2009年06月18日

私信・美しき霊能者へ

君のいうように、エネルギーの交換という概念は非常に広い領域に渡って、それこそ人類の認識が及ぶ限りの宇宙の果てまでも通底するような、熱力学的な普遍の真理(にかなり近いもの)であって、してみれば物質的な対価や貨幣の移動なんてのはそのごくごく局所で起きる些細なことに過ぎない。

そして霊的リソース、霊的資産と仮にいってみるとすれば、それは地球上の有限の金属資源である金を基準とした貨幣経済とは、全く原資も流通経路も異なるものとしてしか捉えられない筈なんだよ。いつか将来、他の惑星の文明と出会ったとき、その星の経済で地球における金に該当するような資源、たとえばルーゴドとかいう名前の資源を介して貿易しようとする時に、1ルーゴドが何ドルかなんて、最初は誰にも決められない。ふたつの文明が出会って貿易が始まる時には、必ずその断絶が露になる。そして誰にも決められないそのレートが決定される瞬間は、多くの場合それは戦争、純粋な欲望と無慈悲な戦略が解放される祭り、隷属と支配の力学を決定する「最初のじゃんけん」という儀礼によってもたらされるんだよ。

ある種の霊的技術を用いたサービスに、物質ベースの価格を決定するということは、構造としてその戦争状態、隷属と支配の権力ゲームを自ら引き受ける、ということでもある。それがよく見える戦争か見えにくい戦争か、その時のレートが自分にとって有利か不利か、を問わずにね。

その権力ゲームからあらゆる位相において身を引くために、そもそも物質次元のことを物質次元内でカタをつけられないうちは、霊的修行に手を出してはいけない、という厳しい戒律を守っている流派も存在する。その総本山のようなサロンは、意外と君の近くにもあったりもするかもよ。それは市場経済を否定するのではなく、強引な市場の統合、そしてそこに不可避的に付きまとう戦争状態から出来うる限り距離を置く、一種の美学なんだね。灰は灰に、肉は肉に、霊は霊に、というわけさ。

いやそんな戦争なんてとっくの昔に終わってる、ここには霊とモノを媒介する統合された市場が既に確立されている、私はプレイヤーの一人に過ぎない、と割り切れるなら、存分に経営手腕を発揮するがよろしい。地球をひとつの閉鎖系とみたてて、ひとつの市場原理のもとに統合して覇を競うのが、グローバリズムというやつだ。まだ誰も手をつけていない天国あるいは地獄の鉱山をぶち抜きで発見できたら、ビッグサクセスが待っている。

ぐっと自分のスケールに話を引き戻してみると、霊的資本主義経済のスタープレイヤーならまだしも、霊的労働者階級なんてのはおれは不真面目だから到底できないね。物質次元でも、労働者に向いてない、なれないってことに昔から気付いてたから、おれは早々に会社やってるわけだしね。

さらに突き詰めていくと、喰わねば死ぬ、死んだら霊性もなにもない!と叫ぶことも勿論できる。でも、あれ? スピリチュアリズム的には、死んだら霊になるんだっけ?どうだったっけ?

子ども生む女性の感覚からすれば、生きる肉体と霊のあいだの線引きはあいまいだよね。あの世とこの世が曖昧に混じりあっている。でも肉体を生かすのはやっぱり物質であって、Moneyでお腹は膨れない。君を生かす物質の糧が、Moneyが展開する市場に厳密にコントロールされていて、そこから逃れるすべはないと観念するなら、優しい子羊としてドルの草を食むがよい。おいしい。けど、無尽蔵の、アナーキーな、既存の市場を大混乱させてひっくりかえす、本当の外部のリソース、外宇宙の未知の資源を夢見ることは、断念しなければならない。そういうのは、海賊どもがごっそりかっさらう。世の常さ。

スピリチュアリストにもいろいろいる。実業家もいれば高給取りもいる。労働者もいれば海賊もいる。鳩もいれば蛇もいる。君がなりたいものになろうとする時、ふと気がつけば君のまわりは宇宙人だらけだ。その時、君は定石やマニュアルやセミナーはどこにも見つけられない。それらはみな市場を巡る商材であって、市場は宇宙人が嫌いだからね。そしておれは地球の女の子が大好き!





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2009年05月28日

イネナリRISING

田植ワークショップにいってきた。

稲荷(=イネナリ)系にはなにかとお世話になっているので、稲くらい植えとかないとまずいだろうってことで知人の誘いにこれ幸いと乗ったのだが、大変楽しかった。

早苗というのは本当に愛らしい。はじめてやった気がしない。裸足で田んぼのあぜを裸足で歩けば砂のひと粒も無意味に蹴散らす必要はないことに気付く。おにぎりうまい。田植えは日本人はもう是非一度体験して損はない。もう、是非。

ラジカセのマーラーで田開きの舞を踊ったフリーの巫女は、見事としかいいようがない無意識過剰派。ニューエイジな表層を透かしみれば、深層からつきあげるイネナリの衝動に完全に踊らされている、理想的な、本物の巫女。春の田園、マーラー、巫女舞、早苗。あんな幸せで貴重な光景はもう滅多にみることはできないだろうが、それでいてやはりある必然に導かれた、5万年の約束が粛々と成就したような、GROK感。得難いものを得た。

夜はヨガの先生とひさびさにやらかしてしまった宗門論難。
イネナリのカミがバリバリ現役な榛名の地では、無意識過剰な女性に挑んでも分が悪い。
そんなことわかりきっているのにね。楽しんでくれたならせめてものなんとやら。

朝ヨガの後はひたすらバーベキュー。もう食えねー!

■Misa Joey, Almoa, Minakumari

新作がいよいよ大詰めのMisa Joey、某標高高いところで公開録音を目論むAlmoa、田んぼで出会ったMinakumari。なにこのディーバフェスティバル。
事の発端がGORUGOTHだというのが今期のNOW HEREな感じか。

http://www.misajoey.com/
http://www.almoa.info/
http://www.minakumari.net/









 


紅茶ブレンダーでシタール奏者Minakumariがヒンディ語でちびっこささやくアンビエント/エレクトロニカ経由ホームミュージック。ロリータつーかクマリ、そういうPurenessが追求されるまでもなく噴出する活仏トイポップ。とても切実な音楽だと思います。Tr8 "Sapna"が秀逸。




■パーティ
6/5(金)の夜は都内某所でパーティ。ピンときたらご連絡を。タダ酒祭りだ!




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2009年05月21日

送った

「大地震の時のお礼にマスク」台湾から兵庫・大阪へ
http://www.asahi.com/national/update/0521/OSK200905200151.html

台湾から200万枚のマスクが届けられるとのこと。

おれは台湾が大好きだ。タクシーの運転手も立派なレストランの主人も、皆一様に洗練され、シャイで、優しかった。暖かい気候が育んだ柔らかな精神文化が息づいていた。
夕暮れの国道を疾走するスクーターの若者たちもマスクをしていた。台湾は日本と同じく、マスクを日常的に使用する。

NHKでは取材した台湾のおじいさんの発言を恣意的に編集し、本人から抗議を受ける。
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-716.html

日台中関係の微妙な政治力学にここで深入りするつもりはないが、指差しておくべき事象として、国営放送に対するカウンタージャーナリズムがネットによって成立する時代になった、ということ。


ビビアン・スー最高


シンディー・ワン 軍服でダンス


ともかく、おれは台北駐日経済文化代表何路からマスクのお礼のメールを送った。
http://www.taiwanembassy.org/JP/

送信ボタンを押した後、サーバが返してくるアラートメッセージに微笑。
send.png

台湾最高

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2009年04月30日

Visions

過労でついにある徹夜続きの朝、目の焦点があわなくなる。
午後になっても焦点はあわず、仕事にならない。さすがにやや焦り、妻を介して知人の鍼灸治療院に駆け込む。先生曰く、長い時間にかけて堆積した疲労により体が悲鳴をあげているが、並の体力の人であればもっと早い段階で症状がでていただろうとのこと。うかつに強靭なために倒れることもできずに酷使される我が身体は、壊れる方もエキセントリックな様相を示す。今回は視覚神経系だが、その兆候は記憶や時間感覚を司る脳の一部に、既に常に感じている。ニーチェは「神は死んだ」と叫び耳を削ぎ落とし発狂したが、おれは「時間は錯覚だ」と叫んでどこを削ぎ落とすべきだろうか。思いつかないうちは大丈夫なのだろう。

さておきなんかすごい鍼を打ってもらうと、即座に超元気。はじめて体験するというのもあってか、その夜再び徹夜、さらに翌晩はビールで乾杯。眠くない&確かに睡眠が心地よく深まったようだ。鍼の先生に「人間的な健康というより、進化とか機能拡張に向かう鍼ってあるんですか」と問うと、あるけど秘密とのこと。ほんとかなー。時間を遅くしたり速くしたりする鍼は想像できるが、、、健康法ってそういうものだといえるしね。

個人的にはやはり映像記憶野に作用する鍼に興味がある。デジャブを誘発する鍼とか。
あとコンピュータ制御で、人力では不可能なほどに緻密・複雑に構成された鍼刺激シーケンスを走らせるとか。とりあえず経穴を記述するProtocolとMIDIインターフェイスをオープンソースで開発しておけば、QTやMax MSPやFlashでEvolution Engineをつくれるのでは。オウムの連中などは割とそういう発想だったのだろうと推測するが、おそらくたいした成果はだせてないだろう理由もまたおれには想像できる。

Void氏夫妻とホテルで談話。
1000人以上の精神科医が一同したホテルのバイブレーションはなかなか味わえないもの。
東京タワーを正面に見据えるホテルは33階建。その夜、あちこちの部屋でタロットやシャーマニズムやアセンションについて、独特の視点と作法で語られまくっただろう。おそらく。

翌日はLon Milo Duquette氏のレクチャー。
ご本家OTOの高位階者によるエノク語のCallの響きは柔らかく弾むようで、エスペラントにも似た幼児ことばのような愛らしさがある。おれがみたVisionは、紫色の夕暮れの空、時計塔とそこに腰掛ける痩せた悪魔。エノク魔術で使用されるWatchtowerと呼ばれる方陣からの連想におれの日本語OSが挿入した誤変換が伴い、Watch tower=時計台として映像化したのだろう。魔術的Visionとは、光学系を介さない映像処理、もっといえばその根底にある世界認識、いとうせいこうならCentral Dogmaと呼ぶところのなにかに対する情報処理であり、実際のところそれが映像化されるのは我々の「想起」という処理、OUTPUT側のタスクにおいてであろう。日本語でわんわん、英語でVowwowと鳴く犬はエノク語では何と鳴くか。そのあたりを個人的なEnochian Questのテーマとしたい。

知人が出産。男の子だと思っていたら玉のような女の子。だいたいおれは、2択問題を常に間違う。あてられてたまるか、という世界の意地を感じる。



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2009年04月10日

むいてない仕事

某仕事で楽曲制作。
おれはまーいえばウェブ屋だが、映像もとれば音楽もつくる。
どのみちウェブにはそういう要素を避けて通れないのだし、ウェブの良さはすべてを記述Scriptingというレベルで統合できることなのだから、いちいち分業したりしないのだ。いやもちろんそれぞれ職人の手を借りるのだが。画も音も言葉も、ひとつの脳、ひとつの意識のなかで統合的なグランドデザインを達成すること。それがおれの仕事において最も重要としていることだ。

そもそも今回もサイトをつくってて、せっか可愛い女の子DJキャラがでるんだから、やっぱクリックしたらなんか回して欲しいよね、てことで成り行き的につくることに。フリー素材を組み合わせて、という選択肢はそもそもない。どれも話にならんくらいヘコいからだ。

某最前線ミュージシャンの力を借りて打ち込みをいろいろつくる。かなりカッコいい。
客に聴かせる。

「うちはボサノバって決まってるんです」

企画書にディープハウス、ラウンジジャズってちゃんと書いたじゃん、、、デモ聴かせながらハウス、ラウンジの動向とか一緒に話したじゃん、、、

でもめげない。じゃーボッサだぜ!というわけで再び別のフィールドの重鎮の力を借り、スーパーお洒落なボサノバ完成。一晩だ。文句ないっしょ。どうすか?

「んー。これっていわゆるボサノバじゃ、ないですよね」

ん?ごめんちょっとわかんなかった。
かなりな具合でいわゆるボサノバじゃないすか?ロラン・バルトなら「記号のサウダージ」くらいいいそうなボッサだと思うんですが。んー。

もしかして、「うちはボサノバって決まってる」というだけあって、かなりボサノバにはうるさいのかも。なるほど、失礼しました。いや別になめてかかったって訳じゃないんですが、こうどうしても、記号的なアプローチから入りがちなんで。わかりました。サウダージですね!つってももう時間もないし、なんかこう具体的に「この曲!」ての教えてくれれば、同じリズムとコードでつくりますよ。このコンピでいうとどれでしょうかね?

1週間経過。
ん、なんか悩んでる?

メールが届く。

「CD、とってもよかったです」

いやそういうことじゃなくて。

「CD1のような、オーソドックスなボサノバでお願いします」

いやいやいや、あの、トラックナンバーでお題を指定してください。
ふむふむ、なるほど。

わかった。あなた、ボサノバ聴いたことないでしょ。つか興味ないでしょ。

まぁそんなもんだよサラリーマン社会てのは。うん。共感も尊敬もしないけど、わかるよ。立場っていうかね。

よし、おいらつくっちゃうよ。もう意地だよ。重鎮、ひとつお願いします。じゃ、明日8:00から。

あれ?なんか凄い人たちが、、、ほうほう、え!そうなんだ!
そんな人に演ってもらうのもなんか申し訳ない、、、いや、そんなこと言わない。
最高のグルーブを創造しましょう!いつだって、どんな仕事だってそうだ。
最高を目指さない仕事は、そもそも成立しない。

ヤバい。めちゃくちゃカッコいい。上手いとかそういう一線を少し越えた、明らかな「感動」がある。やー意地とはいえ、またやりすぎちゃったなー。じゃま、軽くビールでも。

どうすかお客さん!

「だいぶイメージと近くなりました!けどこのボイスは抜いてください」

。。。
うん、まぁいい。喜んでもらえたみたいだし。
あちらさんは誰がこのサックス吹いてるか知らないし。まさか打ち込みとは思ってないだろうけど。「最近はコンピュータでなんでもできるんだな」なんて思われてたらアレだけど、そんなボンクラなら別に腹もたたない。はい、じゃ仕上げましょう。


■■■

また別の話で、ずっとシリーズで作り続けてきたウェブがあるのだが、毎回毎回(おれからしてみれば)どうでもいいところを直される。あんまり直しが入るんで、気に入ってないのかなー、と思って、次期シーズンは全く新しい企画をもっていったら、

「前と同じにしてください。うまくいってて評価も高いので」

ん?あいやそれは嬉しいんですけど、全然そんな風に評価していただいているようには感じなかったなー、、、はいはい、同じですね。

■■■


おれは考えた。

たぶん、彼らは、「誉める」とか「喜びを表現する」てことが、おれ基準でみるとかなり少ないのだ。

「わお、いいじゃん」「おう、最高!」「イエスイエス、なんでもできるぜ」おれは普段、撮影の現場でもチームでいろいろ作ってる時でも、そんなことをよくいう。率直にそう思うからだが、クリエイターというの、載せておだてて天にも昇るいい気分になった時に、その霊感がひらめく、といういたって当たり前のことを知っているからだ。

おれたちのつくる画、音、ことばは、つまるところターゲット、画面の向こうにいるすべての男女のこころに「いい気分」を生み出すことが目標だ。そして、「いい気分」とは、共感、共鳴のようなかたちでいちばん効率的につたわる。絵描きが、演奏家が、いい気分でつくったものには、いい気分バイブが満ちる。逆もまた然り。だから、プロとしておれは仕事に携わってくれる人たちのマックスの「いい気分」を引き出さなければ、収支がとれないのだ。

おれはこれまで、プロダクションワークの領域で仕事してきたので、やりとりする相手も広告代理店の人たちだった。つまりある程度、そういった「気分」のエンジニアリングに関してスキルを持った、業界人だった。だから、「やーもうちょっとこう、青い感じ」とか「んー、もうちょいトッポい感じでもアリじゃない?」とか、そういう気分言語を駆使したプロフェッショナルな気分デザインの只中にいれた。

しかし今、立場がかわり一般企業の広報担当者と直接対面することになって、わかっちゃいたけどけっこうキツい、あるストレスにさらされている。

彼らは喜怒哀楽を口にしない。否、問題としない。
あまりに「誉める」「喜ぶ」「意見交換する」「思索する」といったことが、彼らの日常にはあまりに少ないようにみえるし、そのせいで彼らの感情、感性のレンジもものすごく狭くなっている。少ししか痛まず、少ししか喜ばない彼ら。

つーか、おれの感情、感覚の起伏が激しいのかも。いや自分的には普通だけど、おもえばおれは23歳からこのかたずっと「一般社会」に参加してこなかったんだから、規格外に成り果てているのはまぁ当然だろう。

ともかく、おれはあるプロ意識、職業倫理として「より美しく、より鮮やかに」をどんな仕事でも追求するし、そこにこそおれのギャラは支払われるのだと常に思っているから、自らの全身全霊をお題に対して開き、凝視し、耳を済ませる。そんなおれの口からこぼれることばは、うわごとのように聞こえるのかもしれない。しかし、そこには確かにある霊感が満ちている。それが画になり音になり、広告となって、商財の売り上げを左右する。

そのようなスタンスで仕事をするとき、そしてそれが長丁場になるとき、いちばん重要なのは「誉めてもらう」ことだ。こうかな、と思ってだしたものが、なにかいいものがあった時、「それ、いい」といって貰いたい。それのどこがどんなふうにいいのか、感じたバイブレーションを反射して欲しい。そして正のフィードバックループ、ヴォルテクスにのって、ある奇跡の瞬間を掴んで、ようやっと任務完了できる。

寝ない、帰らないおれを、しかめ面、杓子定規、疑念と恐怖心で取り囲むことは、おれが消耗すること以前に、それに金を払っているクライアント自身の損失しか生まない。後になってから「あれが気に入ってるんです」とかいわれても、既に消え去ったキラメキはもう戻らない。おれは「奇跡」を商材とするビジネスマンなのだ。試したいなら、まずおまえ自身を開け。無限の光に。


つーかさー
もっと笑おうよ。いい音聴いて、エロエロな気分になって、お洒落して誰彼構わず「っこんちは!」て叫ぼうぜ。そうじゃないと死ぬよ。現におれたち、死にかけじゃん。
なんなのさそのレンジの狭さは。

もう知らん。プン!

PS.
小川くん、森安さん、ほんとにありがとう。


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2009年03月26日

春の募集

■1
弟子募集。クリエイティブディレクターを目指すデザイナー。
コミュニケーションと美学の本質に切り込んで仕事し、生きていきたい人。
英語推奨。詳細個人メールにて。

■2
カラオケユニット「カラオケクリスタルキング」では、低い方募集中。当方高い方。
主な活動は花見、カラオケ、飲み会など。





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2009年03月21日

春分

久々に寝ない帰らないという仕事状況のなか、さすがに疲れてきたなというところでVoid氏からタイムリーなお誘い。アイソレーションタンクに入ろうよ!てなわけで入ってきた。

http://www.eccoproject.com/

なるほど。生理食塩水に浮かび徹底的に弛緩すると、容易に身体感覚のInputをゼロにできる。これに気付いた博士は偉い。弛緩しようが瞑想しようが、身体は常に重力を感じてそれに対応していることに気付く。全裸で生理食塩水に浮かぶことは、まさに子宮にいるのとほぼ同じ環境になるわけで、分裂していく卵子の記憶へとシームレスに繋げていけるというわけだ。聴こえるのは自分の呼吸の音、内蔵の音だけで、それが結構うるさい。耳栓はしないほうがいいのかも知れない。舌がだす音がイルカの声ぽく聴こえることがあった。博士、これじゃないですか?笑

でてくるとすっきり。数週間に渡り蓄積した疲労がすぱーっと抜けた。マッサージなどが苦手なおれにうってつけの身体ケアをみつけた感じ。これ欲しいなー。とりあえずウォーターベッド欲しくなる。


子供のころに繰り返し読んで、大変な影響を受けた絵本が復刻されていたので大人買い。
http://www.amazon.co.jp/dp/4834029514
谷川俊太郎だったのか!
幼い頃に、この絵本の1頁々々にAstral Projectionしていたことを鮮明に憶いだす。
三つ子の魂百まで。いまではおれも立派な時間暴走族です。



少年少女のタイムトラベルものの最新作はこれ。



かの香織の「午前2時のエンジェル」のPVがあがっている。
http://www.youtube.com/watch?v=HbTXbEmVIHA

歌詞からはいたって普通な都市空間のラブストーリーしか想像しなかったが、このPVが強調するものはかの香織のアンドロイドビューティであり、振付け、表情、ガジェットの全てが「メトロポリス」や手塚治虫的なSF世界へと向けられている。日本人の身体感覚の奥深いところに「人形感覚」ともいうべきものがある気がする。舞踏もパフュームも、自身を人形とみたてる美意識が通底しているのではないか。

Perfumeの振付けで一番カッコいいと思うのはGAMEだが、

この武道館ライブは編集が悪い。かっこいい振付けがぶつ切りにされていて、すごく古いやっつけ感覚を感じる。先にでているGAME TOUR DVDでは堪能できるので、そちらを一見のこと。

麿赤字が逆しまの面と対峙して踊る「雨月」のクライマックス、
「海印の馬」で玉野黄一が踊る「首無し残念」で、両サイドをたゆたう女の亡霊のほんとうに残念なうなだれ感、BARAKAのこれを憶いだす。


日本人が「面」に対してなにか深く大きな執着を持っていることは明らかだ。
MIKIKO女史が振りつけたGAMEの美意識はここにダイレクトに繋がっている。時代と切り結ぶポップモメンタムをすばやく嗅ぎ付け、そこに必要な、真にエセンシャルな衝動をほいっとばかりに投げかけるコレオグラファーMIKIKO女史に、おれはものすごく注目している。
http://www.amuse.co.jp/mikiko/

関係ないけどアラニスモリセットカッコいい。


ついでに薬師丸ひろ子のこれも、春分のころにはいつも憶いだす。
まーゴッドフォームとしての「しずかちゃん」だよね。


そう、春分だ。

春だぜ。



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2009年02月18日

CUE



高画質/高音質版があがっていたので。


事物が起こる時には、それは既にその以前の時点で確定している。
だから、まさにそれが起ころうとしている時点で喧伝されるなにがしかのビジョンは皆、既に残像だ。時間の突端と中流域の間には、だいたい50年ほどの間隔が常にある。

そう、混迷のピークはすでに過ぎている。
必要なのはプランではなく、ビジョンですらなく、ただ静かで確かなCUEだ。
GIVE YOU A CUE. GIVE US A CUE.
I think we've nearly found it.

静けさと確信と意志。
あらゆる騒々しさに、静かに決別せよ。
雨乞いをするシャーマンの微笑みと優しさで。

マスメディアはその役割を終え、テレパシックメディアが繋ぐ新たなリアリティが脱出速度に到達する。それは静かで透明な海だ。

言霊幸きあう自凝島に、八百万の光輝あれかし。
星をみるたび憶いだせ。23


町田 宗鳳『人類は「宗教」に勝てるか〜一神教文明の終焉』NHKブックス





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2009年02月14日

DIP IN THE POOL、相対性理論、広島

DIP IN THE POOL "Rabo del sol"


モデルの甲田益也子がVoのユニット、DIP IN THE POOLのビデオクリップが全部Youtubeにあがっててサンキュー。

このクリップは実家がパイオニアのレーザーディスクプレイヤーを買った時に付属していた「レーザーディスクの高画質・高音質を楽しんでね」的サンプルディスクに収録されていて、今考えるとかなりエッジのきいたディスクだった。他には坂本龍一の名曲Thatness and therenessにフェアライトなサイバー環境映像をあわせたものやP-MODELのKARKADORにピーター・カラスなるビデオアーティストがやっぱりいかにもフェアライトな画をつけたものなど。同じスタジオで一気につくったのだろう。フェアライト祭り。小学生か中学生かだったかのおれは存分に楽しんだ。

これこれ


まーともかくDIP IN THE POOLだが、80年代の最良の部分が凝縮されたスーパークオリティにびっくり。画も音もコンセプトもまったく古くならないってどういうことか。
こういうお洒落具合て最近ないのは、不景気だからですか?「自然体」てことの捉え方が、このあたりと今で少し違ってる気がする。

クリップの監督が中野裕之氏だったこともびっくり。冴えてる。冴え冴えだ。
ちなみに一度だけしょぼい仕事で中野監督とご一緒したことがある。政治的な因縁で仕方なく引き受けた仕事だけに、氏のふてくされぶりはかなりのものだったが、今おもえばそれでも、この感じはあったかも。そうかも。少しね。

まーやっぱ甲田益也子が最高なのね。


それでいいのだ



今気に入ってるのは相対性理論


DIP IN THE POOLへの眼差しが甲田益也子という「存在」のみにフォーカスしその他一切の物語を切り捨てること(または一切を暗喩の次元で完結させてしまうこと)である強い透明度を達成していることに対し、相対性理論はべたつくように陳腐な物語が中心の「不在」にブラックホールのように吸い込まれていく禁断の快楽を提示する。昭和歌謡、女子高生、SF(ここに雄大くんが登場している)といった物語の断片を、ブラックホール経由でホワイトホールから再び怒濤の勢いで枯渇した世界へ噴出させる、意味のバッコス祭、不在祭。超光速の女司祭の残像は、あるはずのないペニス、太陽のしっぽRabo del solとしてのみ感得できる。
http://www.kauntar.com/23/vol_m06.html

さて、広島にいってきた。
久々に3徹し、その足で朝6時の飛行機に乗る。「飛行機で寝ればいいじゃん」と思ってたら1時間くらいで着いてしまった。

厳島神社参拝。こんな神社みたことねー!ここに住みたい。

torii.jpg

裏山の大聖院でマニ車初体験。なんでもある密教デパート感覚。
当代の最新アートトレンドだった密教美術の最良のエッセンスが味わえるぜ。ポップなやつが。やっぱ宗像3女神のお膝元では、このお洒落感覚が求められたのだろう。お洒落じゃないとね。駄目よ。あたりまえ。そういうところ、真言宗ってわかってるよねー。ダライラマ猊下のプロマイドをありがたく頂く。

&弥山登山。なんてことのない遊歩道だが、頂上に近づくにつれ異世界の香り。
最終的にはすごい巨石の世界。全ての条件が揃っているのにUFOスポットとして情報化されていないのは、ひとえに推古っちのお洒落ごころによるところ大。ドルチェ&ガッバーナ!ビール飲みながら書いているのでだんだん適当になっていくのはまぁそういうもの。

下山してもみじ饅頭。もみまん。焼きもみまん。そして

牡蛎だー!

焼いたり煮たりあの手この手で牡蛎を讃えるおれたちの祭。
最高だ。最高だよ田中さん!

さてホテルのバーでもう一杯、れっつらGO!と皆をかりたてるも、1杯目で突然スイッチが切れる。記憶がない。人生2度目くらいの酒で記憶をなくす体験。3徹&登山&酒で、意識って操作できるんですね。みんな、おれのおごりのつもりだったのにゴメンな!こんどご馳走します。

さて寝て起きたら路面電車に飛び乗るぜ。平和公園。でももう面倒くさいので詳細は妻の日記で。ひとつだけいっておくと、原爆資料館、新館はクソだが本館はいいよ。


平和公園と広島最高体験については、あーもうまた次書く。いまから焼き肉くいにいくから。アディ押忍!








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2009年01月24日

AMERICA

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2009年01月04日

正月紀

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

2008年

■30日
徳島
国内に残り少ないマジものの私娼窟地帯を車で流す。
http://homepage3.nifty.com/wedd/baisyun.html
甘美な絶望。優雅な犠牲。巨大な朦朧。

いのしし肉とうどん。味付けは塩辛いが、ある種の旅情として楽しむ。

■31日
母、弟、妻と4人で病床の父を見舞い、母の思いつきによりその足で鳴門へ。
透明なグラスではなく大きな湯のみのような焼き物に盛られた鳴門金時パフェは
器ひとつでパフェをパフェ以外のなにかに読み替える、微細な頓知の妙に感銘。
鳴門には徳島らしくない洗練と洒落と安堵がある。渦も巻いている。いいところだ。
og_sub26.jpg

夜は弟のつくった麻婆豆腐を食す。明らかに失敗。
鶏鍋をつつきつつ、祖谷を目指す算段。祖谷は大雪らしい。
車はあきらめ、汽車で2時間の旅。夜半に到着し、温泉につかり、ホテルが気をきかせたつもりの小さな社への初詣に参加し、お神酒をいただいて、祖谷の歴史読本など読む。

部屋に戻ると、妻が全裸で布団に分け入って来る。
妻による熱気に溢れた口技にはじまり、普段よりも若干じらし目に応戦、いつになくいい案配の突きで果てる。納得のいくものであった。
このあたりは生堅い長文を飽きさせず読ませるための工夫であり、今年は特に意識していきたい。

2009年
■1日
チェックアウトするも大雪。ホテルも特にやる気なく、店も開いていない。
タクシーを手配しかづら橋へ。ただでさえ怖いかづら橋は凍り付いて滑る。怖い。
木登りが得意な妻はひょいひょい渡り、余裕で写真など撮っている。
SA3A0034.jpg
ある種のイニシエーション儀礼をかづら橋に投影していたおれは、へっぴり腰で蔓にしがみつきながらハハハと力なく笑った。

かづら橋の向こうには平家落人が都を忍びながら琵琶の宴をもったという琵琶の滝へ。
水煙、時折自重で落下する雪。神秘的に美しい一瞬であった。
SA3A0035.jpg

祖谷そばとあめご塩焼きを食し、幼少時に祖谷を訪れた記憶のサーフェイスを撫でる。
同じ店だったこと、やはり山菜そばを食したがその時のメニュー決定におれ自身は不服だったこと、その時おれは猛烈な便意に耐えていたこと、など。

大歩危遊覧船に乗る。雪は降り続いているが、弟の貸してくれた雪山装備のおかげで難なし。美的体験としての地獄。
SA3A0036.jpg

さらに徒歩で駅を目指す。道すがら、ラピス大歩危でビバーク。
http://www.yamashiro-info.jp/lapis/

妻は「よくあるニューエイジ風味のファンシーショップでしょ」となめてかかっていたが、これがまたなかなか見応えのある展示であった。石が好きならたまらないだろう。
年末から錬金術とシュタイナー的ハイアラーキー生命圏のことをおぼろに考えていたおれに、ある錬金術的なインスピレーションが閃いたが、大筋忘れた。

大歩危から汽車で一路徳島、石井町へ。
おれが徳島で最も素晴らしいと思うもののひとつ、岡萬本舗のお菓子を物色。
おれの大好きなふじ餅と、新作「小桃大福」、その他いくつかを購入。
http://www.okaman-honpo.com/

幼なじみのGORUGOTHを訪ねる。彼と再会することが、今回の旅の目的のひとつであった。20年ぶりの爆笑の夜。
彼は北欧のブラックメタルシーンに名が知られている殆ど唯一の日本人であり、情報の少なさ(=活動の小規模さ)から一部で半ば伝説化している人物。伝説を有効利用するためにおれも彼についての記述は最小限にとどめるが、彼は東西の武術、武具術に長じた治療師であり、GORUGOTHというエクリチュールはその衝動においてブラックメタルというよりもハードコアである。ブラックコア、オカルトコア、どう言い繕ってみても不毛、それは純粋な咆哮だ。1年の計は元旦にあり、というわけでGORUGOTHをサイバースペースの獣として再生する予感とプラン。

12042_photo.jpg
http://www.metal-archives.com/band.php?id=12042


■2日
再び病院に父を見舞い、香川県金比羅宮へ。
過去に東京で催された金比羅宮至宝展の23番展示は、江戸時代に庶民の憧れだった金比羅詣でがかなわぬ人々が、首輪に賽銭と道中の餌代をもたせた犬を金比羅方面に向かう旅人に託す金比羅狗についての説明であった。いかねばなるまいという想いが遂に実った。とりあえずしなびた温泉宿に寄宿し、はじらう妻と無言の弟とともに家族風呂に沈む。

■3日
金比羅宮は船の神様でもあり、奉納品も巨大なスクリューや太陽発電カヌーなど、宇宙飛行成功祈願絵馬など、テクノロジーと神話の柔らかな界面をなぞるものとなっている。
SA3A0040.jpg

奥社は天狗になった山伏を祀るバリバリ修験系。ここである神とコンタクトがあったが、いまだコンテクストの全貌は明かされず。
http://www.ffortune.net/symbol/sinwa/sinwa/sin008.htm

石段をさんざん昇り降り、表参道のうどん屋で釜揚げうどんを食すも、納得いかずさらに坂出のうどん屋へ。
釜玉うどんに納得し、おみやげに麺を買い込んで一路岡山へ。

岡山ではVoidphrenia氏、能勢伊勢雄氏とコーヒーをすする。
http://sun.ap.teacup.com/voidphrenia/
http://www.akishino.com/ongaku/nose_i.htm

能勢氏とは昨年末、氏の主宰するFM番組MUSICK SPECTACLEに出演させていただいてからの縁である。
音階のこと、行政とアートのこと、地球の自転そのものを熱源とする金融システムと古代ギリシャの失われた共同体モデルのこと、など。
老いて尚加速するIntelligenceとActivityには脱帽&奮起。混迷の我々世代に尚ある方位を毅然と指し示す、危険なまでに誠実な軍師。来年も面白いことがたくさん起こりそうだ。

最終の新幹線は帰省ラッシュで横浜まで立った。
今年もおれはイケイケだ。ヒャッハー!
各方面今年もどうぞよろしく。










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2008年12月13日

騒々しさ

騒々しさはどこにでもある。
街路、ラーメン家、J-WAVE、会議、どこもかしこも騒々しい。
騒々しさは消費の熱源であり結果でもある。つまり経済とはひとつのヒステリーだ。

会社では毎日J-WAVEがかかっていて、夕方になるとGROOVE LINEという番組を毎日やっている。ピストン西沢というDJが騒々しい。とにかく下品でうるさい。ポニョばっかりかける。何度もかける。南天のど飴のテーマもかける。そればっかりかける。うるさい。

善意に基づいていない。ただうるさい。ただうるさく、何の役にもたたないことに、捨て鉢な美意識を持っているようだ。迷惑だ。電波は公共資源だ。J-WAVEよ、考えなおせ。

こんなところで何も考えられないので、それとなくJ-WAVEをやめてiTuneでBGMをかけている。しかし、翌日にはまたJ-WAVEがかかっている。誰だ。Peterだ。そのPeterはヘッドホンつけて仕事している。なんなんだ。

経済と病


静謐戦線Tranquility Front Lineという地下抵抗組織を夢想。
相互に位相干渉するホワイトノイズを超高デシベルで発振する音響爆弾により音響的ゼロ情報場をイリーガルに勃発させる。人々は突発的な知覚変容によって強制的に「静謐」に投げ込まれ、一時的な混乱の後、ノイズによってマスキングされていたものの認識、拡張されたNeuro Politicsを獲得する。

半減期の長い放射性物質などを使用し、恒久的に振動し続ける単純で巨大なコーンスピーカー(それは巧みに偽装され、森や砂漠の一角に内蔵される)によって、可聴範囲を超えた周波数帯域での逆相干渉場(ゼロ情報場, Null field)を生み出す。そこは年月を減るに従ってカフェ、共同墓地、高級住宅、宗教施設が建設され、最終的にはある種の「聖地」となる。「静謐」を環境条件とした新しい生態系が生まれる。

たぶん、その静謐さを地として新たな図が描かれ、エントロピー増大に従って再び「騒々しさ」に悩まされるのだろうが。あるいは、全生命を死滅(成仏)させてしまう程強力なNull Field Generatorだけが振動し続ける「静かな星」が他の恒星系からやってきた調査団によって発見されることになるか。

知人つながりのアーティストの展示。
http://www.ntticc.or.jp/Exhibition/2008/Light_InSight/Works/nietzschesbaptizingchurch_j.html

ニーチェが洗礼を受けた教会のキルリアン写真。
Tranquility joke.
Amen.

















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2008年10月05日

時間は実在するか

旧知の友と食事。
高校生の時に一度か二度だけ会ったことがある人と再会。
しかしmixiで日記など読んでいるため、その久しぶり感はとても微妙(※1)。
時間と空間のありかたを否応なく変容させていくネットメディア(とりあえず我々が今そう呼んでいるそれ)以降においては、全ての時制が大きな現在進行形へと内包されていくこの感覚が次第に社会に浸透し、雇用形態や勤務形態などにも変容をもたらしていくのだろう。その先にはもちろん、歴史、宗教、民族や国家といった枠組みのオメガポイントがある。

物語の終焉?小さな物語の爆散?まぁ同じ事だろう。「変化」の記述法がバージョンアップされるのだ。個人=主体が認識可能な変化=差異の総量が書物=アーカイブの総量を累乗係数的に上回る時(※2)、預言は終わる。ティモシーリアリーが壮大なバッドトリップと呼んだ、Alpha et Omegaの物語が博物館のガラスケースに封印される時(※3)、それを眺める我々はどのような時空間にいるのだろうか。おれの勘では、それは改築される前の国立科学博物館の、互いの尾を追跡して回転する白黒2色の恐竜標本のロビー、あるいは父と兄と弟と眺めた長居博物館の巨大なアンモナイト前のあの時空間と、たいして違いはしない筈だ。

しばらく探してようやっと入手した「クラフト」DVDを観る。
廻りと馴染めない女子高生グループがちょっと霊感強いっぽい転校生サラと魔女カヴンを結成し、なんか凄い魔術効いちゃってもう楽しくってしょうがない時期を経て悪のり〜崩壊へと至る青春ドラマ。カヴン結成時にお互いに施すInitiation儀式の描写がちょっと切なくて美しかった、とうろ覚えていたのだが、それほどでもなかった。まぁいいシーンなんだけど。

youtubeから、そのInitiationシーン。



あまたある魔女、魔術もの映画のなかでも、Teenage Witchcraftの切実さと危うさ
をわりときちんと描いている秀作だと思う。制服、女子高生、恋と仲良しグループ、悪魔召喚と、おれ的ストライクゾーンを何重にもレイヤー化した娯楽作品だ。

魔術結社、魔女サークルなんてのは、こういうプリミティブな衝動に突き動かされて自律生成されるべきものだと思う。エコエコアザラクと決定的に違うのは、人種や貧困などの諸問題を背景に、彼女達周縁の存在もまたあるスタイル、魔術的不良のモードを獲得しているところ。魔術効き始めの頃、彼女達は「ワルな魔女」をスタイルとして表明し、生き生きとそれを謳歌する。だから、最後アレがああなった時、おれは実はアレこそが「魔女としての生き方を全うした」バッドヒロインとして微妙に落ち着きの悪い共感を感じたのであった。

おそらく教育的な配慮から、その含みは慎重にぼやかされているのだろうが、おれは監督、あるいは撮影監督が描きたかったChaos Witchの美学を感受したのであった。(※3)すっごくセンシティブにみればね。たぶんアレがもっと可愛くてカッコいい描かれ方をしていれば、全く同じストーリーでも、PTAや倫理なんとかからつるし上げを食らって上映禁止とかになりそう。南部で燃やされたりして。逆にいえば、それだけTeenage Witchはサンフランシスコではあるリアリティを持った社会問題だということだ。(※4)

父が胃がんで摘出手術を受けるとのこと。前にも舌がんをやっているから、まーくるべき時が来たな、という感じ。諸々の事情でなんとなくお互いに疎遠な家族であるが、母からのメールが兄、おれ、弟への同報送信であるところに血族のBIG TIMEと母の威厳を感じる。これから父の、ひいては我々家族全員の、生と死に正面から向き合うことになるのだろう。おれもそういう年になったということだ。

BIG TiME。それは内なるAeonicsの律動だ。
おれはそれを愛する。パチパチと火花をたてて消失していくI amの官能。(※5)


(※1)
久しぶりに対面した彼女から受けた印象は、変わってないなーでも変わったなーでも勿論なく(ほとんど憶えてないのだから!)かつてその人はそこにいて、今またそこにその人がいるという、ピュアな現前性そのものだった。彼女についての記憶や文脈、広く言って我々が時間と呼び慣わしているそれは物語の一形式であり、mixiなどのツールはその物語を常に更新し続ける。一切の物語の拘束力から離脱して出会い酒を飲み笑う時、そこには説明不要な魅力、原初的なAttractionの閃光、まー端的に「笑い」そのものから溢れ出るエロティシズムの充満がある。劇場を解体してかがり火にくべ、祭りの熱狂のなかで恋に落ちろ。いますぐここで、いついかなるときも。93。

(※2)
イスラエルの国立古文書だかには、現存する最古の聖書原典群が核戦争を想定した強固なガラスケースに収納されているらしい。ドカンときたらすぐさまストン、と地下シェルターに滑り込むのだそうだ。既に史上最大の物語はガラスの中。これを書いている時、ちょうどDE DE MOUSE+コトリンゴによる大貫妙子のカバー「メトロポリタン美術館」が流れていた。大好きな絵の中に閉じ込められた。チャン♪ だってさ。


(※3)
アル中の親と貧困、ブラックレザーとPVC、魔術、セックスと破滅衝動を一身に纏った最高にクールでリアルな魔女っ娘に刮目してみて欲しい。おれああいう人に言いよられたら、避ける自信ないかも。まー避けるけど。あるいは指導しちゃったりして。怖い。

(※4)
http://www.amazon.co.jp/dp/0972952950
オーストラリアのイケてる魔女、Fionaと仲間たちの「うちらイケテんし」宣言。
いや実際、こういう勢力にもっとのさばって欲しい。

http://www.amazon.co.jp/dp/0754657841
高い割に写真とか全然ない学術研究書。魔女術にハマった本人の回顧とか収集してて、いわゆるオカルト本にはない生真面目さでインターネット以降の北米ティーン魔女シーンを分析。まぁ、うひょうひょて訳。

(※5)
過去にある種の幻覚体験で、若き日の父の記憶に迷い込んだことがある。
おれは父で、海辺でお気に入りのポロシャツを着てなにかを考えていた。若い父はただ生きることに充足していて、馬鹿っぽくもある活気に溢れていた。まぁおれは父と母がつくりだした彼らの分身なわけで、記憶の深い層に降りていけば共通のI amが蓄積した体験のアーカイブにアクセスすることは充分可能なのだろう。

そういうことは一切書いていない、時間論入門。頭の体操に。
http://www.amazon.co.jp/dp/4061496387

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2008年06月18日

ずっとみたかった


終わらない仕事とYOUTUBE。

日本でも最も気合いの入った河原乞食芸能集団(であった)白虎社と荻野目洋子、夢の競演。


いろいろな意味でやっぱりろくな人達ではなかったことが(いろいろな意味で賞賛であり唾棄であるのだが、大須賀サン、失礼)映像からもじんわりと伝わってくるが、10余年の時を経て再びこの確信犯的放送事故映像と対面するに、おれはこの番組ディレクターのやりたかったこと、ある種のリリシズムさえも、なんとなくわかる、ような気がする。

この映像は、おれのなかではなぜか、秋葉原の無差別殺傷事件、宮崎勤の死刑執行などのここ数日の風景とショートカット的に繋がる。狂気や閉塞感など、善悪や健康/病の価値定義をすぽっとすりぬけてしまう、もっと純粋に禍々しいなにか。古代から未来まで貫通してこの極東の島にある、ただ真白い魔=間。そして荻野目とPerfumeすらも、なにかが重なって視得る。

そしておれは疲れていることに、ふと気付く。
大きな休息のために、いま一踏ん張りだ。

南へ。ビールの広告のような休息へ。


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2008年06月13日

misa joeyと

misa joeyとmisa joeyについて話し、misa joeyを描く。

代々木公園に来るのは久しぶり。
ファインダーには芝生に腰掛けるmisa joey
今がいったい何時代なのかわからなくなる。

なにもない淡路島。
misa joeyは「ここには全てがある」と断言。
爆笑。

そう、おれはただ爆笑したかっただけなのだ。
そんなことに、いまさら気づいたのだ。

夏よ、おまえはもうすぐやってくる。
笑いくたびれたおれをおまえは優しく包んで、忘却と猛暑の彼方へ連れ去るだろう。

全てが壊れていく。おれは思い出す。

諸君に問う。魔術とはなにか。
秘密は明かされている。
その一瞬に賭けろ。
http://www.cleoag.ru/labs/flex/parkseasons/

暗示の外にでろ。おれたちには未来がある。


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2008年05月16日

怒り心頭


箱乗り、モニュメントに登るなどの明らかな違法行為の証拠映像がマスメディアで放映されている上、ネットでは流血沙汰まで報告され、目に余る狼藉を働いた中国人は

逮捕者ゼロ

で、小さなチベット国旗をもって「カメラの前」に飛び込んだ台湾籍チベット族の人は

罰金50万円

http://sbc21.co.jp/news/index.cgi?page=seventop&date=20080516&id=0134026&action=details

もうこれは非常事態宣言だろ。ていうかおれが宣言。

あんまりなめんなよ。クソ野郎どもが。


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2008年05月14日

我々という結像

さらばさらばといぬひとの
うつすしずくもまばゆくて
さらば さらば

いぬひとしれずふりかえり
ただハンケチのかなたさへ
さらば さらば
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2008年05月05日

LUAN DUN から東京へ

昨日出会ったインド系英国人に案内してもらい、ロンドン徒歩ツアー。
セントポール寺院(事実、月の女神ダイアナの寺院)は当然ながら、ナショナルバンク、ロンドン株式市場などが如何に重厚なシンボリズムで武装されているかを確認。やっぱこいつらすごいわwww

そしてテンプルチャーチ。略。

ふと足を止めて「これみてみろよ」と指差すモニュメント。4方向にFortitude, Devotion, Humanity, Sacrificeと刻まれた台座になんか女の人。あー!LINDA FOXだ!

最後に案内されたのは、庭。レスタースクエア近辺に突然ぽっかりと現れるその小さな庭は、教会と小学校に面し、というか囲まれ隠され、近辺住人のチャリティで運営されている、誰の所有物でもなく名もない庭。イングランドのあらゆる花々が植えられ、嘘のような静寂と安堵感に包まれている。

これが本当のブリティッシュガーデンさ。おれは時々ここにきて頭を冷やすんだ。わかるよ。ここはロンドンで最も美しい場所、聖地のひとつだね。ほんとありがとう。
すべては正しい時、正しい場所で起きる。おれたちは無限/永遠のNOWHEREのネットワークを繋ぐノード、でしかないのさ。GROK?

さて、荷物をまとめて明日の午後には雲の上。

いざ、東京へ!



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2008年05月03日

ロンドン仕事


朝からオフィスに出向く。プレゼン必勝法みたいなレクチャーの予定だったがいまいち気乗りしないと思っていたところ、ビデオチームが急遽人手が足りなくなったとのこと。渡りに船とばかりにエスケープし、現場に飛び込んでさくさく編集作業。アートの制作現場では言葉は高いハードルではなくなる。ロンドンに来て以来初の充実感。

午後はパーティ。各国から持ち寄ったビデオコンペティションがクライマックスのひとつなのだが、おれのは分単位でカウントダウンしながら、飛行機乗り遅れるギリギリに完成させたビデオだったが、評判はかなり良い。CEOはベストアワードだよおめでとうつってたのに、なぜか優勝はドイツ組。なんだよファックwwwでもまー東京の存在感を示せて、まずは目標達成てところ。何人もからビデオについて質問される。あの一輪車、本当にあるんだよ。え!マジで!けどまだ誰も乗れないんだwww どんなだよ日本www

一度着替えてダンスフロアに飛び込んだ後は記憶が曖昧。

起床。午後からファイナンシャルレクチャー。クリエイティブエージェンシーのマネジメントについて、かなり面白いノウハウが集積された聴き応えあるレクチャー。英語でついていくのが大変だが、そりゃこのノウハウ、テクノロジ−は日本にはないわな。根つかないつーか。

やっと全行程をこなし、晴れて自由の身に。
今夜はパーティでねーちゃんが「ぜったいいけ」といっていたクラブにいこうかどうしようか考えながらこれを書いている。もう眠いんだけど。でもまーせっかくだしな。





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2008年05月01日

ロンドン

起床。ピーターとイングリッシュブレックファースト。旨くはない。
オフィスに挨拶。クリエイティブチームはまぁまぁな感じ。またパーティで。

午後のミーティングをゴネて外させてもらい、カムデンロックへ。
すっごくロンドンなレザーがいわれてみればちょっと安いが、うーん。
店員は買わないと怒る。こういうところは日本は素晴らしい。店員怒らないもん。

てろてろ歩くとマーケット。やっぱりここでも怒られながらみてまわると、気のいいインド人。おまえ軍人?なんでこんなところ歩いてんだ?安くするよメイト。雨宿り。

ガールズへのおみやげをつい買いすぎる。サイズがわからないから当てずっぽうだし。すっごくロンドン!なものが欲しいが、結構悩む。いらんものもつい買ってしまう。しょうがない。

さらに大英博物館へ。エジプト〜ギリシャ〜ローマ〜ヨーロッパと展示を追って、19世紀末の有閑階級の脳裏に閃いた「黄金の夜明け」というアイデアにチューンイン。

ギリシャ〜ローマ〜ヨーロッパへの流れに、自意識の発生と発達のプロセスをみる。もう完全にぼーとしてるエジプト人、結構ぼーとしているギリシャ人、なんかふがーと怒っている感じのローマ人、そして自我のデザイン/プロジェクトがはじまるヨーロッパ中世。絵画において「光」の描写が始まる。「光=視覚」の発見が一大転機とみた。

スパニッシュ系の床屋で散髪。スペイン語でご機嫌をとる。
レスタースクエアでピザとカフェオレ。ここでもスペイン語でお愛想。

つづいて本屋街を散策。小雨。

歩く。目当ての店が見つからない。雨が強くなってきたので傘を買う。開けようとして指を切る。結構流血するが舐めながら歩く。もう閉店の時間だな。でもこっちにも意地がある。歩く。雨。流血。だめギブアップ。

あー疲れた。ホテルに帰ってほげーとしてると突然、全館に響き渡るファイアーアラート。みたところ火の手はあがってないんだけど宿泊客全員外に退避して消防車がやってくる。数分後にはまた部屋に戻れたが、おれはある種のウェルカムメッセージと捉える。上等だぜ。

しかしとにかく物価が高い。というか円てすでに結構弱いのね。
建物の重厚さにも慣れると、街を歩く感覚は東京とほとんど変わらない。住むのは気持ちいいだろうけど、便利さは東京のほうがちょっと上かな。つか、東京も電線とか看板とかどうしようもない精神状況を丁寧に手入れしていけば、すごくパワフルな街になるポテンシャルを秘めている。

明日は本格ビジネスデイ、明後日はパーティ。
明々後日はテンプルチャーチと今日の雪辱戦、夜はピーターの実家サウスロンドン方面にいくかどうか考え中。

グラナダからメール。魔術戦序盤は押され気味の様子。
上等だぜ。凄い儀式&就寝。

起床。
朝からなんか自己啓発セミナーみたいな研修。ふざけんなファック。
まーでも面白いちゃ面白い。リーダーシップというMind hackingのノウハウってわけだ。
けどファックだばかやろう。下品なんだよおまいらは。

もう寝る。

posted by bangi at 07:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする