2007年08月31日

「ソシュール、バロウズ、マリリンマンソン」最語の外伝

おれは時々、

無表情だとか目が笑ってないとか喋る言葉に真実味が無い、などと指摘されがちだ。

他人を見た目で判断できない者こそ愚鈍なのだ、というどっかの誰かの言葉に大変共感を覚えるおれだが、それはパッとみてバシーンと明らかに鮮やかに見て取れる、というものではなく、注意深くよーく観ると、その人の心理風景は全てその人の外見にうっすらと現れているのが読み取れる、ということであって、つまり注意深く観ることが肝要だ。

パッとみてバシーンとハイわかったアンタこういう人でしょ、というのでは、多くの微かなしるし、機微を見逃してしまい、結果デフォルメされた、戯画化されてたパーソナリティに印象が捕われてしまう、ことが多い気がする。それは分かりやすい特徴を強調した似顔絵のようなものだから、まーあたらずとも遠からずという訳で、特に否定もしないでソウなんですなんでワカルんすか?などと返してお茶を濁すというのもありがちな展開だ。

たかが似顔絵を、それも若干失礼な似顔絵を描ける程度の大味な観察力と表現力で臆面もなく他人のパーソナリティを断じてしまえるような、控えめにいって不用意な人は、しかし他人からは直感の鋭い人、場合によってはスピリチュアルな人、などと評されたりもし、自分でもまんざらでもない様子であったりして微笑ましいのだが、まーそういった感じの人からよく、バシーンとハイわかったあんた目が笑ってないよデマカセいってんじゃないわよオープンユアマインド!などと叱咤されがちなのがおれだ。


先日、知人を囲むなんとなくパーティの席での軽いお喋りのお相手となったその婦人は、おれに本音を語って欲しい、と言う。本音で語ってくれないなら、コミュニケーションする必要が失くなってしまう、とのこと。おれは返答の言葉を亡くし、また悲しくも泣くして、ただ行き場を失ったみじめなにやにや笑いをウィスキーに溶かしてちびちびとなめ続ける他に術をもたなかった。そう、おれはいつもそうだった。おれはいつも心にもないことばかりいってきた。おれは全然そんなつもりはないのに、直感の鋭い人や霊的にステージの高い人には、みんなお見通しだ。おまえのそのいやらしくひきつったニヤニヤ笑い。閉ざされたこころ。


しかしまた、ある意味なんか知らんがふっきれてきた最近のおれは、すっとんきょうにもこう切り返してみよう。おまえこそ、オープンユアアイズ。

あなたのいう本音とはなにか。

それはただ、熱いとか冷たいとか寒いとかお腹減ったとかムカつく嬉しい、といった、プリミティブな身体感覚に割り振られた愚直なラベルに過ぎないのではないか。

「気分を言語化したものが本音である。」これは納得できる。

ある種の病的な神経失調でなければ、いま自分が暑いのか眠いのか嬉しいのか腹立たしいのかを、的確に捉え、言語化して発話することはそれほど難しくない。

しかし、本音がプリミティブな身体感覚の言語化と発語でしかないのなら、本音のコミュニケーションとは「腹減った」「いい気分」「眠い」「なんかモガー!」といった単発的で一方向的な発話の応酬となり、共感と反発はただひたすらに共感と反発のままに投げ出されるだろう。反発を感じていたものの意外な一面に共感したり、共感している筈だったものに微かなすれ違いを発見する場Toposとしての交感の網Netは、決して編まれない。

巻き込みInvolveや折り込みFold inといった分節/文節のテクニックにより、言葉が繰り返し折り返し裏返され異化され、無限の差異がキラメく無限の波の反復に、意識の砂浜が洗われるのをうっとりと瞑想的に味わう官能。それがおれにとってのコミュニケーションの法悦である。

翻っておなか空いてなんかモガー!とかはひとつひとつの波と飛沫に対していちいち溢れでるあえぎのようなものだ。あえいでいるだけではオナニーであり、初対面の人にオナニーを披露しないことと不誠実、不正直であることはあまり関係ない。もうちょっと小洒落てエロいレトリックもたくさん思いつくのだが、とりあえず「他者を思いがけず愛撫し、他者から思いがけず愛撫される」ようなエキセントリック・ダンディズムが、おれの性言語には不可欠だ、とだけいっておければ今は満足だ。Involve, and Fold in. 真に抜き差しならない挿入は、常に白鳥座Xに向かって為されるのだ。おれは常にそうしている。


しかしまた、身体感覚・気分の言語化=本音、とは勿論、上記のようなエロレトリックを書きなぐるためだけのカリカチュアに過ぎない。本音とは、「どう感じているか」だけではなく「なにを欲するか」「どう判断するか」「なにを伝えたいか」といった、もう少し戦略的で構造的な意味伝達事項をも内包する筈だ。それは言葉で編まれた網のようなものだが、網のなかにあるもの=意味が、事実あるいは真実といった概念と正しい対応関係にある状態が、希求されている本音の条件であろう。「ほんとうのことをいってくれ。うそいつわりなく。」


そんなことは果たして可能だろうか。
わたしたちが本音だと思っていることとは、ただ本音であると信じているだけなのではないだろうか。自らの身体感覚や思想、伝達意志と意味内容が、正しく自らの切実な真実と一致することを、我々は如何にして確信、あるいは証明することができるだろうか。

