaってどういう意味なんですか?
なんとなくなイメージでは虚無偏愛症?

>C.S.
や、おれにとっても結構なシンクロニシティで、データ消失直後に細野晴臣「アンビエントドライヴァー」読んでて同じ話がでてきたり、そんな時はローリングサンダーのこんな教えが云々と、なんか教育的なんですよw

Posted by bva at 2007年06月09日 23:39
似てる!2つ目のと。
http://www.youtube.com/watch?v=ex6K3E8iVBY
Posted by norizpeco at 2007年06月10日 00:18
もひとつシンクロニシティは、たまたま1週間くらい前に、今回消しちゃったフォルダから10年前に知人と書いた小説をみつけて、mixiにコミュつくって全部保管してたのよね。なんでそんなことしたのかも微妙に謎なんだけど、そうしてなかったらあのテキストはこの世から消失してた訳で、また何が入っていたか曖昧なそのフォルダの中でも、そのテキストだけはきっと、消えていたら心残りになってただろうと思う。

人生って不思議だらけで、なんか慣れるよね。逆に不思議じゃないていうか。

mixiコミュ「突然刹那」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=2189621
Posted by bva at 2007年06月10日 01:49
VOIDPHRENIA=虚無症、かな
スキゾイド/パラノイド/ヴォイドてな
GROKPHRENIA=覚悟症てのも思いついた
毎秒「わかった!」て感じの。
Posted by BVA at 2007年06月10日 03:22
そうそう。
schizophreniaではなくvoidphreniaにコードを変換して。裏がえっちゃっているなら、逆もまた真。

GROKPHRENIA=覚悟症
あ、これカッコいい。
認識即結果。only connect.


Posted by voidphrenia at 2007年06月10日 07:09
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。