2008年04月29日

マドリッドからロンドン

昼間迷い込んだ市場にて。日本からきたの?わたしら来年日本に日蝕パーティで店だしたいの。あそう、おれらもザンビアにいたよ。やーじゃさー、あの変な日本人覚えてる? なんかずっと釣り竿降ってた奴、あーいたねーwwwでも友達じゃないよwww

マドリ最後の夜はフラメンコショーへ。
小さなステージに手足すらっと長い奴らが本気のパッション。熱い。おれも踊りたくなる。
スペイン人のヤバさ。スペイン女のエロさ。サングリアもっとくれ!

興奮さめやらぬままSor.Vとマドリ散策。
時間も遅いので食い物を出す店がない。Vはすでにあきらめているが、おれは憤慨。
おまえがいるそこは不可能性の宇宙だ。よくみろ。これからおれがどうやって可能性の宇宙へと逸脱していくかを。うんぬん。とかいってすでに酔っぱらってるからもう意地だけなんだけど。

でもなぜかイカリングとムール貝にありついて、やーいってみるもんだよね。
そのあと美術館前広場でフリスビーに興じる白人ツーリストに乱入。すごく自由なフリスビーを楽しんでいると、アラブ系の貧乏そうな現地人が絡んでくる。チノ(中国人)、アミーゴじゃねぇ。おいおいハポネスだよノソトロスアミーゴよ。とかいっても連中にとっては全部ひっくるめてチノなんだよね。最終的におれは激昂。ファックチノ、ファックユー。ノソトロスハポネース!

白人たちは英国からバケーションで。あいつおれら知らないよ、でもごめんよ気悪くしないでね いやぜんぜん。むしろ可哀想だよね。Intelligence is on your face, not your race. それにしても世界中どこでも中国人は評判悪いね。いやーあはは

起床。洗濯。Sor.Vと魔術戦の最終段取り確認。
Vをグラナダ行きの長距離バスまで送っていく。もちろんプラットフォームは23番だ。
じゃな。よろしくやってくれ。ありがとな。ほんと。じゃね。

マドリ。すべてが強すぎる太陽に照らされて輝く街。
空港で一人出発を待っていると、無性に寂しくなる。
Music for airport。圧倒的に正しい。

おれはすべてに恋い焦がれ、すべてを憎む。
すべてがおれを通り過ぎ、おれはすべてに懇願する。なにかを。

とはいうもののあっというまにグレイスカイのロンドン着。雨まで降ってやがる。
仕事上リザーブされた宿はパデントンとは打って変わってなんか品川みたいなしょーもないエリア。だからこいつらダメなんだよファック。恥を知れ。つーか死ね。おれに口をきくなんざ永劫早い。

でも腹は減るっしょ。つーかどこもやってないしょ。子犬のような目をして飛び込んだインド料理屋が超ナイス。イギリスはインド料理屋だ、というのは真実だったようだ。
パクチーフレイバーのラムカレー。東京で食ったどんなカレーよりも旨い。正直にそういうとご主人「そりゃそうさ、イギリスには何先のインディアンレストランがあって、何万ものインド人が住んでいる。スパイスだってなんでも手に入るし、なによりそれら無数のスパイスのノウハウを持っている。東京やカナダは、スパイスが限られているし、手に入っても、それらを使う秘密のノウハウがやっぱりないんだよ。」

店員とカッコいいブーツの話、中国の危機の話、やっはー兄弟そうだよな!とか盛り上がってホテルに戻ると、ようやく同僚と出会いビジネスモードオン。やーマドリッド最高だったよこんなことがあってさーところで明日のミーティングっておれ出なきゃダメ?

おれはすべてに恋い焦がれ、すべてを憎む。
すべてがおれを通り過ぎ、おれはすべてに懇願する。
愛してる、愛してる、愛してる。
どうか、おれをおいていかないでくれ。


続く

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2008年04月27日

マドリッド

空港にてSor.Vと合流。
大学で日本学を先攻するH一行と日本食レストランへ。
マドリでこんな旨い刺身が食えるとは。値段もマドリの基準で考えれば安くないのだろうが、東京と比べれば味もサービスもダントツにいい。むしろ、おれたちは東京でいったい素敵な食事といえるものがいくつあげられるだろうか。なにかがおかしい。
スペイン南部でとれる塩味付きのスパークリングウォーターで焼酎水割り&刺身。
しかも主の粋なはからいで全部タダいやっほう!マドリッドの日本食レストラン「乾杯」、最高だ。

続いてマイヨール広場でタパスで一杯。ニシンのオリーブオイル漬け、なんかみたことないししとうのあげたやつ。スーパー美味しい。店内はオルガン弾きの伴奏でご当地ポップソングや民謡を大合唱。スペイン風カラオケだ。

さんざん酔っぱらって歩きながら壁に激突したりしつつ帰宿。
数件の仕事メールがなんだか微妙になってきてるも、そそくさと処理。知るか!

今回マドリに寄った目的のひとつ、Sor.Vが係争中の魔術戦への介入。地元の神を味方につけたい。てなわけでスペイン広場のドンキホーテ&サンチョ像参り。すぐ隣の公園には、なぜかエジプト政府から寄贈された神殿がある。周辺の芝生にはヒッピーと本格カポエラ軍団。小高い丘になっていて王宮も一望。国民的おっちょこちょいとエジプト神殿、王宮、フラワ−チルドレンと荒くれ野郎どが一同に会するこの公園が、マドリのある種の霊的センターであることは疑いない。ハイパーパイオティックなねーちゃんを横目に、NOWHERE。

あと一泊の間にSor.VとのMadrid workingを完遂して、ふたたびロンドンへ。
続く。

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2008年04月26日

ロンドンそしてマドリッド

24日、ロンドン着。
パディントン駅前のパブでフィッシュ&チップス。タバコが吸いたいので外の席に陣取ると、おばちゃんが「外で食うのか?」と2回きく。
なんの気なくああそうだともおれはストリートで食うのさ魚と芋をね、と返したが、よくみるとまわりのおっちゃんは外の席ではビールこそ飲んでいるが食事はしていない。
ここはジェントルマンと女王陛下の街であることを思い出す。が確証はない。
でまたでてきたフィッシュ&チップスがデカイ。ばかデカイ。うめー!