網のなかに捉えた蝶をみようと網を上げると、蝶は瞬く間に飛び去っていく。
言語とその意味内容、ソシュールがおよそ100年前に目論んだ一般言語学という早過ぎた言語ウィルス学の体系におけるシニフィアンとシニフィエの構造に足場を借り、本音とはなにか、それは可能か、可能だとすればどのようなかたちで、そして不可能だとすれば我々はどのような地獄に備えなければならないか、といった事柄を「ソシュール、バロウズ、マリリン・マンソン」と題して次回以降書き連ねてみようかと思ったが、やっぱりやめた。

中央アフリカ、今日も届かないガソリンを待ちながら道ばたで出会う地元ちびっこたちとニャンジャ語で猥談を交わすとき、おれはどこにも本音というものを発見しなかったしその必要もなかった。壮大な誤解を赤く染めて沈む太陽とンガリの夜、遠い星。遠い挿話。
最語。


posted by bangi at 15:02| Comment(12) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
まー
あれなんだよ
相手は不安なんだよ
磨き抜かれたどこまでも平面な鏡には自分が赤裸々に映るからね
キミという透明な平面に奴らは自分の中の醜悪な化け物を投影して不安に喘いでいるのさ
「本音を語ってちょうだい!」
と、ヒステリックにまくしたてながらね
そしてその叫びは大抵
お上品な化粧で塗り固めて能面のようになっているんだ
「あたしは何でもお見通しよ」、という素振りで
Posted by Raven at 2007年08月31日 15:48
たしかに「なんかモガー!」て良く思うよ。
Posted by yk at 2007年08月31日 22:40
ケンチャンは本音を言わないけど、言わないながらも、自分で思ってないとこで思わず笑ってたりするじゃない?よく下向いてふきだしてる(笑)
そこが魅力のよーな・・・?

遅ればせながら結婚したのですね^^
おめでとうございます!!
Posted by まこ at 2007年09月01日 01:56
あちゃー!めんどくさい女性だね。。まぁ、そんな人は沢山いるよ。愛想笑いと嘘の真実を準備して回避は大人のマナーだね。でもめんどくさいと私は誰とも話さないよ。だって面白くないんだもん。ストレス貯まるし。
私も少し前までは目が笑わないと良く言われたよ。だって面白くないんだもん。笑えないよ。
Posted by とらこ at 2007年09月01日 02:19
表現は本音からのもととしか思わないけどね。

よほど痛い目にあって、疑り深くなってしまったのか。 直球勝負でやってきたか。 生理前とか。

Posted by 太郎子 at 2007年09月01日 15:25
思いのほか女性陣からのご意見多くてなんか恐縮です。

>Raven
でも鏡みたいな奴ってのもなんだか不気味だよね

>yk
おれも思うけど、それをそのまま表現するのは慎みないこと、みたいな文化で育ってきた気がするね
かなりそのままだしてるけどね。

>まこ
やっぱり本音いってないか...
そう結婚つか婚約したんだよ。で式までなかなかたどり着けない,,,
Dyson掃除機、覚えてるからもうちょっと待ってね

>とらこ
おれ10代の頃「目が笑ってない」という理由でピザ屋とスナックのバイトクビになったな。
老人病院では「あの世をみているような神秘的な表情」てことで受けてたから、まー適材適所だよね。

東京は、面白くなさそうな人はそのままほっといてくれるし、その上で紳士的にやりとりできる気がする。
それは冷たいとかじゃまた違うんだよね

>太郎子
先日つっても数ヶ月前だからあれだけど思い出すとねー
「ご機嫌いかが?」
「ええ、結構ですわよ」
「お天気の話題でもいかがですか?」
「あなた、なにがいいたいの?」
みたいな感じ。やっぱおれが悪いね。

Posted by bva at 2007年09月03日 00:38
人は多かれ少なかれ
周りに自分を投影しながら生きてるもんだわさ
「神秘的なまなざし」に乾杯 cheers
Posted by Raven at 2007年09月03日 08:07
本音を語らない?そんな風に思ったことが
一度もなかったので驚きました。
はは〜ん、そんな一面もあったのですね(笑
Posted by LB at 2007年09月03日 11:47
>LB
いや語るよ本音。
でもさーおれの本音(本気)トークってオカルトと陰謀論が主だから、まずそういう流れにならないと話がはじまらないし、そういう話を始めてみても「冗談かホラ話」として処理されるでしょ。そこに敗因がある気がするんだよね。
Posted by bva at 2007年09月03日 12:41
「慎み」の文化と並行して「本音で語る人=いい人」みたいな価値観、確かにあると思うけど、
「本音」=「単なる生理の奴隷状態にある人が発するうわごと」
みたいな理解されたんじゃたまらんよね。
そーゆー基準で言うなら24時間泥酔状態にある人がいちばん良い人ですよ。たぶん。
Posted by C.S. at 2007年09月03日 15:09
>CS
そう、それ。生理への隷属。そこに呪咀はあっても言魂は宿らんよ、てね。呪咀勘弁。
Posted by bva at 2007年09月03日 16:09
会話のありかたに地域性はかなり関係してると確かに思わされる今日この頃。
私が住む土地の馴れ合い文化には本音は爆弾みたいなものだし。
まぁ、でも本音は無駄に言わないでいいと思ってる私からすると黙ってその時をまつ感じ
だからカウンセラーになれるくらい相槌上手になった
ということで
めんどくさい人に出会ったら
話をするのでなく引き出せばいい

多分
Posted by トラコ at 2007年09月04日 03:09
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