2007年12月10日

怒りは絶望を叩き潰す

表題は世界一うるさいジャズドラマー・のなか悟空氏の名言。

ご存知の方はいまさらだろうが、おれはだいたいいつも怒っている。
怒りたくて怒っているわけではないが、おれを怒らせる腹立たしきものごとがこの世界から一向に減らないのだから仕方ない。いちいち怒ってるのも莫迦らしいとも思うが、怒らなくなったら負けだとも思っている。奴らはおれが莫迦らしくなって諦めるのを待っている。

ニーチェは意志と強さを善、あらゆる弱さからくるものを悪とし、弱い人間への慰めや同情を倫理基盤とするキリスト教を唾棄した。弱い人間(ニーチェ風にいえば「人」ならぬ「ただの人類」)への同情は、民族・人類の進化戦略にとって害悪でしかなく、そのような倫理は種としての人類が煩っている病であると言い切った。

まぁ気持ちは分からんでもないし、おれの怒りも多くの場合、「弱さ」と「弱さの肯定」に対するいらだちだったりする。

しかしまた、晩年のニーチェは精神を崩壊し、自ら断じた同情されざるべき不具者となったわけで、その時ニーチェの断片化した意識にどんな想いが沸き起こったのだろうか、などと考えてみる。

強さと弱さは、決して絶対的なものではなく、状況や視点によって変化する相対的な関係性だ。ニーチェの「超人」は絶対的な強さ、進化した種として現人類の上に絶対的に君臨するものとしてイメージされているようだが、果たしてそんなものを想定することが「人類」の知的営みとして意味があるのか疑問だ。また自由・平等・友愛の近代を唾棄すべき幻覚と言い切った(おれはニーチェが攻撃しているのはキリスト教というよりは、フリーメーソン的理神論であるように思う)割には、ニーチェ自身近代的なハイアラーキー構造の頂上を夢想している節がある。(ニーチェ自身、善を権力、権力への意志と結びつけているのだから、それはまぁ矛盾ではない)

バタイユならば、社会の最下層に蠢く不具者たちの祭りにこそ生命の過剰な輝きを見いだすのだろう。ニーチェと逆。でも本人はニーチェの正当な継承者と考えていたようだが。

おれはどうか。んー。
どっちかというとニーチェ派。底辺からこみ上げる破壊的なエナジーを、そこまでは信頼していない。おれは底辺からは怒れない。

では遥かな高みから怒るのか。んー、そんな節もあるけども、自分の視座が「高み」であるなどという官能的な幻覚に中毒できるほどナイーブな季節はとうに過ぎ去った。

下から上へ、上から下へ、どちらにせよ神と獣の上下関係、つまり「重力的」なパースペクティブを巡る闘争。しかしおれは(人類は)既に、我々の世界が球状であり、上も下もない、中心と彼方の力学のなかに中吊られていることを知っている。もはや天国も地獄も、等しく重力が生み出す幻覚に過ぎない。

おれの怒りは球状だ。中心から彼方へと放射される熱、あるいは重力場だ。
おれが怒りによってより創造的になるということは、つまり星と星の重力場が交錯し、加速する楕円軌道を生み出すことに等しい。交錯する重力場によって、おれのみならず、相手もまた加速する。そのような怒りは、すでに恋と区別がつかない。愛と憎しみは表裏一体というが、思えば愛と憎しみから地上的な「上下」の幻覚を取り去れば、球状のドライな重力作用に還元できるだろう。おれが怒りっぽく惚れっぽい理由がわかったような気がしないでもない。

昔知人が、「反遠近法主義Anti Perspectivism」なる概念を語っていたことを思いだす。
消失点を唾棄し、無限の平坦に覚醒せよ、みたいな感じ。当時はよくわからんけどなんかすげー、くらいにしか思っていなかったが、んー、まぁいい線いってたのかもね。いやでもね、消失点を憎んでもしょうがないでしょ。

おれの球状重力場主義の視座は、遠近法の逆だ。反、ではなく、逆。星空を見上げた時、おれたちは裏返された遠近法によって世界を見ているのだ。消失点に立って眺める風景ともいえる。やっぱり「反」じゃないよね。

ほげー!とりあえずメリークリスマス!


今日のyoutube

Sugar Plant
http://www.youtube.com/watch?v=jMBFzzdZDTo
LIVELOVES
http://www.youtube.com/watch?v=RNvK-vNXo_U&feature=related


posted by bangi at 00:41| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なにげに書きとばしたが、消失点にたつ=不在者の眼差しを獲得するという、ここ数年のおれ的テーマへの回答があたかも自動書記のように書き殴られていてちょっとビビる。こんなことで怒ったりビビたりしてるおれは、まったくもって世話がない。かくあれかし
Posted by bva at 2007年12月10日 05:24
私のエナジーは
単純かつ赤裸々でむき出し

揺るぎなく

ハッピー ユール!
Posted by Raven at 2007年12月10日 18:30
Sugar Plantいいー。
そういえば僕らが初めて会ったのもスプートニクのSugar Plantのライブの日だったよね。2001年だったか。

裏返された遠近法ってのはまだよくわからんのですが、視点っつーか中心を自由に移動できる感覚ってのは獲得してみたい。

Posted by kiyo at 2007年12月10日 18:36
>Raven
パチパチと火花ちりはじめてますぞ。消失祭りだ!

>Kiyo
シュガプラいいよねマジで。
でも基本的にアメリカの一部の日本マニアと、あの頃に辻堂にいた人たちだけ(といったら大げさだが)が体験したバンド。そういうのが時間暴走族の交通標識としてヤバい。
Posted by bva at 2007年12月10日 19:18
いま気がついたけど、LIVELOVESも辻堂なのな。
辻堂は消失してるね。
Posted by bva at 2007年12月10日 19:21
言葉を超えて、、、
音楽ってツールは一番進化してる〜♪

時間って、ミラクルや魔法がいっぱい詰まってるね。
TIME IS ART☆
PARTYとEARTHの中心もARTだよ☆

I LOVE LIVELOVES&LIVING LOVES♪

HEARTHULに生きていきたい〜♪

そういえば、辻堂シュガープランツの日も、UFOきてたよ。
Posted by megreen at 2007年12月11日 10:11
そういえば上で書いてるKiyoとの出会いは
知人がタイで買ったUFOTシャツと犬によって惹き起こされたものだった 
こんなふうに後から読み取られる情報を書き込む技術を...ん?こんな時間に宅配便が
Posted by bva at 2007年12月11日 10:34
ドアをあけちゃダメー!
宅配便を装ったタイムパトロールが来たってことになんで気づかないんだ!?
Posted by 犬TV at 2007年12月14日 02:13
そのTシャツを買ったのは私だ。
Posted by っぺリーノ at 2007年12月16日 00:28
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。