腹ごしらえがおわったら、今夜の宿を確保だ。
これからEU全体がホリデーになるらしく、部屋は結構埋まっている。
が、なんとかなった! ネットも繋げてさっそく仕事を数件片付ける。ふとバカバカしくなったので街にくりだす。

ピカデリーサーカスには矢を射るエロースがいるらしい。プシケー祭り中のおれとしては、いかねばなるまい。地下鉄に飛び乗る。
8時だというのにまだ明るい。エロースにグレートブリテン上陸の挨拶をした後、適当にソーホーを歩く。

楽しいんだけど、やっぱり一人じゃつまらないね。

いい加減歩き疲れたところでなんかロックなパブ。パンクなにーちゃんねーちゃんとレイディ&ジェントルマンたちが酔っぱらっているのに混じる。長髪だけどなにかがNurdなにーちゃんに話しかけられる。プログラマーだそうだ。Grant morrison知ってるか? あーSand manも描いてるよね。そうそれ!じゃあな!またな!ういーひっく

酔っぱらって地下鉄の駅を乗り過ごす。車掌に起こされて目が覚めたのは女王陛下の車庫前とかいうとこで、一瞬青ざめるが終電があった。パディントンまで引き返す。

腹減るかな−と思ってケバブ屋でなんとかスペシャルての頼むと、これまたデカイ。食えねーよ。

食いながらメール。あたかもおれが日本にいるかのように仕事は進行中だ。
つーかいないしさー、そもそも週末だ。ファック。

起きてチェックアウトした後少し時間があるのでパディントン周辺を散策。
おなんかでかい公園発見。でけー。そしてなにもねー。しかしこの不思議な静寂にロンドンの静かな霊性を見いださんと、芝生で瞑想&儀式。ポップの神とコンタクト。
面通し終了。

駅まで歩こうとするも、完全に迷う。おれの大嫌いなバスに乗ってみる。
すぐそこだった。さっきの公園がハイドパークってやつね。気分は上々。

ロンドン最高。本気で移住したい。
いざマドリッドへ

(続く)



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2008年04月08日

SHOW THE FLAG








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NOWHERE


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2008年04月03日

春のメモ


今日おもいついたオルタナティブ教育
アルガママーニ・ミヨ学園
(メガネ・コンタクトレンズ禁止)


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2008年03月25日

この春に気づいたこと

「東京のタクシー運転手はちゃんとしている」

そうとも限らないが、おおむねそうだといえる。
西船橋で深夜タクシーに乗り、土地勘がないので番地を伝えていってもらおうとすると、まず嫌がる。なにが嫌なんだ。まぁいい、ほらカーナビついてるから、それでいけるっしょ。いけないと思うよ。なんでだよwいけるでしょ!カーナビなんだから。もういいよ、他の車にあたります。

すいません、この車カーナビついてますか? ついてない。じゃいいです。
すいません、カーナビついてますね? いやこれ壊れてるの マジかよw あ直った。直ったのかよwww 

やっとカーナビで目的地近くまで来たら、なんか妙な一方通行にはまってどうにも辿り着かない。カーナビが指しているあたりはここだと言い張る運転手に埒があかないから降りる。周り真っ暗でなんにもない。どちらにいけばいいのか方向すらおぼつかない。途方に暮れていると運良く千葉県警のパトカー登場。おーい助けてー!と手を振って横柄な若いポリ公と親切な初老の巡査さんにガイドしてもらう。タクシー降りたところと全然違う。
いい加減にしてほしい。

新大阪からタクシーに乗る。うろ覚えの地名を伝える。
「西だか東だかとにかくなんとか中島の、南方っていうところ?ありますか?」
初老のちょっと痴呆が始まってそうなおじさんが、10秒ほど虚ろな眼差しでおれを凝視。そして一言
「あい」
走り出す。不安だ。
「東中島と、西中島ってのがあるんですか?」
「あるね」
「へーそうなんだ。そのうち南方ってのは両方にあるんですか」
「ない。」
「ははぁ。ということは、、、」
「で、どちらにいきはります?」
「あwいやwwwその、南方てのがあるほうで」
「あい」

「640円です」
「はいはい、えーとチャリンチャリンと」
無言で運賃トレイを指で数回叩く仕草。
「40円」
「あw足りなかったですかすいませんはいチャリンチャリンと」

んーなんていうのかな。まず、これは人間味とか温かさ、じゃないよね。
そんな風にいっちゃいけないと思う。いうなれば、朦朧とした悪意。
ちょっと蔓延してる気がする。

東京のタクシーも冴えたホスピタリティ、というわけでもなくて、要はクレームが怖くて、社員教育が徹底しているそうだ。それでも全然いい。

教育てのは、非常に切実な問題だ。
我々が朦朧とした猿になるか明晰な人間になるかは、つまり教育にかかっている。
我々は、自身が受けた教育の限界を超えることはできないから、やっかいだ。
Self Education Circuitの開発こそが、基礎教育の要なのだろう。
学歴うんぬんよりも先にね。


「禅の公案」

今日臨済宗の尼さんからきいた南禅斬猫という公案。

二人の僧が、一匹の猫を巡って言い争いをしている。そこに和尚が通りかかり、猫をつかみあげ、刀をかざして僧たちを問いただし、応えなくば猫を斬るという。

二人の僧が慌てふためく中、和尚は猫をざんばらりんと斬り捨て、悲しい表情で去る。

和尚の庵に旅に出ていた一番弟子が訪れる。和尚は一番弟子に事の一部始終を伝える。
一番弟子は、やにわに草履を頭の上に乗せ、はらはらと涙を流して静かに立ち去る。
和尚もまた「おまえがいれば猫も死なずにすんだものを」と落涙する。




この公案を聞いておれなりにひねりだした解釈はこうだ。

猫の所有権を巡って言い争う二人の僧は、理屈の虜になっている。
和尚は、仏僧たるもの、理屈も無明も超えた純粋な「?」を生きるべし、というメッセージを、自ら純粋な「?」をデモンストレーションすることで示す。

たしかに和尚のエキセントリックな行動は、二人の僧に純粋な「?」を与えた。
しかし、そのために猫を殺してしまった。理屈を、道徳をも超越した「?」を示すために殺された猫は、人間の身勝手さによる犠牲者でもある。そして無明の僧たちは、和尚がなぜ猫を殺したかについて、ふたたび理屈を巡らせて争うだろう。和尚の心には得心も後悔もない。ただ哀しい。

和尚は一番弟子に、自身の解決不可能な宇宙的哀しみを語る。
一番弟子は、彼なりの方法で、純粋な「?」を和尚に投げ返す。しかも、猫を殺すことなく、より軽やかに。「和尚さま、お年のせいか、力入り過ぎじゃないすか?」と。

純粋な「?」は、人をしてありのままの宇宙の透明な哀しみと対面させ、涙を流させる。
しかし、それは猫が可哀想だからという理屈とも、死すべき一切生衆のはかない流転の悟りとも関係がない。和尚の「ただ哀しい」という鬱は、純粋な「?」に起因するように見えるが、実は解決不可能なまでに凝固した理屈のなれのはてが放つ悪臭に過ぎない。
一番弟子は、純粋な「?」と涙の因果関係を軽やかに飛び越え、ただ類推によって純粋な「?」と涙を結びつける。それはともに「ただ美しい」という、類推によって。

和尚の「ただ哀しい」は、無明でも、教学でもない第3のありようAlternative 3としての「ただ美しい」とすり替えられ、和尚は落涙し、照明Illuminateされる。


どうかな?


「人類には2種類ある」

薬師丸ひろ子と、それ以外だ。
http://www.youtube.com/watch?v=Alm1sypvCOQ
DVD買ってしまった。2枚も。


「おれは35歳になる」
尼さんと話していて、いままでずっと自分の年齢を1歳間違えていたことに気がついた。どこで間違えたんだろう?今日まで「次で36かー」と思っていたが、実は明日の誕生日でおれは35歳になる。時間が1年分ぐるっと巻き戻って得した気分だ。やったぜ!
でも来年はさらに迷いそうな気がする。
時間とはある種の錯覚だが、おれはちょっと酔いはじめたようだ。
http://www.netz.co.jp/kenbun/kurasi/dentaku/birthday.html





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2008年02月23日

今日気づいたこと

もう10年くらい住んでる住所が、1-8-14なんだよ。

でね、1+8+14=23。

いまさらそんなことで沸き上がるほどウブじゃない。
しかし、なんでおれはこれに10年も気がつかなかったのか。
そっちのほうが不思議。そして今日は23日。

春一番が吹いたよね。

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2008年02月22日

投企

未来に運命ごと投げ入れる。
http://blogs.itmedia.co.jp/tkd/2008/02/post-d330.html

信じることも疑うこともできなくなった絶望の時代に、
自らを運命ごと未来に投げ入れること。

それすなわちMagickであって、Magickはそれ以外の何ものでもありえない。
それはAstral Projectionだ。

黒ローブを脱ぎ捨て、グリモワをMash upしなければならない。
全てを常に新しいまなこで注視し、かつそこに不在するものこそをみなければならない。

跳躍を開始するいまここの足場だけを確かめ、その他一切を忘却する手順として、
息を数え、数を脈に、脈を軸に、軸を光に、光を無に変容せしめる。

そこから、遥か彼方に置いてきたI AMを
自分自身が命名した、秘密の名前で、再び召喚する。

で、どうするか。そういう話をしたい訳だよ。
しちゃおっかな。どうしよっかな。
まぁじわじわだ。



サブジェクトからプロジェクトへ (単行本)
ヴィレム フルッサー (著), Vil´em Flasser (原著), 村上 淳一 (翻訳)
http://www.amazon.co.jp/dp/4130100769

何も共有していない者たちの共同体 (単行本)
アルフォンソ・リンギス (著), 野谷 啓二
http://www.amazon.co.jp/dp/4903127028

The History of British Magic After Crowley (ペーパーバック)
Dave Evans (著)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/0955523702
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2008年02月18日

幸福論

「18人の音楽」が聴ける。
http://www.operacity.jp/concert/compo/2008/




Psychic TV復活(PTV3)


ポップ&ヤバカルトなPTV3がまたキやがった!不穏の極み最高傑作
http://www.amazon.co.jp/dp/B000Q3644C/

ラバーソール購入。ガポガポで歩きにくい。

ついでにDC古着屋でUNDER COVERの微妙丈パンツ購入。
おれは常々、変わっててカッコいいパンツを探している。男物のパンツは悪い冗談にしか思えないくらいバリエーションがない。何故か。知らん。でもいきなり2本もドンピシャをみつけてホクホク。

その他に買ったもの。

海賊帽
http://waganse.com/
この人のつくる帽子にはかなりピンときてる。あまり教えたくない。

NATO軍御用達マスク
http://www.respro-jp.com/respro/index01.html

ハーレーのゴーグル
サングラスタイプだがしっかりゴーグル。子宮の視界。

積ん読
http://www.amazon.co.jp/gp/product/193104466X

ハードカバーというだけで
http://www.amazon.co.jp/gp/product/1846856043
http://www.amazon.co.jp/gp/product/1578633087

じゃんけんオフィシャル戦略ガイド
http://www.amazon.co.jp/gp/product/0743267516
めっぽう面白いが、おすすめはできない

