2014年03月15日

WILD SIDE MEETING

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「友よ、答えは風に吹かれている」ーフォークシンガー

「いうまでもなく、我々はバーチャルスペースからの逃走を試みているのだ」ー1996年ハッカー会議録

「そりゃあんた、99年にもなれば世紀末なんてとっくに終っているわよ」ー友人の母

「グッモーニン、エブリワン!」ー英語教師

祭は終り、星の下荒野に火が灯る
砂、石、枯木で天幕が張られ
様々な不思議な旗章が交換される
それは野蛮で快活な市場のはじまり
旅人、商人、詩人たち
星を読み、体に荷を括り付けて運ぶ彼らは
まどろむ子供たちにいつ終わるともないおとぎ話を囁き
日の出を待ちながら綿密な旅の計画を立てている

悉くが「情報」にすり替えられた風景の中で
「情報」を集め、分配し、また回収する元締めたち
私たちが眠り、食べ、歩き、笑うことに
彼らはどんな代価を要求できるというのか
だけど、私たちは決してすり替えられることのない
私たち自身の生を生きていることを知っている
もし、あなたがあなたの悉くを「情報化」あるいは
「消費」してしまったと嘆いているとしても
大丈夫、あなたの奥底に手付かずの荒野は広がっている
陽が上り、星が巡るその大地は心の中、最奥の秘密の場所
私たちはある月と星と風の夜
そこで落ち逢おう、というのだ
そして互いの微笑みと合図を持ち帰り
私たちの街に素敵な公園と花壇とモニュメントを
何食わぬ顔で造営しようという訳だ

この私たちの場所を、隙間と呼ばせてはいけない
そこは私たちを媒介する隙間を知覚することによって
私たち自身に出会う場所なのだ、逆ではない
また、この場所を辺境と呼ばせてもいけない
そこは私たち自身が経験し、紡ぎ出す人生そのものの風景なのだから
そして重要なことだが、この場所であまり騒ぎたて、はしゃいではいけない
私たちは祭りの後の日常をこそ、確かめようとしているのだから
早すぎる、なんて心配は無用
私たちは皆、一瞬一瞬、今ここに生きている存在であり
どこか遠くに浮かぶ陽炎では決してない
何が起ころうと、それはいつも「今、ここで」起きる
さて、そろそろ、私たちのミーティングを持とうではないか
私たち自身が、生きていくこの街で
星降る夜に、お茶とお酒と歌と微笑みで
お互いのプランを吟味しようではないか
WILD SIDEは私たちを包み、広がっている

text by Bangi Vanz Abdul (KAUNTAR)
(1999/02/28渋谷SPACE EDGEにて雑誌『A』主催イベントWILD SIDE MEETING VOL1に寄せた一文)
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2013年11月10日

グレイフェイスの呪い(Principia Discordia)


混乱伝統

(折り曲げ禁止)

「グレイフェイス」
BC1166年、グレイフェイスと呼ばれる不満たらたらのドタマひんまがり野郎が、宇宙は彼同様にユーモアに欠けていると考え、戯れは世界のシリアスな秩序を害するが故に罪深きものなりと教えを説いた。「汝の周りの秩序をみよ」と彼は言った。リアリティとは即ち囚人用の拘束服であり、人々がかつて信じていたような幸せなロマンスなどではない、と信じさせ、正直な人々を惑わした。

今日まで、なぜ当時の人々がそれほどまでに騙されやすかったのかが、理解されることはなかった。何故なら、誰もそこに混乱を認めず、真逆の結論に至ったからである。ともかく、グレイフェイスと彼の追随者たちは、人生ゲームの戯れを彼らの生そのものよりもシリアスに捉え、彼らとは異なる生き方をする他の生命を破壊さえもした。

その不幸な結果として、人類は心理的・霊的アンバランスに苦しむことになった。アンバランスはフラストレーションを生み、フラストレーションは恐怖を生む。そして恐怖はバッドトリップをもたらす。人類は現在に至るまでの永きに渡り、バッドトリップの最中にある。

これが「グレイフェイスの呪い」と呼ばれるものである。

-牛糞花を育てそは美しき-

From Principia Discordia
http://principiadiscordia.com/book/49.php
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2013年04月07日

【ストリーミング】アレイスター・クロウリー「法の書」朗読会2013 on Ustream

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セレマの聖なる3日間
OTO公式訳によるアレイスター・クロウリー著「法の書」
ちゃんと!朗読会2013

【詳細URL(ストリーミングURLへのリンクがあります)】
http://tokyo-ritual.jp/podcast.html

4/8 0:00- 第1章 朗読・谷崎榴美
4/9 0:00- 第2章 朗読・御影舎朔
4/10 0:00- 第3章 朗読・バンギ・アブドゥル
(日付変わってすぐの深夜です!お間違えなく)

テキスト:「法の書」OTO公式訳 (Sor. Raven訳) 
http://www.otojapan.org/nihil/docs/L220_Japanese.pdf

【去年の朗読会の模様】
http://tokyo-ritual.jp/videos.html#al
http://23youbi.seesaa.net/article/263790318.html

主催:東京リチュアル http://tokyo-ritual.jp
※本番組・イベントは東方聖堂騎士団、OTO JAPAN他関連団体とは一切関係ありません。
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2013年01月06日

わたしのアセンション・2012を振り返る


あけましておめでとさん。

2012年はまーなんだかんだで充実した1年でした。Twitterにも書きましたがまー振り返ってみると、311には岡山で「いち@311」やりましたね。シューマン共鳴波を使ったバイノーラルビートによるオリジナル楽曲、それを3台のアンビエントサウンドカー(!)に分解して詩人、魔女、活動家がポエトリーリーティングをするサイレントパレード、献花式典にアフターパーティ、デュッセルドルフとシドニーで関連イベントと、なんとまぁアセンション趣味炸裂の大イベントだった訳ですが、別段社会にインパクトは与えてないようですね。HAHAHA.
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詳細リンク:「いち@311」公式ページ
オリジナル楽曲「Inori Eclipse 311」はこちら


4月には新訳「ほうのしょ」朗読会がありました。詳しくはこれとかこれとかご覧いただくとして、こちらにノイズとかミスとかを少し直して整えたMP3置いてますんで、お好きな向きはぜひダウンロードして普段聴きやリミックスなどしてみてくださいね。クリエイティブコモンズですからリミックスとか大歓迎。

詳細リンク:新訳・ほうのしょ


5月は現代美術作家・松岡友さんの個展「覚醒したまま夢をみる」(at 高円寺AMP Cafe)の催しとして、魔女っこるみたんこと谷崎榴美氏と一緒に公開儀式「ケルベロス召喚儀式 INVOKATIONOVKLVLTH」やりました。この儀式で何が行われたかは参加者の皆さん含め箝口令が敷いてあったんですけど、もうアセンションしたんで解禁でいいでしょうw

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松岡友個展「覚醒したまま夢をみる」現代魔術ワークショップ・ケルベロス召喚儀式

最初はオーディエンスの皆さんに現代魔術のあらましと理論の概説、それから実際に願望を魔術的な図形にデザインしてみるワークショップをして、そこでつくった皆さんのシジルを裸の僕の体に蛍光塗料で松岡友が全部描いたんですね。門番が扉を閉めて、独特のBunishing、銃によるBuptismで3人の司祭者の準備を整えた後は、真っ暗闇にストロボフラッシュと爆音ハーシュノイズ(ちなみにこれでした)のなか、谷崎の召喚文朗唱でおれがトランス状態に入り、冥府の番犬ケルベロスを召喚Invokeしました。この後はまー来てくれた人だけの秘密としておきますが、極めてエロティックな「シジルの活性化 Activation」が行われました。来てくれた人らそらびっくりしはったでしょうが、そのびっくり、「なんやこれ!」と一緒に、願望のシジルは潜在意識=冥府に焼き付けられたことでしょう。その後、願望達成の具合はいかがですか?

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ばびーん。めっちゃやる気やん。この後、驚愕のChaos Magic儀式が!

これで学んだのは至近距離でのストロボフラッシュはほんとに危ない、ということでした。あっというまにグルグルの魔術的トランス状態に入れますが、てんかんになる可能性があるので絶対まねしないでね。あとこの時の式次第は、2013年3月に東京リチュアルから刊行予定の電子書籍「禁式 - 現代魔術儀式・式次第集」に収録・公開される予定ですのでまーそういうのお好きなかたはお楽しみに。

詳細リンク:「覚醒したまま夢をみる」展示詳細


6月には「タロットワークブック あなたの運命を変える12の方法」(メアリー・グリーア著/鏡リュウジ監訳/現代タロット研究会訳/朝日新聞出版)が出ましたね。現タ研として装丁含め全面的にガンバった1冊ですが、3,000円もする割には結構まぁまぁいい感じにいってるようです。詳しくはamazonレビューとかをご参照いただくとして、この本の出版は、ここ数年このブログで書いてきたことややってきたことの一区切りみたいな感覚がありますね。

曰く、現代日本で最もラディカルなリーサルウェポンは想像力である。想像力は知らず内に奪われ、抑圧される。知らず内に奪われ、抑圧された想像力は、知らず内に奪回するべきである。一組のタロットデッキとの対話は、それを体感せしめ、実現せしめる。

故に、この方向でのタロット活用法を懇切丁寧に開示する優れた入門書を、もっとも「らしくない」インパクトで、書店の「占い/冠婚葬祭」あるいは「精神世界」コーナーに投入することが、クリエイティブディレクションの指針となる。とまぁそんなこと考えて装丁とかコピーライティングとかあれこれ頑張ったんですが、翻訳者として、オカルティストとして、クリエイティブディレクターとして、という3つの人格と脳の回路をフルに回して取り組んだ、自分にとっても記念碑的1冊です。さて仕上がりの程はいかがでしょうかね?



詳細リンク:
【タロットワークブック講座】タロットプロフィール&イヤーカードグラフを作成してみる
「タロットワークブック」について

同じ6月にはHIKARI CLINICの遠迫先生、漫画家長尾謙一郎さんと一緒にDommuneにも出させてもらいましたね。なんか上滑りしてたような気もしますが、まーそれなりに雰囲気ある話ができたんじゃないでしょうか。この時の記念につくった「陰謀年表」ここに置いときますね。



さて8月は「龍宮学校」で授業二コマやらせてもらいました。「時間憲法」と「実践明晰夢」ですね。これは楽しかったなー。島自体が夢の中みたいな場所で、「龍宮学校」自体がひとつのARG(拡張現実ゲーム、詳しくはたとえばこことか)の舞台で、現代美術家チームが制作する体験型作品でもある。個人的な2012ブライテストアワードはダントツで「龍宮学校」です。この人ら界隈の動向はチェックしておいたほうがいいですよ。

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「ひだりてをみておもいだす。わたしがゆめをみていることを」実践明晰夢講座より

詳細リンク:
ARG情報局「龍宮学校レポート」
時間憲法 Constitution of Time


そんで9月には「宇都宮石蔵秘宝祭」という美術イベントで「オペレッタ 化学の結婚 -薔薇と虹-」やって、10月ハロウィーンの夜に再録。

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これはオーソドックスな西洋儀式魔術の基本要素全部入り!みたいなやつで、西洋儀式魔術という趣味の入り口、入門編として使えるエチュード(練習曲)みたいな、それでいてキラキラしててカッコいいやつ!てのを創ってみたかったんです。あとこれはチームワークが最高でしたね。おれと谷崎さんが喧々囂々いいながら構成して、式文かいて、美術作家松岡友さんがキーになる稲荷面とかアート面を担当してくれて、全方位で最高クオリティを追求したBed Room Magicの記録、教材映像が完成しました。実弟おさむくんや、お腹痛いのに駆けつけてくれたSugarくんにも支えられてます。ほんまありがとう。

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会場ポスター

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バンギ=松岡タロットデッキ0番「愚者」

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松岡友制作:稲荷面

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「オペレッタ 化学の結婚」アルター

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「オペレッタ 化学の結婚」 High Priestess

詳細リンク:「オペレッタ 化学の結婚 -薔薇と虹-」全編ムービー


そんで12月には現タ研の2冊目「タロット バイブル 78枚の真の意味」(レイチェル・ポラック著/鏡リュウジ監訳/現代タロット研究会訳/朝日新聞出版)が出ました。これはほんとにいい本で、おかげさまで売れ行きも好調の様子。実際に手を動かす「タロットワークブック」とは対照的に、この本はなんていうか、ちょっと旅行にいく時に特急電車の中とかホテルで寝っころがって、少しづつ、いつまでも読んで欲しい本ですね。この本のプロモの一環で、1月24日発売の「HONKOWA」で、鏡さんと一緒に流水りんこ先生の「オカルト万華鏡 」に登場しますんで、そちらも楽しみです。キラーンて描いてくれてると思いますよキラーンて。



年末は現タ研主催「タロットビュッフェ」やりました。これも画期的なイベントでしたねー面白かった。制作をほぼ一手に仕切ってくれた谷崎榴美さんの流石の手腕で、めっちゃ豪華なメンバーで占い放題解放自治区を勃発させることができました。「ハピズム」にレビュー記事載ってますんでご参考に。これやってる方も妙な興奮がありまして、是非またやりたいなーと思っています。トークで参加してくれた堀江宗正さん、お忍びで遊びにきてくれた鏡さんも、おおきに。
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おおきに!

詳細リンク:
神田タロットビュッフェ・公式ページ
ハピズム「4500円で占い放題!タロットビュッフェにいってみた」



はてさてそんなわけで振り返ってみると、めっちゃ充実してるじゃないですか2012年。かつておれがこれほどまでに勢力的にアウトプットし続けたことってないですね。でもまー本来、これくらいやってなかったらあかんかったのかも知れません。もう微睡んでいられるようなご時世でもありませんからね。というわけで2013年早々、さっそくですが新しいプロジェクトもいくつか進めています。さっきからちらほらでてる「東京リチュアル」もその一つですが、これについてはまた改めて、2013年の展望と抱負とあわせて書きましょう。もう長くなったのでね。

ではみなさん、今年もなにかとおもしろく!

参考リンク:
東京リチュアル
占いと魔法と冠婚葬祭プロデュース。スカイプ鑑定もきまぐれオンライン中! Twitter

現代タロット研究会
翻訳出版、ワークショップもきまぐれ開催中!Twitter

バンギ・アブドゥルのもろもろアカウント:
Twitter(本人)
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2012年08月01日

お蔵出し原稿シリーズ:「変なおじさんの追儺儀式」BANISHING RITUAL OF THE STRANGE UNCLE

FAOKAOs
HARDKAO SORCERY

2-1
BANISHING RITUAL OF THE STRANGE UNCLE

Sorceress:
COME NO ORGY SUN HEMP NONE DEATH! *1

Kaoist:
NONE DAD KIM ME WAR!

Sorcerer:
NONE DAD CHIM ME WAR!

Kaoist:
NONE DAD KIM ME WAR!

Sorcerer:
NONE DAD CHIM ME WAR TW0 TAR? (Repeat 2 or 3 TIMES) *2
SO DEATH,WHAT I SEE GOT HEMP NO ORGY SUN DEATH!

All :
HEMP NO ORGY SUN! HEMP NO ORGY SUN! *3

Sorcerer:
(HEMP NO ORGY SUN...HEMP NO ORGY SUN...) *4
(Quietness) *5
Sorcerer:

DAD PHONE DAD! *6

*1 and point sorcerer.
*2 Like echos in a long cave,repeat lower and lower and finally disappear.
*3 This sentense has particular melody.Reffer "HAISAI OJISAN" by Shokichi Kina,Okinawan musician,or sing any rythmical melody as you like.And this has also particular movement such as:

1."HEMP NONE" ("ORGY" ):Clap hands 2 times in front.
2."SUN!": Left palm in front of left eye,Right hand is straightened to the front with apply palm to the front too.
3."HEMP NONE" ("ORGY" ):Clap hands 2 times in front again.
4. "SUN!":Then reverse of 2. Right palm in front of right eye,Left hand and palm are straightened to the front.
*4 Repeat and disappear.Sorcerer should do particular movement such as:

1.Set both left and right hand parallel in front,bent elbows,clench fists,and roll them as drawing circle around same center.It's like "Elbow walking" or "String winder" .

*5 This Quietness is very important to ready for the following CRY and STORM!
*6 CRY in the highest tention,then every one get start spinning and fall down to the ground,or just fall down quickly.(see TECHNICAL NOTE)

TECHNICAL NOTE

This ritual requires 3 actors,Sorceress,Sorcerer and Kaoist.But only 1 Kaoist can acts with visualising other 2. In this case,the last declaration of closing ritual "DAD PHONE DAD!" must be cried by Kaoist himself.

3 stand forming triangle. (or visualise so.) If you visualise the entity you want to banish,it should be set on center of triangle. in the case of banishing a room or any place (ex.temple), act ritual in center of the room.If you want,Kaosphere or other symbol can be visualised above center of triangle.

Sorcerer wears visualised image of "Strange uncle" like as GOD-FORM of GD technics.In synbolic structure of ritual,he is a stranger,also a passenger that no one can expect his behavior,brings chaos in to the order of significance,and disappear in the KAOSTORM then take existing serious meanings away with him.

All the sentenses should not be pronunced too slowly (like vibrating of God's name in LBRP).Each terms have no meaning,only have sounds and rythme as effective elements.so they should be pronunced as normal speach or little faster to be more rythmical.

The core of this ritual is the last declaretion "DAD PHONE DAD!" and "KAOSTORM" the declaretion brings in.Imagine KAOSTORM as sudden collapse of "Consensus reality" or disorder of any kind of meaning,significance,context and belief.The wild storm of unchained meanings solves and washes out the twisted significance and nothing left after.This proccess is expressed in acter's behavior such as confused and conflicted spin (like "sufi dance" but more wild and disorderd)and get fall down to the ground quickly,then keep perfect quietness both inner/outer mind and body.Feeling sufficient tranquility for a while.

APPENDIX

The sentenses of ritual are picked up from Japanese and exchanged to English terms which have simmiler pronunciations without meaning.here is the important notice that only Kaoist should understand the original meanings of each sentenses if he want,but Sorceress and sorcerer should not.these sentenses are metamorphosed to "Barbarous Name of KAO" far out from original meanings,and this is why this ritual effectivly sounds strange and kaotic to human's mind (especially not-Japanese people).This strange and kaotic sound's vibration immediately brings KAOSTORM to anywhere this ritual enforced and the KAOSTORM also quickly disappare in following silence. after this,the place will treated as "comfortable blank" that good for any magical,sorcery and healing works.

The "Strange uncle" is the man of chaos,like "Green man of spring",but more meaningless and chaotic.He doesn't have any relations to seasons,Myths,folk lores and "Angelic/Demonish" value,JUST strange.One of the good refference to help visualising him is Kenneth Anger's film"INAUGURATION OF THE PLEASURE DOME",you can see a face painted man as the BEAST and other strange characters in this strange film.

"Uncle" means that he is the blood family,but who's? Why is he such strange and non-sense? Where does he come from and go to? Why does he have no relations to any myths or folk lores? these are suggestive questions for every KAOIST.

(The Final Abyss of Omoshiro KAOS / 2002)
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お蔵出し原稿シリーズ:できる!チャネリング講座

2000年

■■■特別寄稿■■■
できる!チャネリング講座  TEXT=合コンの夜明け団

◇できるぞ!チャネリング
 チャネリングとは、人格の着せ替えとコミュニケーションのゲーム、「霊的ごっこ遊び」である。ここでは、個人の人格というものはそれほど確かな基盤によっているものではなく、外的刺激に機械的に反応して一瞬毎に現れては消えていくかげろうのようなものであるという認識が前提となる。実際のところ、職場での自分、友人といるときの自分、親に借金するときの自分、朝までエロチャットしてしまうときの自分は、それぞれ独自の人格として輝きを放っているはずだ。行動心理学のセオリーが示唆するように、人格というものが周囲の環境に反応して働く半自動的な応対システムであるとすれば、それを意識的にコントロールしたり解放したりすることでより自由なマインドセッティングと心のエクセサイズを楽しむこともできるのだ。

人格というものが我々の精神において、いかに軽やかに現れ交換され得るかについて、こんな例を考えてみよう。
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職場の上司から「おう、今夜飲みいくぞ!」と強引に誘われる
 →「すいません、今夜はまだ仕事が片付かないので」
悪友から「今下北で飲んでるんらけろさー、はやく来いつーの2000!」と呼びだしが
かかる
 →「ざけんなよ金返せ」
------------------------

 このように、インプットされた情報に対応して半ば自動的にアウトプットを選択するシステムこそが「人格」であり、それは「ああいえばこういう」式の情報ルーチンそのものといえるのだ。我々は結構容易に人格を着替えることができるし、事実、意識的であれ無意識的にであれそうしているのである。

 さて、演技術において劇中の登場人物は「このキャラクターはああいえばこういう」式情報ルーチンの複合体、アプリケーションとして設定され、役者はこのアプリケーションを自身にインストールすることによって、まさにその人格に「なる」。この「なる」ということができてはじめて役者として一人前なのであり、不意のアドリブを迫られた時にも自分がアンドリューなり五衛門なりの「そのもの」であればセリフはまさに必然に導かれて溢れ出す。この状態はチャネリングそのものであり、優れた役者はアンドリューや五衛門といったそれぞれの役柄に自由自在にチャネルするチャネラーなのだといえる。

 チャネリングと演技術の比喩を持ち出すことを不快に感じるニューエイジャーもいるだろうが、ここで私はチャネリングを「猿芝居だ!」とけなしているのではない。そのベースとなる共通の心理的テクニックを考察することから、演技術を入り口として誰でも習得できるチャネリング術の体系を汲み上げることがねらいだ。以下に、その骨格となる概念を足速ながらまとめてみるので、興味を持った読者諸氏は各々工夫してトライしてみて欲しい。

◇早口で一気に喋ろう!
 チャネリングセッションに台本はない。すれっからしのチャネラーなら場数、経験から積み上げられたある種の不文律や定石進行を持っているかもしれないが、アドリブ空間、偶然の間に満ちた場にこそ真にピュアな霊的情報が紛れ込むのであり、したがってチャネラーの力量は臨機応変なアドリブ力にこそ問われるべきだ。徹夜明けのファミレスなどで、思考は停止しているのに喋りは止まらないといった状況を思い出して欲しい。またプレゼンテーションの名手とされる人物は、思考のスピードを追い越して口から溢れる言葉のリズムにのって喋りまくり、聴く人を魅了する。

 このように、発話のスピードをあげて情報の不断の流れを形成すると、そこにある心理的・霊的な「隙間」が生まれ、通常の意識が捉えることのない微妙な情報が発話者に流入する。密教などで使われるマントラ(真言、呪文)も、早口で途切れることなく繰り返し唱えることで変性意識状態に誘導するという、同様のテクニックを用いているのだ。チャネラーは精神の窓にうつるどんな微妙な印象もすかさず捕え、思考の網にからめとられるよりも素早く発話することによって、絶え間ない情報の渦とその中心の心理的真空状態を生み出す。素早く朗々と、淀みなく長いアドリブセンテンスを発話するために、腹式呼吸や早口言葉など、基本的な演技術の訓練が役にたつだろう。

◇いろんなキャラを楽しもう!
 一定以上の発話スピード、情報の速度を維持することで、さながら高速で回転する独楽のような安定性と自在性の場がチャネラーの精神に形成できれば、次にそこに流れ込む情報にある規範、「ああいえばこういう」ルーチンを用いて情報の交通整理=チャネル対象のキャラづけを行う訳だが、チャネルする対象もまた一個の人格というアプリケーションとして扱われる以上、どうしても固有のクセができてしまい、情報の自在な流れと速度を損なう要因となりがちだ。プレアデス星人にはプレアデスっぽいクセ、シリウス人にはそこはかとないシリウス臭さというものがあり、そのメッセージも初期のインパクトを超えてアクセスを続けると次第に固定化と沈着が起きて、大筋ではあまり変化のない、妙に説教臭いものになってしまうものなのだ。そこで、複数のチャネル対象を次々にスイッチしていくというテクニックを用いて、うかつに安定しがちなセッション展開にダイナミックな跳躍力を導入することができる。

 チャネル対象のメッセージはチャネラーのボキャブラリー、知的情報量にある程度制限され、翻訳されたかたちで表現される。あるチャネル対象(銀河連合の人らしい)がチャネラーの口を借りていみじくも語ったように、「R(チャネラーのこと)はあまり知識がないしボキャブラリーも少ないので、その媒体を通じて発信するわたし(チャネル対象のこと)のメッセージもまたそれに制限される」、つまり心でキャッチしろ、ということなのだが、要するにメッセージを組み立てる材料、情報はチャネラーというメモリーに格納されていて、外部から無尽蔵に供給される訳ではないということだ。ならば、その限られたリソースを最大限に活用するために、アウトプットの経路に多様性を持たせることが重要となる。ウェブなどに活用されるMIDIプラグインをイメージしてもらえれば分かりやすいだろう。音源は各端末に装備された限定的なものだが、演奏データによって様々な表情を演出することができる。一人のチャネラーという媒体を共鳴装置として使い回しながら、演奏者、コンダクターを次々にスイッチすることで思いがけない深みと拡がりをセッションにもたらすことができるのだ。

 K氏も書いているように、我々が同席したあるチャネラーのセッションでは優等生的な好青年、ブッとんでるけど根はいい奴、爺、お色気女神さま、といった個性豊かな面々が唐突にスイッチしてチャネラーのなかに現れた。そのスイッチングには何ら話の流れ的な文脈はなく、まぁ場の流れを邪魔しない程度の唐突さで突然「わしゃー爺じゃー」「女神よウフン」とめまぐるしく入れ替わるのだからたまらない。厳粛な場でうっかり霊的爆笑地雷を踏みそうになるが、実はこの爆笑すれすれの危ういインパクトこそが、セッション参加者の固定しがちなマインドセッティングを揺さぶり、さらなる霊的深層領域への扉を解放する秘訣でもある。

 ある問題を様々な視点から捉えること、これはあらゆるカウンセリングの基本ルールだ。セッション参加者の抱える問題に、優等生なりの、爺なりの、お姉さまなりの視点で向かい合うことで、問題の深層に無理なく立ち入っていくことが可能となり、またチャネラー自身、アクセスする霊的存在と公平な関係性を維持し、自身の資質を最大限に発揮できるという恩恵を被る。せっかくチャネリングを嗜むのなら、チャネル対象は可能なかぎり多岐に渡っているほうがいい。プレアデス人もシリウス人もジャイアント馬場もと、あらゆる個性と交流できるほうが楽しいし、心身の風通しをよく保つという意味でも、固定されたひとつのキャラクターに執着するよりも幅広いスペクトルの情報と広く浅く戯れるほうが得るものが大きいのだ。

◇参加者との対話でグルーブを生め!
 セッション参加者とのインタラクティヴな対話も重要だ。先に人格の機能を「インプットに対しアウトプットを選択する自動応答アプリケーション」と捉えたことを踏まえれば、プレアデス人とてチャネラーやセッション参加者との交流によってその個性は刻一刻と変化していくのであり、決めセリフや定石パターンというかたちでチャネラーに沈着しがちな「クセ」を常に回避しながら、その存在の自由さ、軽やかさを確保しなければならない。セッションが参加者全員の充分な交流、対話によってバランスよく進行していれば、参加者とのインタラクティブな関係性が「審神」の役割を果たし、チャネラーとチャネル対象を常にいい方向へナビゲートしていくのだ。

 一方通行的なメッセージの垂れ流しはチャネラー、チャネル対象、セッション参加者の関係を不自由にし、神秘化のプロセスを加速してしまうし、チャネラーというメモリーに格納された限定された情報だけでメッセージを組み立てていけばものの数分でネタ切れ状態となり、あいまいで退屈な宇宙論や高慢なご神託に埋没してしまうだろう。常に動いていく関係のなかで、一瞬一瞬の機微に折り込まれた情報に軽やかにアクセスし、開かれた情報の流れとフィードバックを確保することが重要だ。台本のない即興劇に偶然というエネルギーを供給するのはインタラクティヴィティであり、まさにこの点において、参加者、チャネラー、そしてチャネル対象をも含めた「グループセラピー」としてセッションが機能するのである。

◇さいごに
 チャネリングセッションは、「はじまり」と「おわり」の節目をきちっとつけることが大切だ。「こっくりさん」のような、特別なお出迎え・お見送りの儀式などは必要ないが、チャネラーとセッション参加者の意識の同期をとる程度の簡単な、はっきりとした合図をもってチャネリング空間と日常空間の区切りをつけることは、セッションのクオリティと日常生活の健やかさの双方にとって必要なことだ。軽く手を打って「はい、プレアデス人でーす!」と勢い良くはじめ、「んじゃ、バイバイキーン!」と元気に言い放って再びパン!と手を打ち、小気味良くセッションを閉じるなど、各自工夫して気持ちいいテンポをつかんで欲しい。この「開始と終了」のステップさえはっきりと行えば、セッション自体はいついかなる場でも可能だ。合コンの席の余興として、じゃんけんでチャネラーを決めて行う即席セッションなども楽しいだろう。

 チャネルする対象は、自由に設定してかまわない。チャネラーがアクセスする情報は死者の霊などとは異なるフェイズの「サイバーインフォメーション」なので、いま生きている友人や家族でも必要な礼儀さえわきまえれば充分に可能だ。まずは個性的な友達やテレビタレントなどからはじめて、次第に宇宙人などの込み入った設定を試していけばいいだろう。チャネル対象の設定は基本的にインスピレーションと創作で構
わない。その設定から生まれるメッセージのクオリティこそが重要なのであり、どんなに偉そうなキャラを扱っても、なんか不穏なことをいってきたり高飛車な態度をとるようであれば、躊躇せずに拍手一発でチャネルを遮断するよう心がけておくことも大切だ。あらゆる設定から常にコンディションのよい情報を引き出せるまで熟達してしまえば、その対象が実在するか否かはさして重要ではなくなる。

 チャネリングに限らずあらゆる霊的メソッドが陥りやすい罠は、うかつな神秘化だ。チャネル対象があるひとつの支配的な人格に固定されたり、チャネラー、チャネル対象、セッション参加者相互のインタラクティヴィティが充分に機能していないと、遅かれ早かれこの神秘化というプロセスが起こり、チャネラーとチャネル対象の風通しのいい関係が損なわれてしまう。神秘化されたチャネリングは次第に風変わりな新興宗教と大差ないものとなるし、神秘化されないにしても相互の関係が「なじみ」となってなぁなぁの関係が続くことで、チャネル対象はチャネラーの意識と同化してしまい、なんら霊的インパクトのない「退屈なやつ」へと退化してしまうだろう。

 チャネリングとは、いうなればゴッドサーフィンの技術なのだ。ハイアーセルフ、銀河連合、ジャイアント馬場等々、あらゆる精妙なバイブレーション、意識の上位スペクトルに自由自在にチューニングし、アクロバティックな技を連発しながら波から波へと跳躍していくこと、その軽やかさがチャネリングの魅力だ。この奇妙で楽しい「コミュニケーションゲーム」を存分に楽しむために、まずは自身の波乗り感覚、様々な霊的重力場に足をとられることなく泳ぎ切るしなやかな筋力とセンスを磨いておこう。

(2000年)
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2012年06月28日

Dommune「DECODING PUNK」

■いまいちばんイケてるストリミーング番組Dommuneに、2012年6月13日長尾謙一郎氏の大傑作サイケデリック陰謀コミック「PUNK」完結を記念して、岡山市のアイソレーションタンク併設心療内科HIKARI CLINIC/COCOON院長・精神科医遠迫憲英氏と共に出演、アイソレーションタンクとか陰謀とかオカルトとか311とかの視点であーだこーだ語るという主旨。キャプチャーが上がってたのでここに報告する。



■このような芸術家の深い源泉から噴出する啓示的作品に、知恵熱的な文脈をこじつけてぐだぐだいうのは極めて無粋な話であり「とにかく読め」くらいしか言うことはないのだが、それでも全国の知恵熱陰謀家のために付言するなら、「PUNK」全4巻はロバート・アントン・ウィルソン「イルミナティ3部作」からKLFへと連なるコスミックトリガーの日本における最新Emergenceであり、膨大なシンクロニシティを内包した「本物の」最新陰謀DROPである。またチェスタトン「木曜日だった男」ガーヴァー「第3等級の姉妹」といった陰謀文学の系譜に連なる最新陰謀文学コミックでもあるのさ!とにかくアフィリンク張っとくからよろしく!



■おれこの番組で初めて長尾さんとお会いする前は「絶対アントンウィルソン&KLFマニアだ」と勝手に思ってたんだけど、会っていろいろ伺ってみるとその辺り「全く知らなかった」とのことで、えマジで!と驚愕。なにがヤバいってDommuneでもちと喋ったけど、アントンウィルソン「イルミナティ3部作」の主要登場人物(イエローサブマリン船長ハグバードセリーンはセドリックのアナグラム、黒人女戦士メイヴィスにイルカのハワード!)が「PUNK」にも登場してるんですよ。彼らELF(エリス解放戦線)のメンバーは今なお識域下ネットワークに暗躍し、ポスト311日本のシャーマン脳に向けて緊急メッセージを発振してるのかもね。ついでに「イルミナティ3部作」とそのDNA解析書「コスミックトリガー」のアフィリンクも張っとくので買えるうちに買っといてよろしく!





■このあたりの「陰謀のエモーション」について、なにげに全部まとめてダイジェストしておいた「映画『ナンバー23』解説」(当ブログ2010/01/13のポスト)はこちらで読めます。http://23youbi.seesaa.net/article/138229267.html

■ついでにDommuneでもご一緒した盟友・遠迫憲英氏と、能勢伊勢雄氏のFM番組「MUSIK SPECTACLE」に出演してなにげに核心ついたこと喋っといたのはこちらから。
omniverse 2009/1/7 http://sun.ap.teacup.com/voidphrenia/573.html

■さらにDommune出演前後のおれの揺れ動く気分ツイートはトゥギャッターにまとめておいたぜ!「PUNKについて」 http://togetter.com/li/321987

■おまけに今回Dommuneのためにおれがウヒョウヒョいいながらまとめた「PUNK完結記念・陰謀とシンクロニシティの年表」は以下に掲載しとく。グーグルのおともに!

「PUNK」完結記念・陰謀とシンクロニシティの年表

1948 出口王仁三郎死去
1951 慶応義塾大学ワグネルソサエティ「ダークダックス」結成
1952 ジャック・パーソンズ死去
1954 ガーフィンケルUCLAに/チューリング青酸カリ入りリンゴで自殺/ハクスリー「知覚の扉」/サイエントロジー協会設立/平沢進 出生/デーブスペクター 出生
1957 ヴィルヘルム・ライヒ死去
1960 ケネディ/ニクソン選挙
1961 リリー「Man and Dolphine」
1962 ケンキージー「郭公の巣」/キューバ危機/マリリンモンロー死去/バタイユ死去
1963 JFケネディ暗殺/ハクスリー死去/フラー「宇宙船地球号」
1964 メアリープランクスターズ/バロウズ「ノヴァ急報」/マクルーハン「メディア論」/ディック「火星のタイムスリップ」
1965 Principia Discordia初版(5部)/ベトナム北爆
1966 文化大革命
1967 チャールズ・マンソン出獄
1968 カスタネダ「ドンファンの教え」/リリー「バイオコンピューターとLSD」/マクルーハン「War and Peace in the Global Village 」
1969 シャロンテート殺害事件/グラディ・マクマートリーOTO再建/ニクソン政権
1970 Principia Discordia4版
1971 リリー「意識の中心」/バロウズ「ワイルドボーイズ」
1972 ニクソン訪中/ウォーターゲート事件/グラント「Magickal Revival」/長尾謙一郎 出生
1974 ニクソン辞任
1975 RAW「Illuminatus! Trilogy」/マッケナ「Invisible Landscape」/ベトナム戦争終結
1976 Apple I発売
1977 文化大革命終結/Cosmic Trigger/アップル設立
1978 シュルギン「幻覚剤の薬学」/キャロル「無の書」/ バロウズ&ガイシン「Third Mind」
1979 スターホーク「聖魔女術」
1980 マーシャル・マクルーハン死去
1981 バロウズ「シティーズオブザレッドナイト」/ディック「ヴァリス」
1982 PKディック死去
1983 RAW「Prometheus Rising」/バックミンスター・フラー死去/「デコーダー」公開/クロウリー「法の書」邦訳
1985 MDMA非合法化/イスラエル・リガルディー死去
1986 ボアダムス結成
1989 神経政治学邦訳/芝浦Goldオープン/坂本弁護士殺害事件
1990 KLF「Chill Out」
1991 ハキム・ベイ「TAZ」/シュルギン「Pihkal」
1992 マッケナ「Archaic Revival」/バロウズ「アプークイズヒア」邦訳 /長尾謙一郎デビュー(20才)
1993 RAW「サイケデリック神秘学」邦訳/いとうせいこう「解体屋外伝」
1994 RAW「コスミックトリガー」邦訳/レーザーアクティブ「メロンブレイン」発売
1995 TSUYOSHI Return to the Source日本でスタート/阪神淡路大震災/オウムサリン事件/OTO SGNオアシス開設
1996 ティモシーリアリー死去/岡本太郎死去
1997 ハキム・ベイ「TAZ」邦訳/バロウズ死去/酒鬼薔薇事件/シュルギン「Tihkal」
1999 「マトリックス」公開/ボアダムス「VISION CREATION NEWSUN」
2000 テレンス・マッケナ死去
2001 アメリカ同時多発テロ/ジョンCリリー死去
2002 月刊23曜日開始/長尾謙一郎(30才)/小池圭一「ウルトラヘブン」
2003 キャロル「無の書」邦訳
2004 ケイオスマジックワールドミーティングin荻窪/ブラウン「ダヴィンチコード」邦訳
2005 CTT
2007 RAW「イルミナティ3部作」邦訳/「ナンバー23」公開/RAW死去/「ダヴィンチコード」公開
2008 長尾謙一郎「ギャラクシー銀座」/アルバートホフマン死去
2009 民主党政権/「アバター」公開/HIKARI CLINIC開設
2010 長尾謙一郎「PUNK」/Summer of Illumination/Dommune開始/「インセプション」公開
2011 ガーフィンケル死去/スティーブ・ジョブズ死去 東日本大震災
2012 長尾謙一郎「PUNK」完結/ブラッドベリ死去/長尾謙一郎(40才)

Nothing is true, everything is permitted.
KAOTAOATOAK and ENJOY!
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2012年04月11日

こどもほうのしょ朗読会 on USTREAM


去る2012年4月8日〜10日にかけての「聖なる3日間」、即ち1904年エジプト・カイロにてアレイスタークロウリーが「法の書」を執筆した3日間を記念して、新訳「ほうのしょ」朗読会がUSTREAMを利用して開催された。3人の朗読者による素晴らしい3夜の記録をお楽しみあれ。

朗読:ほうのしょ

◆第一章◆
1日目(4月8日)23:00〜 朗読:谷崎榴美
http://www.ustream.tv/channel/こどもほうのしょ朗読会
rumitan.jpg

◆第二章◆
2日目(4月9日)23:00〜 朗読:Bangi Vanz Abdul
http://www.ustream.tv/channel/bangi-stream
bangi.jpg

◆第三章◆
3日目(4月10日)23:00〜 朗読:マナイ
http://www.ustream.tv/channel/434
oil.jpg


ノイズ修正・音質調整版MP3(ダウンロード可・クリエイティブ・コモンズ)はこちら

「法の書」と2012年新訳については当ブログ2011年クリスマスのエントリを参照。このエントリで第1章が掲載されているが、続く第2章、第3章はこの夜が初お披露目となった。訳者は聖子ちゃん(小学五年生)雄大くん(小学五年生)樹(たつる)くん(小学二年生)が各章を担当した。

聖なる3日間の朗読会を企画し、訳者の尻を叩いて美しいテキストをひきだし自ら愛と恍惚の女神ヌイトを召喚した谷崎榴美氏、そして偶然の必然に導かれながら、両性具有の童神ラ・ホール・クイトの冷たくうつろう蜃気楼を現出させたマナイ氏両氏に尽きせぬ感謝と賞賛、我が意志の下の愛を捧げる。ほんとにありがとう。

これら朗読に相応しい美しい音律にチューニングされた「ほうのしょ」により、来年以降「聖なる3日間」には無数のヌイトが、ハディートが、ラ・ホール・クイトが、ニコニコ動画やYoutubeに降臨することを夢見つ。

アレイスター・クロウリー「法の書」拝授108周年記念
聖なる3日間 こどもほうのしょ朗読会 2012年4月8日/9日/10日
新訳「ほうのしょ」全文(bangivanzabdul.net)


20120706追記:
特設サイトがなくなっていたので、特設サイトに寄稿したテキストを以下に付記する。

2012年新訳「ほうのしょ」について / Bangi Vanz Abdul

1904年、エジプトはカイロにてアレイスター・クロウリーが受信した霊界文書「法の書」は、新時代の霊智を高らかに宣言!するというふれこみながらも、極めて難解晦渋・不穏なメッセージで埋め尽くされており、一部の物好き以外にとっては新時代の霊智どころかヤク中エロオヤジが受信した毒電波記録、的な評価に甘んじるほかなかったわけです。ところがどっこい、クロウリーはヤク中でもあり魔術師でもありましたが、スィンバーンを敬愛しボードレールを翻訳紹介したまっとうな「詩人」でもあったわけです。「法の書」翻訳にはいくつかのバージョンがありますが、どれもこの「ポエジー」をつたえることに成功した訳はかつてなかったといえます。

今回、法の書が授けられた「聖なる3日間」の朗読会にあたって、まったく新しい訳、「法の書」がたたえる芳醇なエロスとポエジー、美しい風景を味わっていただける新訳を用意しました。題して「こども・ほうのしょ」。小学5年生の聖子ちゃんと雄大くん、そして小学2年生の樹くんによるちびっこ口語訳で、この「20世紀最大の寄書」にエンコードされたうっとりするような不思議な風景を楽しんでいただければと思います。

なぜちびっこ訳なのかって?それを説明すると長くなるのではしょっていいますと、クロウリーが予言した霊的新時代、すなわち「ホルスの時代」とは、先行する「イシス(母)の時代」「オシリス(父)の時代」から導かれる「こどもの時代」として位置づけられる、のであります。そこではこどものような無邪気さ、活発さ、残酷さによって彩られた新たな人間霊性による、全く新しい文明のステージが用意されているのです(少なくとも、クロウリーはそう信じたのです)。ですから、輝かしき「ホルス(こども)の時代」を宣言する最重要文書である「法の書」が、「ほうのしょ」として、こどもたちによるこどもたちへの語りかけとして表現されるということは、理にかなったことなのです。エヘン。

まー難しいことはおいといて、この古くて新しい「ほうのしょ」の世界に、ただ聴きいってみましょう。
第1章の、天空の女神ヌイトが語りかける官能的な砂漠の夜、第2章で、秘密の太陽ハディートが伝えるひみつのおしえ、そして第3章で「闘いと復讐のわらべ神」ラ・ホール・クイトが語る血に染まった霊的新時代の予言…
きれいで、こわくて、ちょっぴりエッチな、砂漠の夜のファンタジーに、ご一緒しましょう…!
アブラハダブラ!



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2011年12月25日

子どものための法の書


93

クリスマスイブは自宅で聖母マリア像とキャンドルライトの即席アルターでワインを楽しんだら、今日クリスマスはかねてから暖めていたアイデア、「法の書」口語訳をなんとなく仕上げてしまった。一種のクリスマスギフトとして、ここに公開する。

20世紀の霊的巨人、アレイスタークロウリーが1904年カイロで受信したお筆先文書であり、難解極まりないと評判の「法の書」だが、おれはかねてよりその晦渋さよりも率直で官能的な詩的情景に心躍らせ、常々「法の書はまず詩として読め」と喧伝していた。しかし詩として読むには勿論原文にあたる必要があり、また幾つかの既存訳も訳詩としてのクオリティを追求しているものではないので、「詩としての法の書」はいずれ手をつけなければならないタスクとして胸裡に暖められていた。そして今回、儀式にもフィットする文語調の新訳を進める過程で、もうひとつの可能性、つまり子どもたちに向けて開かれた幻想詩としての「法の書」に思い至り、さくっとやってみた次第である。

この試みはひとえに純粋に美しい詩的情景として、ヌイトが直接に子どもたちに語りかけてもいいのではないか、という想いに依拠するものであり、子どもに対する教化を意図したものではないし、おそらくそのような狭義の意味での教化はそもそも不可能な代物だろう。しかしセレマイト(クロウリー信奉者)のご家庭で読み聴かせる絵本として法の書第1章があってもいいのではないか、程度にはその「教育的効果」を期待するものである。

220.jpg

そもそも「えほん・ほうのしょ」とするならば第1章のみ、それもヌイトが語る謎めいた暗号や深淵な教えはばっさり割愛し、天界の一行が降り立つ砂漠の夜、香しい汗の香水と燃え上がる蛇の炎、狂おしい愛の歌とその消失、というドラマにフォーカスしたものとなるだろう。まーそもそもはそういうイメージではじめつつ、とりあえず第1章全文を口語訳で訳出した時点で、対象年齢を小学校高学年以上とした「児童文学・法の書」のかたちにまとめてみたという訳である。小学校高学年向け、とはいえ、むせ返るような扇情的エロティシズムやニーチェにも通じるハードコアな思想は、間違っても学校推薦図書として夏休みの課題に選べるような作品とはなり得ないが、自分が読んだ「法の書」を、子どもに向けて再話するという行為それ自体が(クロウリー自身による付言を敢えて無視しつつも)セレマ探求の作業Workとして意味を持ち得るだろう。

原文はたとえばここで参照できる。訳出にあたり、国書刊行会から出版されている既存訳、およびOTO公式訳は殆ど参照しないで、原文から訳出した。そのため、一部文意解釈が既存訳と異なる部分がある。さらに、子ども向けの口語訳とするために、随所に意訳・簡素化を行っている。また、縦横無尽に張り巡らされたカバラ的暗号や象徴表現はそもそもが翻訳不可能なものである。しかし、ヌイトが直接に子どもたちに語りかけながらも、その思想、エロス、神秘的・美的強度を損なうことなくセレマのエッセンスを写しきったものと自負している。

是非、お子様に!

93 93/93

(追記:文中、Ecstasy は「ひかり」とした。我ながら悪くないと思っている。)
(追記:「えほん・ほうのしょ」制作に協力してくれる画家、連絡乞)
(追記:なんだかんだでSor.Raven訳OTO公式訳は参考にさせて貰った。読み返すと随所にその足跡が残っている。ありがとう。)

法の書
ほんやく:聖子ちゃん(小学五年生)

The Book of the Law
Liber AL vel Legis
sub figura CCXX
as delivered by XCIII = 418 to DCLXVI
Chapter 1.

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1

1.ハドよ!(そう叫んで、ヌイトがあらわれた。)

2.(天国の一行が秘密のベールを開く。)

3.男と女は、みんな星。

4.どんな数字も、ほんとは無限で、同じです。

5.テーベの戦士王よ、わたしがみんなの前に姿をあらわすのを手伝って。

6.ハディートよ、わたしの秘密の中心、わたしの心臓、わたしの舌。

7.みて!ホオル・パアル・クラアトのみ使い、アイワスが秘密を明かします。

8.クハブスはクフのなか。クフがクハブスのなかじゃないわ。

9.だからクハブスを大切に。そうすればわたしの光があなたを照らします。

10.わたしに従うものは、ほんの少しの、みえない人たち。だけどたくさんの人々を助けます。

11.人々が崇めているのは、とんちんかん。神様も崇める人も、とんちんかん。

12.おいで、わが子よ、星空の下へ。そして愛で満たされるの。

13.わたしはあなたの上に、そしてあなたの中に。わたしの光はあなたの光。あなたがうれしいと、わたしもうれしい。

14.(宝石をちりばめた星空は、ヌイトの輝くはだかのからだ。彼女はうっとりしながら、ハディートの秘密の情熱に口づける。)
翼持つ珠、きらめく星空はわたしのもの。そうでしょ?アンク・アフ・ナ・コンス!

15. おわかりかしら? 選ばれた司祭にして無限の空間の使徒は、王子司祭ビースト。そしてその妻スカーレットが、全ての力を与えられています。その二人が、わたしの子供たちみんなを暖かいおうちに導くの。星の輝きがみんなの心に降り注ぎます。

16.ビーストが太陽なら、スカーレットは月。だけど彼にとっては翼はためく秘密の炎、彼女にとっては流れ星。

17.だけど、あなたはそうじゃない。

18.彼らの額で燃え上がれ、光の蛇!

19.青いまぶたの女よ、抱きしめて!

20.儀式の鍵は、私が彼に教えた秘密のことばの中にあります。

21.神様と、神様を崇める人々にとっては、わたしは無。彼らにはわたしがみえない。彼らは地面にいて、わたしは天にいるから。わたしとわたしの主、ハディートのほかに、神様なんかいないのに。

22.今、わたしはヌイトという名前であなたに知られました。彼には、最後の最後、彼がわたしを知るときに、秘密の名前を知らせます。わたしは無限の空間、無限の星々。だからあなたもそうなのです。しばりつけてはいけません!あなたと、あなた以外のもの、あらゆるものとを、区別しないで。そんなことをすると、いたみをもたらすから。

23.だけどそれがじょうずにできたなら、その人こそが導き手。

24.わたしはヌイト。わたしのことばは6と50。

25.引いて、足して、掛けてみて。わかったかしら?

26.(うるわしきヌイトの預言者にしてしもべが、こう言った。)
「わたしは誰なのでしょうか? そのしるしは何でしょうか?」
(するとヌイトは、かがみこみ、青い炎を揺らめかせ、すべてに触れて、すべてにしみ込んで、愛しい手は黒い大地に、しなやかなからだは愛で弓なりに、やさしい足は小さな花のひとつも傷つけず、こう答えた。)
あなたにはおわかりのはず! そのしるしはわたしのひかり、絶えなく続くものを知るこころ、いつどこにでもあるわたしのからだ。

27.(そして司祭は、彼女の愛らしい眉に口づけ、甘く香り立つ汗の香水の中、彼女の光の露を全身に浴び濡れて、空間の女王に答えた。)「ああヌイト、天の絶えなきものよ。人々があなたをあるものではなく、ないものとして語り、ついには口にさえしなくなりますように。あなたがあるかぎり、永遠に。」

28.かすかでうっとりするような、星のひかりをささやく、ないもの、だけどふたり。

29.わたしは愛のため、いつかひとつになるために、別けられているから。

30.これは世界のはじまり、別けられていることのいたみはなんでもないわ、とけていくよろこびがすべて。

31.とんちんかんな人たちとその苦しみは、気にする必要はありません。彼らは少ししか感じない。少しの苦しみは、少しの喜びでおあいこ。だけどあなたは選ばれた人。

32.わたしの預言者についていきなさい。わたしを知るという試験をやりぬくの。わたしだけを探し求めなさい。そうすれば、わたしの愛のよろこびがあなたをあらゆる痛みから救うでしょう。本当にそうなのです。わたしの全身、わたしの聖なる心臓と舌、わたしが与えることのできるすべて、わたしがあなたに望むものすべてをかけて、そう誓います。

33.(すると司祭はぼう、となって、天の女王に言った。)
「わたしたちのために、試験を書き記してください。儀式を書き記してください。法を書き記してください!」

34.(しかし彼女はこう答えた。)
試験は書き記しません。儀式は半分だけ教えて、半分は隠しておきましょう。法はみんなのもの。

35.あなたが書き記すこのおはなしが、法の3つの書。

36.わたしの書記官、アンク・アフ・ナ・コンス、王子たちの司祭よ、この書の一文字たりとも変えてはいけません。だけどまちがいのないように、ラ・ホオル・クイトの知恵によって説明するのはかまいません。

37.また、真言と呪文、魔法とおまじない、杖の術と剣の術を、学び、教えなさい。

38.教えなくてはなりません。だけど、試験は厳しくしてもいいでしょう。

39.法のことばは「セレマ THELEMA」です。

40.わたしたちをセレマイトと呼ぶならば、それは間違ってはいないでしょう。ことばをしっかり調べるならば。そこには隠者、恋人たち、地の人間という3段階があるのだから。あなたの意志を為しなさい。それが法の全てです。

41.罪のことばは「しばり」です。人よ、妻が望むなら、拒まないで。恋人よ、あなたが望むなら、往きなさい。別けられたものをひとつにするものは、ただ愛だけ。そのほか全てはのろいなのです。のろわれしものはずっとのろわれてればいいわ、地獄みたいにね。

42.しばられ、嫌みばかりをいう人たちは、ばらばらなままにしておきなさい。あなたのすべても。あなたは、あなたの意志を為すこと以外になにも権利を持ちません。

43.そうすれば、だれもあなたをしばりません。

44.目的を忘れず、結果にこだわらないきれいなこころは、いつでも完璧なのだから。

45.完璧と完璧を足しても、ひとつの完璧になるだけ。いいえ、無になるのかも!

46.無はこの法の秘密の鍵。ユダヤ人はそれを61と呼びます。わたしはそれを8、80、418と呼びます。

47.だけど彼らとははんぶんこ。だから、あなたがひとつにして。すべてが消えて無になるように。

48.わたしの預言者は、1、1、1のとんちんかん。それって雄牛じゃないかしら?ここでは無ってことかしら?

49.儀式も試験もことばもしるしも、みんな今では役立たず。ラ・ホオル・クイトは神々の春秋分点で東の座に就きました。それぞれひとりのアサルとイサは一緒にしておきましょう。だけどそれはわたしには関係ないこと。アサルを崇めて、イサはくるしむ。秘密の名前と輝きまとう、ホオルこそが伝授の主。

50.司祭の仕事について言っておきます。みて、1つのなかに3つの試験があり、3つの方法で与えられるかも知れません。ぼんやりさんは火をくぐり、しっかりさんはもっと賢く、選ばれた高貴な人々はもっとも高く。そうしてあなたは星と星、団と団を得るでしょう。お互い知らないものどうしのままで。

51.ひとつのお宮に4つの門。お宮の床は金と銀。ラピスラズリとジャスパー、不思議な香りのお香、ジャスミンとバラ、死の紋章。彼に4つの門を順番に、それとも一度にくぐらせて、お宮の床に立たせましょう。沈んでしまわないかって? ああん、ほら!戦士よ、あなたのしもべが沈んでしまったらどうする? 実はどうとでもできるの。だから気高くしていなさい。きれいな服で着飾って、おいしい食事と甘く泡立つワインを楽しむの。思う存分、愛を満たして、満たされて。いつでも、どこでも、誰とでも、あなたの思うがままに、だけどいつでもわたしのために。

52.もしも正しく為されなければ、もしも記号を混ぜっかえして「それは1つだ」とか「それはたくさんだ」とか言うならば、もしも儀式がわたしに捧げられなければ、、、ラ・ホオル・クイトの怖いおしおきを、覚悟するべきね。

53.こうして世界は生まれ変わるの。わたしの妹、小さな世界、わたしの心臓とわたしの舌を、わたしがキッスを授けるものへ。そしてね、書記官で預言者であるあなた、あなたが王子さまたちに仕えていても、あなたは慰められも許されもしないわ。だけど、ひかりはあなたのもの、そして地上のよろこび。いつでも、わたしに。わたしのために。

54.一文字のかたちさえも、変えてはだめ。預言者よ、あなたはそこに隠された不思議の全てをみることはできないのだから。

55.あなたの中から生まれるこども、彼こそが不思議の全てをみるでしょう。

56.彼は東から、それとも西からやってくる?そんなことを期待してはだめ。彼は誰も予想しなかったお宮からやってきます。アウム!どんなことばも大切で、どんな預言者も本当です。彼らはほんの少ししか理解していないとしてもね。方程式の前半分は解いて、残り半分は放っておきなさい。それでもあなたは全てを明るいひかりのなかに保ち、全部ではなくとも一部を闇のなかに保ちます。

57.星々の下で、わたしを喚んで。愛こそ法なり、意志の下の愛こそが。とんちんかんが、愛を間違えないように。愛といってもいろいろあるからね。鳩もいれば、蛇もいます。しっかり選んで! 彼、わたしの預言者は、砦の法を知ることと、神のお宮の偉大な不思議を選んだわ。

わたしの書のこれら古き文字は全て本当です。だけどツァダイは星ではありません。これもまた秘密なのです。わたしの預言者がそれを賢い人たちに知らせるでしょう。

58.わたしは想像もつかないほどのよろこびを地上にもたらすわ。「信じる」ではなく「確信」を、生きてる間中、死の瞬間まで。言葉にできない安らぎ、休息、ひかりを。生け贄なんて、いりません。

59.わたしのお香は樹脂豊かな木とゴム。血なんて含まれていないわ。わたしの髪は永遠の木だもの。

60.わたしの数字は11。わたしたちみんなの数字。真ん中に円を持つ、5つの点を結んだ星、その円は赤。わたしの色はみえない人にとっては黒、みえる人には青と金にみえるわ。わたしを愛してくれる人々には、秘密のひかりを授けもしましょう。

61.だけど、一番大切なことは、わたしを愛すること。砂漠の星空の下、わたしに向かってお香を炊いて、きれいなこころでわたしを喚び、その中で蛇の炎が燃え上がるなら、わたしの胸でほんの少しだけ、あなたを休ませてあげましょう。たった一度のキッスのために、全てを差し出したくなるでしょうね。だけど、ほんの一粒のちりをも差し出した瞬間、あなたは全てを失うでしょう。たくさんのいいものと美しい女たち、スパイスを集めなさい。きれいな宝石を着飾りなさい。地上のどんな国よりも輝かしく、誇らしく。だけど、いつでもわたしへの愛のために。そうしてくれると、わたしはうれしい。あなたに厳かに命じます。薄いローブと見事な王冠を身につけて、わたしの前に来て。わたしはあなたを愛しています!あなたが恋しい!青色でも紫色でも、ヴェールに隠されていても艶やかであっても、あらゆる紫色のよろこび、どうしようもないほどに目を回しているわたしは、あなたが欲しい。翼をつけて、あなたの中のひかりのとぐろを解き放って。来て!

62.あなたと会っている時はいつでも、わたしの秘密のお宮で、はだかで、よろこびにふるえ、燃えるような瞳の女司祭に、みんなのこころの炎を喚び起こす、愛のうたを歌わせましょう。「わたしに!わたしのもとに!」

63.せつなくてたまらない愛のうたをわたしに!燃え上がる香をわたしに! 宝石で着飾ってわたしのもとに!乾杯をわたしに!わたしはあなたを愛している!愛しているの!

64.わたしは青いまぶたの黄昏の娘。艶やかに輝くはだかの夜空。

65.わたしに!わたしのもとに!

66.(そうしてヌイトは去っていった。)









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2011年10月06日

10月28日 3.11 Nuclear Crash以降の生き方を探る

311NuclearCrash
(フライヤーPDFはこちら

先日予告した岡山ペパーランドでのトークイベント詳細が判ったので改めてお知らせ。

「3.11 Nuclear Crash以降の生き方を探る」@岡山ペパーランド
311という現実が教えた私達の内部の「破壊のカマド」とは何なのか?その「破壊のカマド」に気付いた時、私達はこの現実にどのように立ち向かっていくのか - 音楽、芸術、あらゆる文化の問題を問う

TALK:
能勢伊勢雄岡山ペパーランド主宰)
■伊吹圭弘:敦賀遊会主宰・化学技術者

『遊会』とは… http://www.pepperland.net/yuukai.html
松岡正剛氏が出版社・工作舎で編集していた雑誌『遊』の企画として各地で開かれていた『遊会』。また、ライブハウス「ペパーランド」オーナーの能勢伊勢雄が続 けている『岡山遊会』。そして、2007年からは『四国遊会』が香川県高松市で始動。それらの精神を引継いだ『敦賀遊会』。誰でも参加でき、何ものにもとらわれず、そして、様々なジャンルを横超することに始まり、似ている事の気楽さや自由さを求めて、自由に参加できるのが魅力。本当の自由を求め、常に変化し続ける世界を見る目を持ち、生きることの表現を持って、遊星的郷愁を求める一員でいようではありませんか。


■蝦名宇摩(津軽三味線)
「アイ・アム・ヒッピー」などの著作で知られる伝説のヒッピー・ポン氏を父君に持つ津軽三味線女性師範。311を機に岡山に移住。当日は勿論演奏も!

■木内賢(クリエイティブディレクター)
広域瀬戸内海文明デザイン&コミュニケーション主宰。言語とリアリティ、魔術的想像力をキータームとして瀬戸内海に投影される「散都」と新文明圏のビジョンを模索。http://23youbi.seesaa.net/article/223542887.html

LIVE:
Imagenos
The nothingface from Colombia
蝦名宇摩
Tung -Tah
壊れたホテル
Rrose selavy / Celine +岩本象一

Food:
cafe Moni

2011年10月28日(金)
岡山ペパーランド
Open 18:30 / Start 19:00

19:00 - 22:10 LIVE
22:20 - 23:50 TALK
24:00 - 00:30 LIVE
朝までフリーカンファレンス

Info:
岡山ペパーランド
岡山市北区学南長2-7-4
TEL: 086-253-9758
http://www.pepperland.net

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2011年02月26日

お蔵出し原稿シリーズ:雄大くんの「とき」


最近HDDのバックアップをとったりして過去ばかり眺めている後ろ向きなおれですが、またいい感じの過去が発掘されたのでここに貼っておく。以下はフリーペーパー「BALANCE」に04年あたりに連載されたイラストコラム「とき」の全原稿。04年あたりというのは、メールの日付がそのあたりだったからそうなんだと思う。このあと雄大くん特集のBALANCE Vol.31"ESCAPE VELOCITY"号があったが、カラー見開き部分だけが残ってた。

toki.jpg

PDFをあげとくので暇な方は眺めてみて欲しい。ブラウザでうまく表示されない時は右クリックでダウンロードしてみてください。
(0226/23:00 リンク先データが表示されない不備を修正しました。こんどは表示されます)
http://www.eugenius.jp/Escape_Velocity_P4-5_A4_.pdf

BALANCE誌はその後も快調なようだ。iPadアプリとか出して欲しいなー。
http://www.balance-web.com/
posted by bangi at 17:39| Comment(0) | 詩と芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月13日

お蔵出し原稿シリーズ:2000年からモテる方法


以下は前世紀も終わろうとする頃、文芸社刊の雑誌「A」にシェークスピアボーイズ名義で連載された「2000年までモテる方法/2000年からモテる方法」の最終回1個前の原稿である。ひょんなことからテキストデータがでてきたのでここに再掲する。残りの原稿は未だみつからない。おそらく度重なるHDクラッシュによって失われたのだろう。誰か持ってたら消去しておいてください。嘘、ください。

シェークスピアボーイズは他にもSpectatorやTOKIONといった雑誌に温泉旅行記や某宗教団体突撃取材など扱いに困る原稿を多数寄稿した記憶があるが、その多くは失われている。そんなもんだよね。



「全ての男女は星である」アレイスター・クロウリー

そこは56億7千万年前の地球であった。
まっすぐに広がる平原の向こうに、森があった。
雨が降っていた。
きっと、もう何億年もの間降り続いていて、これからも降り続けるのだろう。
誰もいない。ただ、雨が降っていた。

その時、私は気がついた。
誰もいない。しかし、「誰か」がいる。
この雨を降らし続けているある存在、ある意図。
深い、透明なかなしみに満ち、不可視の輝きをまとう「あの御方」。
呆然自失となった私は、いつのまにか泣き崩れていた。
涙は止まらなかった。

雨は、今も降り続いている。

先日、千葉の浜金谷という小さな浜辺を訪れた。
寄せては返す波を眺めながら、私はもっと大きな波を感じていた。
全てが揺れ動いている。水も、大気も、私たちも。
私は地球の中心について考えていた。
空を見上げると、白い月と太陽が並んでいた。
そうか。「波」は星の世界まで達しているのだ。
全てはグラデーションであった。
どこにも中心がなく、無限の円周を持つ円。

「あらゆる数は無限である。いかなる差異もない。」
20世紀最大の神秘家、アレイスター・クロウリーの言葉を憶いだした。
「全ての男女は星である。」

私は、4年前の幻視体験で遭遇した「あの御方」に再会した。
(その名は、隠され、明かされている。)

仏教における究極的救済、マイトレーヤ(弥勒)の降臨は、56億7千万年「後」とされている。
私が幻視した56億7千万年「前」の地球が、今私がいるこの星のことなのか、どこか別の惑星なのかはわからない。しかしそれはやはり「地球」であった。私の源、普く宇宙に満ちる生命の第一質料(プリマ・マテリア)、ガイア、とか。

時間もまた、波である。「いま」を中心に、無限の円周へと向かうグラデーションとして時間をイメージする時、「ここ」を中心として無限に広がる空間との差異は消滅し、ひとつの球としての宇宙が像を結ぶ。球の中心は「いま、ここNOW HERE」である。そしてそこは「どこでもないNOWHERE」。円周が無限であるならば、中心もまた存在し得ないからだ。これはユダヤ神秘思想の精髄カバラの宇宙流出論においてエン・ソフ・アウル、無限の光として言及される宇宙の元像である。カバラにおいては、この無限の光が一点に収縮することにより、神の自意識そのものとしての「宇宙」が顕現する。この一点をケテルといい、以降全ての事象がそこから流出する源となるわけだが、NOWHEREからNOW HEREへの収縮、凝固のプロセスとして時空の成り立ちが説明されていると捉えれば、そのまま私たちの自意識の成り立ちにも当てはまる(ケテルは人体において頭頂部、クラウンチャクラに対応する)。

Quod est superius, Est sicut quod est inferius.

浜金谷の浜辺に、一匹の透明なクラゲが打ち上げられているのを見た。
エデンを離れ、悠久の時を旅してきた人間からみれば、すでに理解不可能なほど、単純な生命。薄皮一枚で覆われた海、凝固した海そのもののようなそのクラゲの体に、私は遍在するケテルをみた。眺めていると、一匹のフナムシがひょい、とクラゲの亡骸に飛び乗り、もろとも波がさらっていった。NOW HEREを生きたクラゲは再び、NOWHEREの海へと溶けていく。高まり、鎮まっていく生命のバイブレーションは、星の世界まで達していた。空虚はどこにもない。全ては満ち、揺らいでいる。私は持参したハーモニカを吹いてみた。その音も、揺らぎ、響き、星に共鳴した。寄せては返す波のように、私はそこで、揺らいでいたのだった。

エデンに永くは留まれない。人間は自由意志によって、エデンを出たのだ。この連載もまた、エデン回帰と出エデンの物語を共に内包している。エデンを憶いだし、再びエデンを出るという作業が必要なのだ。楽園を後にしたあなたはどこへ向かうべきか、もしかしたら、あなたはその孤独な問に愕然としているかもしれないけれども。

決まってるじゃないか。私は私を待つ恋人のもとへ還っていくのだ。それがモテるということである。


「2000年からモテる方法」第4回「宇宙プラグイン」
文芸社「A」1999年9月VOL.5
posted by bangi at 01:48| Comment(0) | 詩と芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月13日

お蔵出し原稿シリーズ:映画「ナンバー23」(2007) 解説原稿

以下は映画「ナンバー23」(http://info.movies.yahoo.co.jp/detail/tymv/id327457/)劇場公開時(2007)にプレスリリース、公式ウェブサイトで解説として発表された原稿。苫米地英人氏の著作を巡るTweetの流れのなかで、一部物好きから読みたいとの希望を受け、ここに再掲する。おそらく最終入稿直前原稿なので未校正箇所がいくつかあるかもしれないのはご愛嬌。

この国ここんところのスピリチュアリズム、新興宗教、自己啓発セミナーやマルチビジネスなどを取り巻く文化状況を俯瞰し、なにかが腑に落ちない、据わりが悪い、なんでだろうと感じられている方に向けて、おれなりのヒントを無言のうちに指し示したい、という想いを込めて執筆した。劇場映画の解説文として、もちろんやや演出を盛り込んではいるが、60-00年代文化潮流の束を、高圧縮最高速度で述べきるスタイルは我ながらなかなか悪くない。笑える。

映画の公式解説文なのに映画自体については一切触れないこの原稿を載せてくれてありがとうごめんなさい。




SEMANTIC HAZARD 23
最後の封印「23」が今、解き放たれる
解説:バンギ・アブドゥル(戦略意味論)


 光ファイバーが大洋を横断し、地球表面を包む電子的神経網に浮かび上がるバーチャル空間が次なる経済活動の基点として射程に収められつつある現在、全てを加速度的にビット化するITとマネーチャートが描きだす美しい自律性に全面的な信頼を置きながら、我々は無邪気にも「知り得ぬことは既にない」といわんばかりに、暢気な充足感に浴している。

 しかし、我々が体験し、解釈し、我がものとした筈の欧米文化の表層が、解読のためのパスワードを必要とする「暗号」だったとしたら。我々が眺めている全ての表層が、無知なる者を笑い欺くイリュージョンに過ぎないとすれば。そしてそのようなカモフラージュの深層のメッセージが解読されたことなど、幕末の開国以来一度たりともなかったとすれば……。

 その不穏な疑惑は近年、一連の映画作品の堰を切った様な公開ラッシュ現象を通じて、確実に社会意識に浮上し始めている。「セブン」「ダ・ヴィンチ・コード」が描く、反転されたキリスト教のイコン群、「シックス・センス」の暗喩の網、そして「マトリックス」「マイノリティ・リポート」が突きつける「隠された現実」感覚、これらは全てある一点の「闇」、我々日本人が決して取り込むことのなかった、そのあまりの奇怪さに困惑し文化的防御本能によってその流入を水際で拒んだ、欧米文化の深層に巣食う不気味な「怪物」の存在を、我々の眼前に突きつけているのだ。

 その「怪物」とは、ユダヤ秘教伝統カバラ、錬金術などルネサンスに花開いた秘教思想、テンプル騎士団、フリーメーソンなどヨーロッパと新大陸を席巻した秘密結社のネットワーク、そして19世紀末から今日に至るまで通奏低音として振動し続けているテクノロジーと霊性のエロティックな交歓、それら「見えざる西欧」の地下水脈の総体である。

 我々日本人は長らく、これら怪しげな地下水脈を死にゆく西欧の亡霊として一蹴してきた。ラテン語源の「隠されたもの」を意味する「オカルト」を、ネッシーやUFOやスプーン曲げといった表層として消費し、文化的フリンジとして切り捨ててきた。そしてこの拒絶が、続く半世紀に渡る致命的な情報欠落を引き起こし、誤読とせん妄のうちに暴走し破綻したバブル経済と文化失速の引き金となった。

 すでに日常生活に欠かせないものとして溶け込んだインターネットを利用する時に、ふとIT独特の言葉遣い、ボキャブラリーの異質さに気付いたことはないだろうか。メーラーディーモン(Mailer Daemon)イーサネット(Ether net)アバターチャット(Avatar Chat)……。70年代のコンピューターフリーク、ハッカーたちが築き上げたITネットワークの随所に、ディーモン/Daemon(ギリシャ語源/地霊・使役魔)エーテル/Ether(ギリシャ語源/霊気)アバター/Avatar(サンスクリット語源・化身)といった秘教的なイメージが散りばめられているのは何故か。ビートルズの代表作「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のアルバムジャケットに、ユング、アインシュタインと並び座を占めている「20世紀最大の魔術師」アレイスター・クロウリーとは何者なのか。サイバーパンクSFの騎手、ウィリアム・ギブソンが近未来の千葉、ロンドン、極点を舞台に描く「スプロール三部作」で、執拗にブードゥーの魔神に言及するのは何故か。明るいものと暗いものが同時に、瞬時に輝き、また見えなくなるようなこの違和感は、どこからくるのだろうか。

 20世紀のテクノロジーの輝かしい歩みが、同時にオカルティックな「月の光」の波長をも内在していることを示す事例は、IT用語やSF的想像力の範疇にのみ見いだされる訳ではない。たとえば宇宙工学。NASA(アメリカ国立航空宇宙局)を生み出す母体となったカリフォルニア工科大学の共同設立者、ジャック・パーソンズは、月のクレーターにその名を残す偉大なロケット工学者であると同時に、アレイスター・クロウリーによって再編された東方テンプル騎士団(Ordo Templi Orientis)のカリフォルニア支部長でもあった。冷戦下の米ソ宇宙開発競争時代、NASAの研究室にはクロウリーのピンナップが誰によってともなく張られていたという逸話がある。

 サイケデリック革命を指揮したポップ・グル、ティモシー・リアリーは、LSDによる精神拡張から地球外移民とケミカルデザイニングによる知性増大というテーゼを掲げ、後にLSDをコンピュータに置き換えたサイバー革命を準備した。「言語はウィルスである」というオブセッションに没頭したカルト作家、ウィリアム・S・バロウズは、地球外から人類の脳に感染した言語ウィルスによるコントロールを撹乱するために、原稿を切り刻み、リアリティを再構成するカットアップ技法を編み出し、その文化遺伝子は神経言語プログラミングと呼ばれる心理療法や、DJミックスとサンプリングによる音楽、ヒップホップ/ハウスミュージックに受け継がれた。

 60〜70年代にかけてのアメリカ文化といえば、フラワーチルドレン、ウッドストック、ベトナム反戦運動といった事柄が想起されるだろう。長髪にひなげしを飾り、LSDの酩酊に禅を追求し、宇宙的な愛と精神の平和、自然回帰を説くポップ求道者たち。しかしそのステロタイプの深層には、フランス実存主義哲学や量子物理学にのめり込み、旧態然としたイデオロギーを嘲笑しながら、来る大消費型経済構造とITネットワーク社会を正確に予知していた知的アナキスト層が形成されていた。彼らはオカルト文学の古典をポストモダニズムによって再解釈し、ウォーホルのポップアートから攻撃的な戦略意味論を抽出し、サイバネティック宗教心理学を醸造しながら、後にハッカーと呼ばれる新たな都市部族勢力を形成していった。

 彼らの世代を牽引したカルト・アンセムは、ロバート・シェイ&ロバート・A・ウィルスンによるSF小説「イルミナティ三部作」。世界的な陰謀結社「イルミナティ」と、狂気の女神を信奉するアナーコ・ヒップなメタ宗教勢力「ディスコーディアン」との闘いが、随所に現れる神秘数23とともにハイスピードで展開する、空前絶後のサイケデリックSF小説だ。この作品は実在のディスコーディアン運動と連動し、ウッドストック以降/サイバーパンク前夜の若者たちの人生を不可逆的に更新した。彼らが心酔した神秘数23はバロウズ、イルミナティ、ディスコーディアンといった時代のアイコンとともに、最もスリリングな符丁、暗号として時代精神に刻印された。

 この世代からいち早くスピンアウトしたのが、アップル・コンピュータを設立したスティーブ・ジョブズである。ディスコーディアン運動のシンボルであった林檎をトレードマークに掲げ、全く新しいパーソナル・コンピューティングの方法論を打ち出し、文字通り未来地図を更新してしまった。また「イルミナティ三部作」に熱狂したブルース・スターリング、ルーディ・ラッカーといった新世代SF作家群が頭角をもたげ、後にサイバーパンクと呼ばれる次世代SF運動を準備した。映画監督のリドリー・スコットは、バロウズの「ヘビーメタル感覚」を悪魔的なまでのクオリティで視覚化した魔術師かつアーティスト、H・R・ギーガーを美術監督に迎え「エイリアン」を製作した後、P・K・ディックの先駆的サイバーパンクSF作品「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を映画化、そのタイトルにストーリーとは全く無関係でありながら「ブレードランナー」というバロウズの同名小説のタイトルを冠した。また近年話題となった世界的ヒット作「ダ・ヴィンチ・コード」原作者であるダン・ブラウンは、「イルミナティ三部作」と23エニグマへの全面的なリスペクトとオマージュを捧げている。彼ら時代のキーパーソンたちは、「23」のシグナルを受信し、文字通り未来を創造するという陰謀に果敢に参画していったのだった。

 原書が発刊されて38年を経た2007年、ようやく「イルミナティ三部作」が翻訳・出版され、我が国にウィルス「23」の純粋種株が解き放たれた。そしてその僅か数ヶ月前、著者ロバート・A・ウィルスンは鬼籍に入り、さらにその数ヶ月後、11月23日に「ナンバー23」が公開される。この出来事は極東、黄昏の経済大国における「23エニグマ」の最新事例としてリストに追加されるとともに、見えざる欧米文化の深層潮流が、我々の目前で遂に最後の封印を解かれたアポカリプスの徴として、記憶されるだろう。



附録: 23エニグマ

 「23エニグマ」と呼ばれる謎の体系は、デビッド・クローネンバーグによって1991年に映画化されたカルト小説「裸のランチ」の著者、ウィリアム・S・バロウズの作品群に繰り返し現れる不吉な啓示として広く知られることとなった。バロウズは新聞の切り抜きや様々なリサーチから、世界の随所に現れる23の奇妙な符号を収拾し、精神びらん性の言語ウィルス兵器「B23」といった地獄的なガジェットを自身の作品世界に注入した。また70年代中期にはロバート・A・ウィルスンとロバート・シェイによるカルトSF小説「イルミナティ三部作」において「混沌と虚無を象徴する神秘数」として祀られ、ここに「23エニグマ」の神話的構造が完成した。

 以降「23」は「バロウズ・コミュニケーション」や「ディスコーディアン」といった対抗文化勢力のシンボルとなり、その地下ネットワークの母体であり発信拠点であるアメリカの心象風景に浸透していく。60年代から継続されたサイケデリック神秘主義、量子飛躍とカオスに彩られた科学史上のパラダイムシフト、パーソナルコンピューティングとハッカーの新興文化が渾然一体とり、その知的地下水脈の影響下に80年代サイバーパンクSF、ハウスミュージック/レイブカルチャーがグローバルな運動体として勃発した。

 世界を席巻するポップカルチャー、世界の警察を自認するグローバルパワーといった「強いアメリカ」と、心理カウンセリングへの過剰な依存、慢性的なパラノイアと陰謀論の坩堝である「病めるアメリカ」、その陰陽両面の黙示録は、郊外の巨大ショッピングモールと大資本管理のMTV、TV宣教師の原理主義的な終末論に自閉していくアメリカの精神的危機に映画、文学、音楽の様々な領域から警戒の声をあげる対抗文化潮流の符丁「23」にエンコードされたのである。

 「23エニグマ」の核心は、統計データや文化的コンテクストにのみに存在するのではない。23の不思議に取り憑かれた人々は、実生活においてこの数字に意識を向けた途端に、なぜか連鎖的に「23」が現れ始め、それでいてその意味するメッセージは常に不明瞭で混沌としたまま、なんら有用な教訓や予見をもたらさないという、まるで眼前で不吉な踊りを踊り続ける無言の道化との対面のような、魔術的な体験を強調する。これは誰にでも容易に体験できる。試しに、この映画を観た後、日常に現れる「23」を意識して採集してみるといい。何気なく坐った席が23番シートであったり、ふと手にした、さして重要でもない書類の通し番号が0023であったり……

 これらは、心理学的には「アポフェニア」と定義される心理現象としても説明され得るのだが、果たして純粋に心理的な錯覚に過ぎないのか、深淵な謎を秘めた「符号」の発見なのかは、あなた自身の体験で確かめていただきたい。以下は、「23エニグマ」の例である。

・フィリップ4世がフランス全土においてテンプル騎士団のメンバーたちを一斉に逮捕したのは、1307年10月13日(10+13=23)。
・ジュリアス・シーザーは暗殺時、23回刺された。
・ラテン語のアルファベットは、23文字で構成されている。
・ヒトの生殖細胞に含まれる染色体は、23本。また、人間の性を決定づける遺伝子は、第23番目遺伝子である。
・血液が体全体を巡るのに必要な時間は、23秒。
・古代エジプト・サマリア暦は、7月23日から始まる。
・地球の地軸は、公転面に垂直な方向から23.5度傾いている。
・タイタニック号の沈没 1912年4月15日(1+9+1+2+4+1+5=23)
・英・劇作家、詩人のウィリアム・シェイクスピアは、1564年4月23日に生まれ、1616年4月23日に他界した。
・ナチス・ドイツ初代総統、アドルフ・ヒトラー自殺 1945年4月(1+9+4+5+4=23)
・古代マヤ人が信じた世界の結末 2012年12月23日。
・カルト集団「The Family」のリーダー、チャールズ・ミルズ・マンソンの誕生日 11月12日(11+12=23)

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2009年05月19日

不思議ソング

これもの凄い影響受けたと思う。


そしてなんか思いっきり考えさせられたなー
「え!不思議ソングで盆踊り?」てRaveのことだよねw
posted by bangi at 22:49| Comment(5) | TrackBack(0) | 詩と芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月12日

寓話

口を開けて上を向いて、いつかあめ玉がふってくるかもしれない、と待ち続けることについて。

おれは天から降ってくるあめ玉を期待したことはない。
周りをみると、広場では大勢の人が口を開けて空を見上げている。が、おれはそうしない。「もうすぐ天からあめ玉が降ってきますよ。さぁあなたもいますぐ口を開けて上を向きなさい」と語りかける人も数人いたが、なるほどそういうものか、と思ったことはない。信じる信じない以前に、何をいっているのかよくわからない。

口を開けず天も見上げないおれは、広場の人々から批判される。


彼ら:
あなたは天のあめ玉を信じる人を冒涜している。

おれ:
そんなことはない。おれはあめ玉の神学自体には、ある美を見いだす。


彼ら:
天のあめ玉とは、絶対的に善きものの観念なのであって、それが実在しようとしまいと、あめ玉の値段や質の善し悪しを論じること自体が冒涜なのだ。

おれ:
あっちのほうでは天のガムを、反対側の向こうでは天のラムネを待望している。彼らは皆同じように口を開けて天を仰ぎながら、時折、天から降ってくるものがあめ玉なのかガムなのかラムネなのかで言い争っているようだ。


彼ら:
あなたがあめ玉を信じようが信じまいがどうでもいいが、周りがみんな口を開けて一心にあめ玉を待っているのだから、わざわざ場の空気を乱すこともないだろう。さぁ口を開けて、あなたがまき散らした、広場の皆さんの不安を取り除きなさい。

おれ:
広場の一角からは火の手があがっているようだ。足下では子供が泣いている。天を仰いでいる人たちが一瞬、目を降ろして広場を見渡せば、火事を鎮め子供を慰めるためにすぐさま行動するはずだ。煙の匂いも子供の泣き声も感じている筈なのに、誰も周囲を見渡そうとしないどころか、広場を見渡そうと顔を降ろす人々に、すぐさま上を向け、と命令するあなたのような人もいる。


彼ら:
広場には火の手など上がってないし、子供も泣いていない。すべてはあなたの幻覚だ。

おれ:
そうかも知れない。
しかしおれは、天のあめ玉を待ち続ける幻覚よりは、炎と泣き声の幻覚を愛する。
それが首と顎の鈍痛ではなく、骨がきしみ血が脈打つ鮮烈な激痛をもたらすからだ。
おれは鈍痛よりは激痛を欲する。

彼ら:
広場の人々は激痛よりはむしろ鈍痛を望んでいるのだ。あなたには彼らから麻酔薬を奪い取り、激痛の只中に置き去りにする権利はない。

おれ:
自分の意志で麻酔と鈍痛を選んでいる人々は、おれをみて不安を感じることはないだろう。
生まれた時から麻酔を打ち続け、すでにそれが麻酔であることも鈍痛であることも知らない人は、おれをみて不安を感じるだろうが、すぐに忘れるだろう。
おれが語りかける対象は、広場のどこかで泣いている、麻酔も鈍痛も知らないこどもだ。おれはこどもを慰めなければならない。

彼ら:
そんな子どもも存在しない。それも幻覚なのだ。
おれ:
おまえもまた幻覚だ。おまえはおれのblogの記事に登場する、架空のキャラクターに過ぎない。
おまえは鈍痛から生まれた幻覚であり、その自己保存戦略に従って自己増殖する幻覚、その詐術の映像に過ぎない。

おまえ:
幻覚である私を記述するおまえもまた、幻覚だ。
おまえは幻覚を記述する幻覚それ自体にすぎない。

おれ:
否。おれは幻覚に抗う意志、明晰で底意地の悪い狂気だ。
おれは幻覚を喰い破る狂気、飢えるウロボロス、輝ける破滅、恍惚の

わたしだ
おまえだったのか
まただまされたな
まったく気がつかなかった





■補遺A
宮沢賢治の童話に「十力の金剛石」というのがある。
http://why.kenji.ne.jp/douwa/44juriki.html
おれはこの小作品がなぜか大好きで、10代の頃から繰り返し読んだ。この風景は深いところでおれの心象風景の一部となっている。
天から唐突に、無前提に無目的に無尽大にもたらされる光。ある時期の賢治作品に繰り返し描かれるテーマだ(「銀河鉄道の夜」での銀河ステーション出現のくだりなど)
http://contest.thinkquest.jp/tqj2002/50133/story-new_06.html
そして天から降り注ぐ宝石のイメージは、過去に某誌で書いた「48億年前の地球に降り注ぐ永遠の雨」の幻視風景と接続され、さらにこの寓話において雨=あめ玉の言語曼荼羅を表出させている。

■補遺B
「あめ玉」は何に置き換えてもらってもかまわないが、特別に「神」や「宗教」といった大仰なものごとの暗喩を意図しているわけではない。勿論「泣いている子ども」についても様々な解釈が許されるべきだ。

■補遺C
彼、汝、我の段階的な人称変化は、魔術Magickにおける召喚Invocationの基本的な術式である。


■あとがき
天から素晴らしいあめ玉が降ってくるとすれば、天界もまた素晴らしい場所であるに違いない。であるなら、おれは口を開けて空を見上げるのではなく、天界の言語で名刺とあめ玉取引事業計画書を準備し、見晴らしのいい場所から拡声器で天界にむけて語りかける。あるいは、縄と梯子とライフルを調達して天界侵入計画を検討する。天からみれば間抜けそのもののように大口あけてただ立ちすくむ、という選択肢はおれにはないが、だからといってほどほどにしておかないと、いつか唐突に真っ黒なヘリコプターが飛来して蜂の巣にされるかも知れない。おれが真っ黒なヘリコプターならそうするからだ。なにごとも相手の視点にたって考えることが肝要だ。

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2008年11月08日

無題

レニ・リーフェンシュタール


チャップリン


Lalala Human Steps


勅使河原三郎


Nokko




戸川純

http://jp.youtube.com/watch?v=rLkOLVwujsE
http://jp.youtube.com/watch?v=leecyum6iFA

John Lydon


沢田研二「サムライ」


Lisa loeb


Carpenters

http://jp.youtube.com/watch?v=iIy3mP0mohU

ディジュホップ


Voodoo


WS.Burroughs in NIKE

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2007年11月26日

テネシーウィリアムズについて

妻の知人が出る芝居を観劇。
テネシーウィリアムズ短編集。

なんかどれもオチがつかない話だなーと思ったが、テネシーウィリアムズの戯曲とはそういう感じなのだろう。読んだことないけど。淡々と個人の関係性を描き、特にクライマックスも解決もないまま放り出す感じ、そこに味わいや時代性がある、ということは分かった。

しかしまた、その戯曲の構造は俳優や演出家が積極的に登場人物のキャラクターを解釈し、創造すること、が演じる上で必須であり、また作者の意図もそこにあるのでは、とも感じた。与えられたテキストをありがたく頂戴し「作者はなにを伝えたかったのか」などと不毛な詮索をするのではなく、設定された状況のなかで、役者なりの、演出家なりの、時代なりの「即興」が挿入されてはじめて成立するように作られている気がするのだ。アメリカ人俳優の強烈な主張と、サクセスドリームを熱源とするショービズエンジンの過剰なエネルギーをポジティブに運用するトンチのようなものが、このアンチクライマックスな戯曲(の枠組み)のエッセンスなのではないか。その仕組みをもって、再演される度に新しい戯曲、アンチクラシックの戯曲、それががテネシーウィリアムズの目論んだものである気がする。読んだことないけど。

劇場で観た小話にオチがなかったのは、演じる側に問題がある。
オチ、ドラマ、エモーションは、俳優と演出家がその都度、加えるものなのだ。
「わたしにとって、ローズ伯母さんはこういう人」「おれにとって、この話のキモはここ」「今、この作品はこういう意味」という主張を注ぎ入れなければ、舞台の上にあるものはただの枠組み、空っぽの器なのだ。空っぽの器を眺めて「いやはや、しぶいでござる」と悦に入る数寄な趣味もあろうが、テネシーウィリアムズの器はそういう意図ではつくられていない気がする。

なぜこのような空転が起こるのか。彼ら老舗演劇人(妻は「演劇界の妖怪たち」と呼んだ)のテネシーウィリアムズへの、否輸入文化全般への誤解がその原因にあるのではないか。彼らはテネシーウィリアムズを「クラシック」として扱う。2007年にそれを東京で上演することの意味を「現代にも有効であり続けるクラシック」として見いだしている感がある。


しかしながら、テネシーウィリアムズの描く世界はベトナム戦争、気の触れたヒッピー、とある東京のホテルバー、など、当世風の「ポップ」な要素に溢れている。深入りしすぎないセリフやストーリー展開も、社会の病理の告発といった重さよりも、ウォーホル的なポップコラージュの粋のほうが、おれには感じられる。一言でいえば「お洒落」。テネシーさん、あんた、お洒落でしょ!でしょ!読んだことないけど。

演劇界の妖怪たちは、そういう軽薄でポップでお洒落なものを、べちゃっと重くウェットなものにしてしまう。ジャンキーヒッピーの無意味な死に「人間性からの社会への告発」などそもそも込められていない。そもそもないものをあるのではないかと勘ぐりながら演るから、成立しない。空転する。

ぐだぐだとつまらぬことを書いてしまった。

そもそもおれにとって芝居の快楽は、なんか難しい顔した演出家や脚本家には関係ない。舞台の上に溢れだしてしまっている役者の身体、アウラ、それとの出会いだ。だからこのテネシーウィリアムズ特集がどんなに的外れでヘコいものだろうとどうでもよかった。妻の知人女優は唇を突き出してぷーと膨れるのがよかった。おれは女性の口元に興味を惹かれる。昔一緒に回転寿司を食べにいった知人女性が、マグロを半分口からだしてくわえた歓喜の表情に、おれは危うく恋に落ちるところだった。いや、その瞬間、そのマグロ込みの口元に、恋に落ちたのだ。おれにとって恋というものはそういうものだ。だから当然、ぷーとおかんむりな女優の一瞬の表情に、入場料のモトとったり、と大喜びだ。いいよね、ふくれっつら。

そんなふくれっつらが魅力的なミス・シンプルを誘惑する「生命商事」のサラリーマン、わかりやすくいうと笑うセールスマンの善玉版、を演じる俳優が、これがもうなんていうか、気持ち悪い。彼は小市民的な日常に知らず内に閉塞されているミスシンプルの魂を、ささやかな反抗、自由への逸脱へと誘惑する「いけないひと」なのに、俳優が青白く挙動不審で滑舌の悪い僕ちゃんだったせいで、大変難解な芝居になってしまっていた。ミスシンプル、なんでそんな気持ち悪い奴に言いくるめられて決意する!? テネシーウィリアムズはこれで何を言いたいの!? やめて欲しいそういうの。芝居の本筋と関係ないところで迷わすのは。

目の前で展開する結果的に難解な予想外の不条理劇を適当に追いながら、おれは想像のなかですでにおれを登場人物として挿入した「おれのテネシーウィリアムズ」を上演していた。おれはあの青白い生命商事セールスマンが敵視する「死神商事」サラリーマンとして登場。約束のルート77でミスシンプルは、そこにいる筈の生命商事サラリーマンではなくおれと出会う。

「ご婦人、やられましたね。最近、あいつの口車に乗せられてここまでやってくるあんたのような人が多いのさ。」
「あなた誰? 私の自由はどこ?」
「自由。ふ、ご覧なさい、あんたの目の前にたんとあるさ。あんたはちょっとした軽業をやったり、聴いたこともないでたらめな歌を一寸だけ口ずさむつもりでこんな町外れまで飛び出してきたんだろうがね、ここにあるのは軽薄な偽善者サラリーマンがうら若きご婦人を荒れ野にほっぽり出す自由、そして世間知らずのご婦人にはちょっと刺激の強い自由を破廉恥に展示して頬が赤らむのを鑑賞する自由、などなどさ。申し遅れました、私『死神商事』のバチアタリ、と申します。お見知りおきを」
「ひえー死神商事!私をどうする気なの!くわばらくわばらあわわ、、、」
「ミスシンプル、ご安心なさい。我々が取り扱う商品は、どのみちあなたのような世間知らずのお嬢にはとんと関係ないものでしてね。我々扱うのは怒り、絶望、犠牲、陰謀、罠、幻をみる薬、甘い猛毒、そういったものでさぁ。しかしねミスシンプル、本場物の自由って奴はこういったものごとなのですよ。ご覧になったことはございませんでしょうがね」
「そんなものが自由だなんて嘘よ。私は樫の木が囁く生命のうたを聴くために、あの牢獄を飛び出してきたのよ。そんな邪なものではなくて、、、」
「本当ですかね。あなたが飛び出してきた牢獄に、毒や罠や裏切りは溢れていましたか?」
「……」
「むしろ、樫の木がささやく生命のうたとやら、生きる喜び、明るい光、そういったガラクタが充満していた筈だ。そしてあんたはそこを飛び出した。息苦しくて、もうここには居られない、と信じてね」
「……嘘よ」
「ミスシンプル、あんたはなにか予想外の、全くみたことも考えたこともないような、新しいなにかを求めてここまできたんじゃないのかね? ここにあんたが予想したどおりの、期待したとおりの自由とやらがあったら、あんた満足しただろうかねぇ」
「詭弁だわ。私が求めていたのはそんな爛れた闇じゃない。わたしはちょっと軽業をしてみたり、でたらめなうたをでたらめにうたったりできれば満足だったのよ」
「そうだろう。あんたにはそれくらいが丁度いい。さぁ、ちょっと軽業を楽しんで、でたらめな口笛を吹いて、気が済んだら街へお帰りなさい。」
「……なぜだかわからないけど、なんだかバカにされてるように感じるわ。わたし、あなたにそう言われたからっておずおずと帰るわけにはいかないわ」(ここでぷー)
「上等だシンプル!君のそのぷぅと膨れるホッペタに、本当の自由てやつが詰っているんだ。ホッペタが膨らめば、そのなかで君の舌はなめらかに動くだろう。上あご、下あごを舐めまわして、微かな血の味を感じるだろう。君の真っ赤な舌がずる賢い蛇のようにはいずり回れないような、しぼんだほっぺたにおれは興味がないんだ。さぁもっと膨らんでみせておくれシンプル。舌に乗せる錠剤は、甘いの苦いのたんとある。鳩もいれば蛇もいる。うちのカタログをご覧なさい、こいつがハーレーダビッドソン。こっちが悪魔を呼び出す呪文の書、こちらは時間旅行免許証、もちろん偽造さ。時間警察のお偉いさんにちょっと握らせて横流しさせたもんだから、ばれやしねぇ。」
「ちょっと待ってバチアタリさん。わたし、時間旅行なんて出かけないわ。しかも偽造免許書なんて」
「へぇそうかい。じゃここでお別れだ。ご機嫌ようミスシンプル」
「待ちなさいよ!あたしをこんな荒れ野にほっぽり出していくつもり?」
「ああそうさ。君にはそうする自由がある」
「……正直、自分でもよくわからないわ」
「ほっぺただ。ほっぺたをもっとぷぅと膨らませて、舌舐めずりをするんだ。血と唾液と秘密の体液の味を感じるんだ」
「そんなこと…できません!」
(ここでぶちゅー)
「嘘つきめ。」
「………」



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2007年10月28日

エスプリについて

たっぷり仕事を溜め込んだら、Youtubeの時間。
今日は無性にティナターナーが観たい。

いきなり秀逸。おれはこのクリップにギブソンが描くサイバーブードゥをみる。
白と黒の錯覚界面に映し出されるNVIT=荼吉尼=銀河姫が、うら若きブードゥクイーンの肉体に召喚された瞬間。拡張神経祭りだ!


ぬお。セリーヌディオンですか。
おれはこの人はなにかこう「つくられたアイドル」風に捉えていたのだが、このパフォーマンスをみると意外と小さなクラブから叩き上げてきた(かもしれない)迫力とエンターテイン精神が感じられる。スター性はというより、歌と舞台が大好きなパリのねーちゃんの泥臭い迫力。ソウルミュージックのエスプリ化の作法が、どこかデビッドボウイをも思い起こさせる。


ぬおwwwエスプリ炸裂www
冒頭シーンのそこはいったいどこなんだ的な壮大な謎感とタキシードのバイオリン男がすごくエスプリ。

そして思い出したのはSUBWAY

カーチェイスシーンも地下パーティもおれの人格形成に大きな影響を与えたが、とりあえずアジャーニを満喫。パリ住みてー

そういえばエスプリってなんだっけ、という訳でポンヌフの恋人。

うわ、難解www
劇場で観た記憶があるが、こんなに難解だったっけ。そうだった気がする。
ビノシュがすげーワガママつーか困った女なんだよねこれ。
滅茶苦茶を突っ切って、なんかよくわからないカタルシスに至る。エスプリにはそういう野蛮さがある。


愛と哀しみのボレロ。「エスプリって難解」と思い知らされた作品だ。長いんだよこれ。
難解と晦渋が螺旋状に上昇していく4時間のクライマックス、モーリス・ベジャール振付ジョルジュ・ドンによるボレロ。ジョルジュ・ドンの悪魔的な肉体を堪能したい向きはおなじく愛哀レロからこちらもどうぞ。IO PAN!。
http://www.youtube.com/watch?v=vxM4YOs44Os

ベジャールの作品で、なんかアメフト選手と舞踏みたいのがでてくる超エスプリな作品があって、Youtubeで探したけどなかった。もうなんていうか、あれはね、観なくても人生になんら影響のない必見、ていうか。

濃いめのエスプリ丼にげっぷがでたら、デザートというわけで。

おれが大好きなゲンズブールの曲なのだが、誰これ?
そう、耽美と思わせといて、ふと気がつくと謎方向にメーター振り切ってるさりげなさ、それがおれにとってのエスプリ。100点。



posted by bangi at 01:20| Comment(6) | TrackBack(0) | 詩と芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月11日

枠外 in my head

Misajoey飛び入りライブを観にいったらそこでなかなかカッコ良かったのが坂上庸介氏。
歌い手としての磁場はかなりな強度。ジャック・ジョンソンみたいなクールガイかと思ったら尾崎豊が大好きだそうで。尾崎よりも全然カッコいいと思うよ。
http://www.spiralspiders.com/
坂上庸介氏blog
http://spiralspiders.livedoor.biz/

でまーいつもの如く酔っぱらったおれは初対面の庸介氏に「君のうたもギターも饒舌になればなるほどつまらない」と暴言を吐いて帰途につきスヤスヤ寝たのだが、後日庸介氏から「舞台をやるから来い」とのメール。代官山の劇団ひまわりシアター。ひまわり?ありていな謎には慣れているおれは深く考えずに代官山シアターに向かった。

そこで催されたのは庸介氏のバンド「スパイラル・スパイダーズ」の「舞台」。ライブじゃなくて? そう、バンドメンバー総出で、楽しいコントや唄を交えた「舞台」なのだった。照明も演出も音響さえも手作り感満点の、別にこましゃっくれたミクストメディアとかクロスオーバーとかではない、ほんとに純粋に「バンドで舞台やったら面白くね?」な感じで、よくいえばライブハウスのような臨場感、よくいわなければ餅は餅屋の逆、という舞台だったのだが、これが意外と面白い。ギャグが滑ろうがPAが割れようが、そんなことは別にどうでもよくなる未知の場が生まれていた。おそらくなんらかのツテで安く借りれたのだろうひまわりシアターで、午後の稽古が終わってひまわりっこたちがカフェにお茶しにいった後の劇場を、スクワットするかのようにやりたい放題やっていた。ぞんざいなPAに終始ハウリングに音割れというのも、劇場サイドの悪意が感じられる。つまりおれはそこにハッキングをみたのだった。

客電消えて冒頭、庸介氏のモノローグがはじまる。そこではおれが初対面時に吐いた暴言がかすかに織り込まれていた。つい数日前なのに、織り込んじゃうのか。劇団じゃなくバンド、のスピード感にニヤリとさせられたのだが、彼のことばには本物の痛みと香りと意志がある。暗闇のなかでずっとそれだけ聴いているのでもおれは全然よかったのだが、続くコントも庸介氏の身体を求心力としてムリヤリ成立させる真摯に乱暴なコントに、我がからだの師・笠井叡にも通じる宇宙的スリルを感じ、拍手喝采を贈ったのだった。

これを読んでいるかも知れない庸介氏よ。おれがいいたいことは下記の通りだ。
・コパッサンとジャケンポーンが面白かった
・自らを速度と失語の只中に宙づり、アウアウと息を悶えるその感じ、それが「舞台」というメディアでこそ一層輝くことに勘づいている君の直感に敬服する。
・全てを優しく説明してくれる「街」など脱ぎ捨ててしまえ。君の凶暴な刃を柔らかく受け止めるスポンジによってバランス成立、それは正しくもあるが、誰にとって正しいのか、それが問題だ。
・というわけで、笠井叡に会いにいけ。国分寺に「天使館」という稽古場がある。電話していけばよろしい。
・君は詩人であり、君のことばは兵器だ。癒すためにはまずメッタ切りにしなければならない。それができる君の才能に感謝し、無数の致命傷の彼方へ消失するうたを期待する。
・つーかおれ、以前誰かからスパイラル・スパイダーズのことを聞いたことがあるんだよね。誰からだったか、どんな内容だったかはわからんのだけど。もしかしたら共通の知人がいるのかもね。
・いずれ近々、なにか。

本物の才能、本物のからだに出逢えることって幸せだよね。

今日のyoutube
Hakim bey
http://www.youtube.com/watch?v=i3cL1zAQry4
なにか思いでを
http://www.youtube.com/watch?v=e8lFmbp0_k4
ハッピーデッドエンド
http://www.youtube.com/watch?v=laqLtEEadzc
存在という魔術
http://www.youtube.com/watch?v=HhoYuTeCuCg



posted by bangi at 23:21| Comment(4) | TrackBack(0) | 詩と芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月16日

気になる映画

アレイスター・クロウリーがシシリー島につくった掘建て小屋、セレマ僧院でのエピソードを描くインディペンデントフィルム。まだつくってる最中?


いい具合にチープな映像が、むしろ制作陣のマジなセンスを伝える。
スーパー観たいぜ。

しかしDV24Pでのインディフィルム制作はすっかり定着したようだ。
大変面白そうなこれもそうだし。
"crossing the bridge"


http://www.alcine-terran.com/crossingthebridge/

面白ければ視覚的な解像度は脳が補う、という単純な事実が、ようやくインダストリーの思惑を追い越したということか。
音楽と一緒で、制作環境に金がかからなくなって、誰でもがテクノをつくり映画をつくる。あとはアウトプット、ディストリビューションだが、そんなのはSNSとYOUTUBEで事足りる。もうマスメディアには何も残っていない。

ネットメディアはマスメディアと違って「サーチ」しなければどんな情報も得られない。勿論サーチいらずの「テレビみたいな」ネットメディアに固執する向きもあるが、ふと見渡すとそんなことに固執してるのは日本の業界だけである。そしてその目論みは必ず失敗する。必ず失敗する。2回書いとく。

さて、チャンネルザッピング以上に能動的な行為であるサーチが情報交通の通行手形となるのなら、情報空間/意味空間のデザイン主導権は勿論、量的資本から質的知識Knowledgeに明け渡される。また広告コミュニケーションの成立が受け取る個々の脳内での意味解釈に依存する比重が高まるので、広告手法の基点は「如何にみせるか」という“明示された面”のデザインから「如何に体験させるか」「如何に想起させるか」という“暗喩の空間”のデザインへと移行する。

まーそんなのも既に始まってるわけで、SNSやSecond Lifeなんてまさに「空間」そのものを提供している。ただその空間に貼付けられた広告があいかわらず「面」のトポロジーに縛られているのと、空間自体に金を払う商品価値がある、という錯誤のおかげでトンチンカンな方向につやつやベンチャー野郎どもが千鳥足で爆走しているのが滑稽である。

メディアはメッセージだ。空間もまたメッセージだ。電子的に生成された空間感覚に広告を貼付けるのではなく、空間それ自体がある意図を伝達するためにデザインされたプロダクトになりえるのなら、そのなかで広告はよりいっそう不可視になることを望むだろう。アトモスフィアに溢れた、暗喩の空間。それこそが理想的なメディアであり、思考と帰結、共感を誘発する(現在時点での)究極のマーケティング装置だということ、そしてそれをデザインするテクノロジーは意味建築空間のハードウェア/インフラと、象徴と暗喩というソフトウェアが不可分に融合したものとなり、まわりまわって占いや幽体離脱、テレパシーやシンクロニシティなどに関するセンス、身体感覚、拡張神経感覚が問われることになるだろう。ここにおいて、文書と建築、意味と体験、コモンセンスとオカルトゥス、地図と領土、すなわち意識と無意識、は溶解する。(少なくともあるレイヤーにおいては、ね)


おれはいまのところ極めて楽観視している。80年代から00年代にかけて、日本の文化状況においてはこの部分が最も貧相でどんな経済層も形成されていないからだ。不可視の意味構造体にアクセスし、解読し、エンコード/デコードを前提としたコミュニケーションセンスを持つ層は、ニューエイジとかLOHASとか電波とか主婦などとカテゴライズされ、マーケティングの視界から遠ざけれている。ニューエイジやLOHASや電波という表層そのものが、そうではない側の想像力の境界面に結像する「魔女」でしかないのだが、そんなことを「教会」が認めることは不可能なのだ。今後しばらく続く日本の広告屋、マーケッター次世代たちは、自分たちが何を見落としているのかも、何を避けているのかもわからず、絶望と欺瞞とヒステリーに埋没する魔女マーケティングに没頭するしかないだろう。しばらくはおれの天下だウェーハッハ。
いやいや、みんなで盛り上げてこうよ。



http://www.number23movie.com/




posted by bangi at 00:33| Comment(9) | TrackBack(0) | 詩と芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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