とりたてて特徴のない赤いベルベットジャケット。
なんか毛の痒いパンツ。
ジッパーが邪魔でしょうがないタータンチェックのボンデージパンツ。

あと欲しいもの。
火縄銃(物色中)
大砲(動揺中)
アルトサックス(運命待ち)

また働かなければならない。
逆にいえば、働けばいいのだ。
よし。働こう。



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2008年02月07日

時族:時間軸に生起するコミュニティ

10年ぶりの知人と松戸で飲む。

バーでテキーラ飲んでたらけっこうベロベロに酔っぱらって、
急遽お宅にご厄介になる。

この家を訪れるのも10数年ぶり。微妙な既視感に包まれてすやすや寝る。
朝方は「そろそろ起きなくちゃ」という夢の世界からシームレスに現実に。
朝ご飯までいただいちゃって、ほんともうここのお家の子みたいで、すまんこってす&ほんとにありがとう。朝は納豆だよね。

お母様とも再会。あーそうそうこの人だ!
記憶をたどると、実は知人よりお母様お父様がたとの関係のほうが深かったようだ。
ほとんど覚えていないが、おれは10数年前に「心配なのはわかるが、あなたがたも子ども離れするべきだ」などと抜かしてたようだ。昔から、偉そうに。

自分では覚えていない昔の自分の発言は、たいていは顔から火が出る類いのものだが、なんか意味深なこといってて後で発掘されると妙に面白い。

おれは昔「あまり軽々しく言葉を発するな。言霊が勿体ない」と発言していたらしい。
んーなんか意味わかんないけど、妙に生真面目で新鮮だ。

今のおれは全く逆に考える。
「脳のストレージ容量なんてたかが知れてるのだから、言葉を溜め込めずに発話せよ。脳内に辞書を溜め込むより、常に現在時のネットに接続してれ」

このおれの偉そうな口ぶりの変化にはやはり、この10数年のインターネット環境の推移が関係しているのだろう。

朝ご飯をいただき、駅まで送ってくれる道すがらは雪景色。
平日の朝っぱらから真っ白な田舎道をよたよた歩く感じが、なにか正月ぽい。
と思ったら旧正月だった。納得。

10数年でワンサイクルのあるシーズンがひとめぐりし、おれはこの朝、ある種の正月を迎えたのだろう。このように、ささやかで、根本的に清々しい正月をもたらしてくれた知人との縁に本当に感謝する。人との縁とはそもそもが、時間も距離も超えて、とてつもなく近くにあることなのかも知れない。

本来、縁は我々の精神の奥底において、時空を超越して生起しているのだ。
逆に考えれば、我々の時間的空間的な距離感は、むしろ我々が利用するコミュニケーションテクノロジーから生起しているのだろう。手紙が、電話が、鉄道が飛行機が、距離を生み出す。

正月感覚は、社会とテクノロジーが日常に線引きする「距離」を、無効化する。
インターネットが生み出す時空感覚は、地球を均等な正月で包み込んでしまうようなものかも知れない。違うかも知れない。



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2008年01月17日

騒乱武士とUFO

打ち合わせ先で、なぜか花を貰う。
その足で新宿URGAにて、のなか悟空の新ユニット騒乱武士を観る。
http://homepage2.nifty.com/nonakagoku/goku/

のなかドラムに管6人、あとジャンベとエレキベース。
ぐでんぐでんに激怒してる感じのスローブルースからはじまるも、インプロからさらにフリーになだれ込んでいく流れに勢いと音量がなく、不完全燃焼で1部終わり。

花を渡しに楽屋にお邪魔。のなか氏と鈴木放屁氏。
「一人づつ処刑台にあがるようなソロ」を所望。

第2部。
うわすげえwww

まっさきに処刑台に駆け上がるトロンボーンの若者、事態がよくわかってないようでどうでもいい音とギミック。でもだんだん「なんか変だぞ」と空気を察したようで、最後はそれなりにあがくも、この時点でおれは完全に「こいつはダメだ」と舐め腐る。

印象的だったのは鈴木新(ss)氏。決してフリークアウトせずダンディなフレーズにこだわる。つまりおれ的には地味なのだが、なにかこの人は自分のだせる音を知ってて、それを追求する感じ。のなか悟空のバンドなのにあくまで「フレーズ」で勝負するところが、パンキッシュに感じられるし、エロティックな瞬間もいくつかあった。んーでもなー。

西村直樹(b)氏。手堅くリズムとフレーズを支えつつ、フリークアウトしはじめると「ちょwww 待ってwww ごめんなさいホントwww」て感じまでいく、体力のある人。プロって感じ。ベースには弦が4本あります、てことを完全に忘れているような、演奏というより行為というような。でも素早く手堅いバックに戻ったり。変な人だなー

そんな西村氏のインプロが召喚したのは、のなか悟空。
楽屋で「じゃPAでもっとドラム音量あげてください」といったら「そういうことはしたくない」といってた意味がよくわかった。のなか悟空の凄さは音量じゃない、ということも。大蛇がのたうちまわるような、リズムというよりうねりそのもの。処刑台に駆け上り、思いっきり首を吊って処刑台をぶっ壊す、つまり「フリー」の現場をまざまざと創発しながらも余裕と色気すら感じさせる。

西村氏とのなか氏のバトルが音楽というより召喚魔術になり、エゴの遥か彼方上空の成層圏でプラトー状態に達したあたりで、クラッシー氏のジャンベが風のように滑り込む。
熱いんだか冷たいんだかわからないプラトーの気流が不思議な安定感を醸し出してくると、

きました、鈴木放屁(ts)氏。
別次元の狂気と色気。
最高。


そんなことが起こり得る、ということを目の前で証明されてしまってから、メンバーのしきい値も大きく変動。第1部では多すぎると感じられた管も、縦横奥行きがぐわっと広がったダイナミックレンジのなかでそれぞれ大はしゃぎ。そんななかで特に前向きなバカっぽさを感じさせたが、意外にも先に「ダメだこりゃ」と思ったトロンボーン氏。伸びしろを感じさせる。納得の大団円。次も聴きにこようと思う。



東京というのは面白い街で、地方に住んでればのなか悟空なんて知り得なかったし、知ったとしても生演奏を聴く機会など滅多にないだろう。こうして新宿でのなか悟空と鈴木放屁の演奏を体験できる幸運を噛み締めつつ、会場の客は5人。つまり多くの人には興味の対象でもなく価値もないのだ。

街にはポップスターの顔をでかでか印刷した宣伝トラックが、ぐるぐると虚ろに周回している。あのメッセージは誰が、誰に向けて発信されているのだろう? そこには情報の発信と受信の両端に、人間がいない。体験がない。アノニマスなデベロッパーからアノニマスなコンシューマーへのVirtualなストリームが定義され、誰も歌わず誰も聴かないなかで、ゴーストだけが踊っている。年中無休の死霊の盆踊り。

そしてマスメディアにおいてはアノニマスな場でしかない新宿の某地下では、歓喜と法悦に彩られた処刑台のメロディが、ときどき、稀にだが、確かに鳴り響く。そういう現場に飢え、時としてそこに居合わせた時、おれは東京暮らしがやめられないと思う。


帰宅して爆睡。夢で最新鋭のUFOに出会う。
いいところで目が覚めるも、おれはUFOジャックを試みるべく再び強制夢枕。先の夢のシーンを繰り返し再生しつつ、UFO内部に潜り込む隙をうかがう。

何度かの失敗の末、ようやっと内部に侵入。コックピットは無人で(なんどかグレイ型宇宙人が表れたが、おれはノイズとして消去)、キャビンには緑色の泡立つ液体が入ったガラスの円筒がある。これが思念波を増幅して供給するエンジンのようだ。このUFO、物理的には飛んでいない。思念力によって思念空間に顕現するのだから、機体自体に物理的な飛行能力はなくてもいいのだ。おれは無人のコクピットに座り、操縦法を解析すべく計器とスイッチ群を模索する。意外とアナログだが、主な挙動を制御するのが操縦桿ではなくトラックボールであるところがまぁそれっぽい。

いつか操縦法をマスターしたら、皆さんの夢に遊びにいきます!









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2008年01月11日

新春

あけましておめでとうございます。
ことしもなにとぞひとつ。

今年の大晦日から新年は比較的ゆっくり過ごした。大掃除もした。すっきり。
去年は人形町のレンタルオフィスで一人で徹夜してラーメンくって年を越したが、やっぱりお正月はお正月以外のことをしちゃいけないよね。どうとでもなるし。

で、大晦日は大掃除あとに毎年恒例恵比寿のうまいそば屋(そば、としか書いてないので店名はわからないが、毎年年越しは賑わっている店。んまい)で妻と(妻よ、愛している)そば&酒。しあわせな気分になったところで麻布観音に除夜の鐘をゴーンとやりにいく。ゴーン。

ゴーンとやらかした後も興奮さめやらぬ様子の妻と焼き鳥屋ももたろうで一杯。
また鴨くってんまい。鴨最高。神様、来世は鴨でもいいよおれ。

この時点で正月の予定はなにひとつたててなかったが、せっかくだしどっかいくか、と思案。日光に決定。混浴露天風呂を条件にホテルを探すとありましたよていのいいのが。即予約。

数時間後、電車に飛び乗りいざ日光へ。

ついた!

日光駅周辺はなんか普通にさびれた観光地風なので、バスにとびのり華厳の滝へ。
30分もすればそこは雪景色。めちゃくちゃ粉雪積もってるしふがふが転んだりして華厳の滝鑑賞。うお!なんかオウテカのPVみたいな滝だぜ。

華厳の滝・おれ的心象風景


さらに奥日光へいくとなんか吹雪いてきた。情緒ある〜
なんとか国民憩いセンターみたいなとこで一風呂あびて、ついでにスキーでもぴゃーと滑ってくかと思いきやそれはやめて、駅前で日光漬け物&スイーツをつまみぐい。
漬け物はどれもいまいち。まんじゅうはまぁ楽しい。ふがふがだ。

さてそろそろホテルに向かうか、と歩き出すもなかなか着かない。
あたりは真っ暗でどんどん高原に向かう道すがら、泣く寸前で到着。にくい演出!

ディナーはフレンチコースというわけで、しゃーしゃーいって待つわけ。パン全部食って。なんかすごくハイスピードな給仕だった気がするが、まぁそんなにのんびり食うようなものでもないのだろう。たぶん。

食いつつ、他のテーブルの宿泊客の様子を伺う。なぜなら、ここの露天風呂は深夜から30分単位で「貸し切り」状態にできるシステムで、しかも予約制ではなく早い者勝ち、その場判断、なのだから。当然われわれのように混浴風呂を目当てにきてる客とのかけひきがある。

隣のテーブルは若者グループ。男2名に女3名。ん?どういう構造?
フレンチコースをかきこみながら、あたりさわりのない話題でお互いに牽制している感じ。ん、おそらく奴らは貸し切り混浴を目論んでいるが、完全なコンセンサスがあるわけではなさそうだ。

さらに隣には女性3人組。ん、クるな。しかし、それほど急ぎもしない筈。

その向こうには家族連れが2組。彼らはクるだろうが、おそらくそれほどがっついてもいない。よし。

貸し切りタイム開始と同時に風呂場にいくと誰もいない。30分待ちは想定していたのに拍子抜けだ。混浴露天風呂のコンテンツ力を再評価する必要性。

さて内から鍵をかけたらそこはおれたちの風呂。大浴場と露天風呂が全て手に入ったぜ!
家康殿、天下統一ってこんな感じですか?

忘年会で余ったうまい酒を持ち込み、露天風呂で乾杯。
粉雪、お湯、酒。カバラでいえばケテル、コクマー、ビナーだぜ。
湯煙のむこうに妻の見事なバタフライを眺め、おれはおれのジハードが終わったことを知る。

参考URL:美少女たちのジハード
http://www.geocities.jp/virginfleet/colum/normal/no_29.html

ひとしきり楽しんだら次はプレイルームだ!
フロントではビリヤードと卓球があるといってたが、卓球となんか武田の家に昔あったような健康器具しかなかった。まぁ卓球。誰もこないし。プレイルームのコンテンツ力も、どうやらおれは高く評価しすぎていたようだ。そうなのか。こんな楽しいのに。

でまー寝たら起きるでしょ。たら東照宮しょ。
当代最高のART&TECHNOLOGYを投入し、何にも似ない全く新しい神をデザインしたハイパーゴシック東照宮=ケイオスマジック説を妻に解きながらご満悦のおれは、しかし妻のゆば&羊羹屋めぐりに仏頂面でつきあいつつ、ゆば料理食うか、どうするか。

おれはなんとなく駅前のどうでもいいカレーかラーメンを食いたかったのだが、なんとかホテルという日光随一のなんか伝統あるホテルで100年カレーを食うことで合意。老いも若きも皆メイドで、本物だぜここのメイドたちは。100年カレーは旨かった。100年ルーを足しながら煮込んでいるのだろう。たぶん。あーんまい。日本最古の洋館ホテルもさすがに雰囲気あるぜ。

さて、前日に奥日光に向かうバスからちらりとみえた、気になる看板「ワイル堂」へいってみる。いくといきなりスカル&手裏剣&シルバーアクセ&エスニック雑貨の店で、胸騒ぎ的中。ワイルドな手裏剣を購入。家康ODINを詣でてCHAOSPHERE型手裏剣ゲットなら納得もいくというもの。帰路の電車のなかで手裏剣を眺めてにやにやしてるともう東京だ。

今年も頑張るぞ。ヘイヘイホー!














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2007年12月15日

ロックについて

ジャイアンの歌を聴いてみたい。
ドラえもんに夢中になった経験のある人なら誰しも一度は思った筈だ。
結論を急ぐと、聴けた。





ロックは悪魔の音楽。それは圧倒的に正しい。

10代の頃高知女二人とやった3ピースバンド、ベースは後に交通事故で死に「外道みたいだ」と褒めてくれたおっさんはスタジオで救急車に運ばれて死んだ。




中学生時のハードコアバンドの相棒は伝説の一人プリミティブブラックになった。

※本文とは関係ありません





ハードコア仲間の一人と最近再会したら片目がなくなって、一心にお不動さんを祀っていた。

※本文とは関係ありません





でもまぁロックにもいろいろあって

お洒落?んー...No. THE CULT


夢中にさせてくれないスーパースター Sigue Sigue Sputnik


やっぱこれだよPSYCHIC TV


TOY DOLLSがお洒落アイテムになる日がいつかくるか、誰か掛けをしてみないか?
LEONでチョイ悪オヤジのマストアイテム、みたいな扱いとか。

まぁおれはNoにかけるんだけど。


まぁなんというか割とロックに親しんで生きてきたのだが、近年おれはそれほどロック的な人かというと、そうでもなくなって気がする。なぜかはわからんが、なんかそんなでもないようだ。ロックではなくて、んー擬音つうか。ほげ〜。
おれの30代はほげ〜な感じなのだ。で、ジャイアンに繋がると。うん。
ほげ〜

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2007年12月10日

怒りは絶望を叩き潰す

表題は世界一うるさいジャズドラマー・のなか悟空氏の名言。

ご存知の方はいまさらだろうが、おれはだいたいいつも怒っている。
怒りたくて怒っているわけではないが、おれを怒らせる腹立たしきものごとがこの世界から一向に減らないのだから仕方ない。いちいち怒ってるのも莫迦らしいとも思うが、怒らなくなったら負けだとも思っている。奴らはおれが莫迦らしくなって諦めるのを待っている。

ニーチェは意志と強さを善、あらゆる弱さからくるものを悪とし、弱い人間への慰めや同情を倫理基盤とするキリスト教を唾棄した。弱い人間(ニーチェ風にいえば「人」ならぬ「ただの人類」)への同情は、民族・人類の進化戦略にとって害悪でしかなく、そのような倫理は種としての人類が煩っている病であると言い切った。

まぁ気持ちは分からんでもないし、おれの怒りも多くの場合、「弱さ」と「弱さの肯定」に対するいらだちだったりする。

しかしまた、晩年のニーチェは精神を崩壊し、自ら断じた同情されざるべき不具者となったわけで、その時ニーチェの断片化した意識にどんな想いが沸き起こったのだろうか、などと考えてみる。

強さと弱さは、決して絶対的なものではなく、状況や視点によって変化する相対的な関係性だ。ニーチェの「超人」は絶対的な強さ、進化した種として現人類の上に絶対的に君臨するものとしてイメージされているようだが、果たしてそんなものを想定することが「人類」の知的営みとして意味があるのか疑問だ。また自由・平等・友愛の近代を唾棄すべき幻覚と言い切った(おれはニーチェが攻撃しているのはキリスト教というよりは、フリーメーソン的理神論であるように思う)割には、ニーチェ自身近代的なハイアラーキー構造の頂上を夢想している節がある。(ニーチェ自身、善を権力、権力への意志と結びつけているのだから、それはまぁ矛盾ではない)

バタイユならば、社会の最下層に蠢く不具者たちの祭りにこそ生命の過剰な輝きを見いだすのだろう。ニーチェと逆。でも本人はニーチェの正当な継承者と考えていたようだが。

おれはどうか。んー。
どっちかというとニーチェ派。底辺からこみ上げる破壊的なエナジーを、そこまでは信頼していない。おれは底辺からは怒れない。

では遥かな高みから怒るのか。んー、そんな節もあるけども、自分の視座が「高み」であるなどという官能的な幻覚に中毒できるほどナイーブな季節はとうに過ぎ去った。

下から上へ、上から下へ、どちらにせよ神と獣の上下関係、つまり「重力的」なパースペクティブを巡る闘争。しかしおれは(人類は)既に、我々の世界が球状であり、上も下もない、中心と彼方の力学のなかに中吊られていることを知っている。もはや天国も地獄も、等しく重力が生み出す幻覚に過ぎない。

おれの怒りは球状だ。中心から彼方へと放射される熱、あるいは重力場だ。
おれが怒りによってより創造的になるということは、つまり星と星の重力場が交錯し、加速する楕円軌道を生み出すことに等しい。交錯する重力場によって、おれのみならず、相手もまた加速する。そのような怒りは、すでに恋と区別がつかない。愛と憎しみは表裏一体というが、思えば愛と憎しみから地上的な「上下」の幻覚を取り去れば、球状のドライな重力作用に還元できるだろう。おれが怒りっぽく惚れっぽい理由がわかったような気がしないでもない。

昔知人が、「反遠近法主義Anti Perspectivism」なる概念を語っていたことを思いだす。
消失点を唾棄し、無限の平坦に覚醒せよ、みたいな感じ。当時はよくわからんけどなんかすげー、くらいにしか思っていなかったが、んー、まぁいい線いってたのかもね。いやでもね、消失点を憎んでもしょうがないでしょ。

おれの球状重力場主義の視座は、遠近法の逆だ。反、ではなく、逆。星空を見上げた時、おれたちは裏返された遠近法によって世界を見ているのだ。消失点に立って眺める風景ともいえる。やっぱり「反」じゃないよね。

ほげー!とりあえずメリークリスマス!


今日のyoutube

Sugar Plant
http://www.youtube.com/watch?v=jMBFzzdZDTo
LIVELOVES
http://www.youtube.com/watch?v=RNvK-vNXo_U&feature=related
posted by bangi at 00:41| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月25日

NOWHERE

22
わたしのなまえはヌイ。
その時がきたら、彼には秘密のなまえを教えましょう。
わたしは無限の空間。わたしは無限の星々。
あなたもまた、そうありますように。
こだわっちゃだめ。全てを同じに扱うの。
あなたを傷つけないために。

Liber AL vel Legis 聖子(小学五年生)訳 Ch.1-22

みんな、唐突だけど、新しい季節の到来だ!
一番大切な人が風邪をひくのが合図。
そしてハロウィーン。

ピンときた奴から、ドンといけ。

最高だ。






posted by bangi at 04:53| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月16日

インディゴ小学校ほか

DJ SARAちゃん(8歳)


DJ RYUSEIくん(5歳)とのフリースタイルバトル


彼らを相手にする小学校の音楽教師は大変だろうなぁ。

海の向こうのお友達、DJ A-KIDDくん(5歳)


DJマンガ「クラブDJストーム」
http://djstorm.blog49.fc2.com/

もうマスメディアはまったく必要ない。SEARCH&CREATE!
posted by bangi at 14:59| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月14日

かぐや姫

かぐや/H-2A13号機打ち上げ
http://www.jaxa.jp/countdown/f13/index_j.html

師匠から「死ぬまでにみておくべきもの」として

1.日蝕
2.オーロラ
3.ロケット打ち上げ

と教示賜り、種子島での目撃体験の機会を虎視眈々と狙っているのだが、今回はネットライブ中継。姫君はとりあえず順調に月への帰還の旅路を歩んでいる様子。

火を吹きながら空の彼方へ消失していく映像をみて、えもいわれぬ「郷愁感」がこみあげる。空の彼方にはなにか懐かしさがあるようだ。犬や鳥や虫や植物もおなじ感覚を抱いているだろうか。

ロケット打ち上げはとてもエモーショナルなイベントであることを確認。
あとJAXAの若手女性職員がピュアピュアでヒャッホウ。
次こそ種子島だ!

銀河姫
http://www.eugenius.jp/gingahime02.mov
http://www.kauntar.com/23/vol_22.html
http://www.eugenius.jp/gingahime.html

ALIEN SPACESHIP ON THE MOON flyover bef. landing APOLLO 20
http://jp.youtube.com/watch?v=rc7mkHtuLOs
posted by bangi at 12:02| Comment(3) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月07日

鼻歌

嵐のあとは銀色の空















キラキラのポップスター
フンフンンッンー
posted by bangi at 09:50| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月31日

「ソシュール、バロウズ、マリリンマンソン」最語の外伝

おれは時々、

無表情だとか目が笑ってないとか喋る言葉に真実味が無い、などと指摘されがちだ。

他人を見た目で判断できない者こそ愚鈍なのだ、というどっかの誰かの言葉に大変共感を覚えるおれだが、それはパッとみてバシーンと明らかに鮮やかに見て取れる、というものではなく、注意深くよーく観ると、その人の心理風景は全てその人の外見にうっすらと現れているのが読み取れる、ということであって、つまり注意深く観ることが肝要だ。

パッとみてバシーンとハイわかったアンタこういう人でしょ、というのでは、多くの微かなしるし、機微を見逃してしまい、結果デフォルメされた、戯画化されてたパーソナリティに印象が捕われてしまう、ことが多い気がする。それは分かりやすい特徴を強調した似顔絵のようなものだから、まーあたらずとも遠からずという訳で、特に否定もしないでソウなんですなんでワカルんすか?などと返してお茶を濁すというのもありがちな展開だ。

たかが似顔絵を、それも若干失礼な似顔絵を描ける程度の大味な観察力と表現力で臆面もなく他人のパーソナリティを断じてしまえるような、控えめにいって不用意な人は、しかし他人からは直感の鋭い人、場合によってはスピリチュアルな人、などと評されたりもし、自分でもまんざらでもない様子であったりして微笑ましいのだが、まーそういった感じの人からよく、バシーンとハイわかったあんた目が笑ってないよデマカセいってんじゃないわよオープンユアマインド!などと叱咤されがちなのがおれだ。


先日、知人を囲むなんとなくパーティの席での軽いお喋りのお相手となったその婦人は、おれに本音を語って欲しい、と言う。本音で語ってくれないなら、コミュニケーションする必要が失くなってしまう、とのこと。おれは返答の言葉を亡くし、また悲しくも泣くして、ただ行き場を失ったみじめなにやにや笑いをウィスキーに溶かしてちびちびとなめ続ける他に術をもたなかった。そう、おれはいつもそうだった。おれはいつも心にもないことばかりいってきた。おれは全然そんなつもりはないのに、直感の鋭い人や霊的にステージの高い人には、みんなお見通しだ。おまえのそのいやらしくひきつったニヤニヤ笑い。閉ざされたこころ。


しかしまた、ある意味なんか知らんがふっきれてきた最近のおれは、すっとんきょうにもこう切り返してみよう。おまえこそ、オープンユアアイズ。

あなたのいう本音とはなにか。

それはただ、熱いとか冷たいとか寒いとかお腹減ったとかムカつく嬉しい、といった、プリミティブな身体感覚に割り振られた愚直なラベルに過ぎないのではないか。

「気分を言語化したものが本音である。」これは納得できる。

ある種の病的な神経失調でなければ、いま自分が暑いのか眠いのか嬉しいのか腹立たしいのかを、的確に捉え、言語化して発話することはそれほど難しくない。

しかし、本音がプリミティブな身体感覚の言語化と発語でしかないのなら、本音のコミュニケーションとは「腹減った」「いい気分」「眠い」「なんかモガー!」といった単発的で一方向的な発話の応酬となり、共感と反発はただひたすらに共感と反発のままに投げ出されるだろう。反発を感じていたものの意外な一面に共感したり、共感している筈だったものに微かなすれ違いを発見する場Toposとしての交感の網Netは、決して編まれない。

巻き込みInvolveや折り込みFold inといった分節/文節のテクニックにより、言葉が繰り返し折り返し裏返され異化され、無限の差異がキラメく無限の波の反復に、意識の砂浜が洗われるのをうっとりと瞑想的に味わう官能。それがおれにとってのコミュニケーションの法悦である。

翻っておなか空いてなんかモガー!とかはひとつひとつの波と飛沫に対していちいち溢れでるあえぎのようなものだ。あえいでいるだけではオナニーであり、初対面の人にオナニーを披露しないことと不誠実、不正直であることはあまり関係ない。もうちょっと小洒落てエロいレトリックもたくさん思いつくのだが、とりあえず「他者を思いがけず愛撫し、他者から思いがけず愛撫される」ようなエキセントリック・ダンディズムが、おれの性言語には不可欠だ、とだけいっておければ今は満足だ。Involve, and Fold in. 真に抜き差しならない挿入は、常に白鳥座Xに向かって為されるのだ。おれは常にそうしている。


しかしまた、身体感覚・気分の言語化=本音、とは勿論、上記のようなエロレトリックを書きなぐるためだけのカリカチュアに過ぎない。本音とは、「どう感じているか」だけではなく「なにを欲するか」「どう判断するか」「なにを伝えたいか」といった、もう少し戦略的で構造的な意味伝達事項をも内包する筈だ。それは言葉で編まれた網のようなものだが、網のなかにあるもの=意味が、事実あるいは真実といった概念と正しい対応関係にある状態が、希求されている本音の条件であろう。「ほんとうのことをいってくれ。うそいつわりなく。」


そんなことは果たして可能だろうか。
わたしたちが本音だと思っていることとは、ただ本音であると信じているだけなのではないだろうか。自らの身体感覚や思想、伝達意志と意味内容が、正しく自らの切実な真実と一致することを、我々は如何にして確信、あるいは証明することができるだろうか。

網のなかに捉えた蝶をみようと網を上げると、蝶は瞬く間に飛び去っていく。
言語とその意味内容、ソシュールがおよそ100年前に目論んだ一般言語学という早過ぎた言語ウィルス学の体系におけるシニフィアンとシニフィエの構造に足場を借り、本音とはなにか、それは可能か、可能だとすればどのようなかたちで、そして不可能だとすれば我々はどのような地獄に備えなければならないか、といった事柄を「ソシュール、バロウズ、マリリン・マンソン」と題して次回以降書き連ねてみようかと思ったが、やっぱりやめた。

中央アフリカ、今日も届かないガソリンを待ちながら道ばたで出会う地元ちびっこたちとニャンジャ語で猥談を交わすとき、おれはどこにも本音というものを発見しなかったしその必要もなかった。壮大な誤解を赤く染めて沈む太陽とンガリの夜、遠い星。遠い挿話。
最語。
posted by bangi at 15:02| Comment(12) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

台湾加油

国連が台湾の友好国による台湾加盟提案を全加盟国に伝達
http://www.roc-taiwan.or.jp/news/week/07/070830c.htm

ばかでかくて威厳に満ちた台北車站。
さらにばかでかい中正紀念堂 。
夕暮れを駆け抜けるスクーターの時間暴走族。
八角の匂いに満ちた迪化街。
懐古と呪術と美が解け合った人形劇場。
http://www.taipeipuppet.com/

金鉱の街・九分では、小泉八雲が「盆踊り」で記録した、かつてそうであった極東の夜、溶解する笑い声とオレンジ色の光、坂道と満月が生成する法悦の記憶にダイブし、地底の精霊王と出逢った。

静かな諦念の向こうに見据える、慈悲と微笑みにくるんだ未来。
あんなにも愛らしい未来に、おれはかつて出逢ったことがない。
全てを甘い金メッキに包んだ時間の島を、鳳凰が遊歩する。

加油台湾、台湾加油。


posted by bangi at 01:19| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする