2014年03月15日

WILD SIDE MEETING

pa.gif

「友よ、答えは風に吹かれている」ーフォークシンガー

「いうまでもなく、我々はバーチャルスペースからの逃走を試みているのだ」ー1996年ハッカー会議録

「そりゃあんた、99年にもなれば世紀末なんてとっくに終っているわよ」ー友人の母

「グッモーニン、エブリワン!」ー英語教師

祭は終り、星の下荒野に火が灯る
砂、石、枯木で天幕が張られ
様々な不思議な旗章が交換される
それは野蛮で快活な市場のはじまり
旅人、商人、詩人たち
星を読み、体に荷を括り付けて運ぶ彼らは
まどろむ子供たちにいつ終わるともないおとぎ話を囁き
日の出を待ちながら綿密な旅の計画を立てている

悉くが「情報」にすり替えられた風景の中で
「情報」を集め、分配し、また回収する元締めたち
私たちが眠り、食べ、歩き、笑うことに
彼らはどんな代価を要求できるというのか
だけど、私たちは決してすり替えられることのない
私たち自身の生を生きていることを知っている
もし、あなたがあなたの悉くを「情報化」あるいは
「消費」してしまったと嘆いているとしても
大丈夫、あなたの奥底に手付かずの荒野は広がっている
陽が上り、星が巡るその大地は心の中、最奥の秘密の場所
私たちはある月と星と風の夜
そこで落ち逢おう、というのだ
そして互いの微笑みと合図を持ち帰り
私たちの街に素敵な公園と花壇とモニュメントを
何食わぬ顔で造営しようという訳だ

この私たちの場所を、隙間と呼ばせてはいけない
そこは私たちを媒介する隙間を知覚することによって
私たち自身に出会う場所なのだ、逆ではない
また、この場所を辺境と呼ばせてもいけない
そこは私たち自身が経験し、紡ぎ出す人生そのものの風景なのだから
そして重要なことだが、この場所であまり騒ぎたて、はしゃいではいけない
私たちは祭りの後の日常をこそ、確かめようとしているのだから
早すぎる、なんて心配は無用
私たちは皆、一瞬一瞬、今ここに生きている存在であり
どこか遠くに浮かぶ陽炎では決してない
何が起ころうと、それはいつも「今、ここで」起きる
さて、そろそろ、私たちのミーティングを持とうではないか
私たち自身が、生きていくこの街で
星降る夜に、お茶とお酒と歌と微笑みで
お互いのプランを吟味しようではないか
WILD SIDEは私たちを包み、広がっている

text by Bangi Vanz Abdul (KAUNTAR)
(1999/02/28渋谷SPACE EDGEにて雑誌『A』主催イベントWILD SIDE MEETING VOL1に寄せた一文)
posted by bangi at 01:14| Comment(0) | 詩と芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月05日

無題

滑車が澄んだ高い音をたてて周り、稲荷の白い尻がちょうど私の顔の高さにまで吊り上げられた時に、その入れ墨に気付きました。
左の尻に、IN。右の尻に、RI。

「Iesus Nazarenus Rex Iudaeorum。ユダヤ人の王、ナザレのイエス」

リリスが今にも寝入ってしまいそうな微かな声で呟いて、目を閉じました。
枷で固定された稲荷の両足が、高く掲げられた尻を頂点とした美しい三角形を描いています。その頂点には金箔で装飾されたアヌス。ルシファーはそれを「全てを見通す目」と呼んでいました。そのピラミッドの冠石、黄金の一つ目を挟むように、その聖4文字が入れ墨されています。

「おかしいかい?私たちの言葉は、すべて謎掛けになっているのだよ。」

ルシファーは大きな一枚ガラスがはめられたテーブルに顔を近づけ、そこに白い砂漠のように敷き詰められた粉に顔を埋め、すん、と鋭く吸い込んでから、白い粉まみれの鼻の頭を拭こうともせずにこちらに振り向いて、にやりと笑いました。彼の大きく膨張したペニスの先端から細い銀色の糸が垂れ、床で眠りかけているリリスの乳房に落ちました。

「イエスは一つ目だ。いや、狐といったほうがいいかな。彼は春になると里に降り、赤い鳥居の下で踊る。」
「この子は諏訪の大鳥居の下で泣いていたんだ。お腹が空いているのだと思って、私たちが持ってきた稲荷寿司を食べさせた。もっとも、東京に連れ帰ってすぐに、私たちがこの子のお稲荷さんを頂くことになるのだが」

そういってルシファーは赤い蝋燭を稲荷の尻に近づけ、陰嚢の真下にかざし、聖4文字にわざとらしく接吻をしました。チリチリ、という音と毛の焼ける匂いがして、稲荷はビクっと動きましたが、また動かなくなりました。金箔で固められたアヌスがすこし収縮しました。

「三重県では稲荷寿司を炙るそうだよ。おあげの油分を適度に飛ばして、香ばしさを増すんだ。私はまだ食べたことがない。」

私は随分前からぼうっとなって、全てが夢をみているように曖昧で捉えどころがなく、寝入ってしまわないように体を起こしておくので精一杯で、それでも裸の体を包む黒い毛皮が催眠術のように肌を愛撫する感触を楽しんでいました。ふと稲荷寿司が食べたい、と思いました。

「イナンナ」いつのまにかリリスの顔がすぐ側にあり、強いアニマルノートと微かな口臭が混じった息が私の顔にかかります。

「ナンナ、イナンナ、稲荷寿司。酢飯のスメル、スメラミコト。」

リリスは舌でリズムをとりながら私の耳に呪文を吹き込み、それとは関係ない様子で気まぐれに耳たぶや耳の穴を弄びました。稲荷の金のアヌスから涙が溢れたように見えました。私は全てがデタラメに滑稽に思え、吹き出すかわりに、クリトリスを少し刺激してだらしない甘美さに沈んでいきました。もっと何か言って欲しい。もっと私の耳の穴の奥底に、巫山戯た呪文を吹き込んで欲しい。瞼が痙攣し、蝋燭の光は堪え難いまでに眩しく黒目に差し込んできます。ルシファーが自分の手でペニスをしごき、稲荷の入れ墨の上に精を放つのが見えました。そうして彼は私のほうに振返り、リリスとは反対側の耳にゆっくりと唇を近づけます。葉巻の匂い。

「太陽をあまりみつめてはいけない」
posted by bangi at 00:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月19日

ポーの洗礼式 (Principia Discordia)

ポーの洗礼式
POEE Baptismal Rite

司 祭:汝、まさしく人なりて、キャベツかなにかにあらずや?
参入者:はい。
司 祭:最悪や。汝、より善きものにならんと欲すや?
参入者:はい。
司 祭:アホか。汝、哲学の光もて照明されんと欲すや?
参入者:はい。
司 祭:じぶんおもろいな。汝、聖なるエリスの軍勢に加わらんと欲すや?
参入者:たぶん。

参入者:女神エリスの御前にありて、我(名前)、轟く不和の軍勢に加わり、神秘なるエリスのパラセオアナメタミスティック団の兄弟となれり。
ヘイルヘイルヘイルヘイルヘイルエリスエリスエリスエリスエリスオールヘイルディスコーディア!

全員:オールヘイルディスコーディア!

※ポー POEE = PARATHEO-ANAMETAMYSTIKFOOD OF ERIS ESOTERIC
敢えて訳せば「神秘エリスの分裂神智無政府高次ひみつ団」

From PRINCIPIA DISCORDIA
http://principiadiscordia.com
posted by bangi at 18:17| Comment(0) | 神秘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月10日

グレイフェイスの呪い(Principia Discordia)


混乱伝統

(折り曲げ禁止)

「グレイフェイス」
BC1166年、グレイフェイスと呼ばれる不満たらたらのドタマひんまがり野郎が、宇宙は彼同様にユーモアに欠けていると考え、戯れは世界のシリアスな秩序を害するが故に罪深きものなりと教えを説いた。「汝の周りの秩序をみよ」と彼は言った。リアリティとは即ち囚人用の拘束服であり、人々がかつて信じていたような幸せなロマンスなどではない、と信じさせ、正直な人々を惑わした。

今日まで、なぜ当時の人々がそれほどまでに騙されやすかったのかが、理解されることはなかった。何故なら、誰もそこに混乱を認めず、真逆の結論に至ったからである。ともかく、グレイフェイスと彼の追随者たちは、人生ゲームの戯れを彼らの生そのものよりもシリアスに捉え、彼らとは異なる生き方をする他の生命を破壊さえもした。

その不幸な結果として、人類は心理的・霊的アンバランスに苦しむことになった。アンバランスはフラストレーションを生み、フラストレーションは恐怖を生む。そして恐怖はバッドトリップをもたらす。人類は現在に至るまでの永きに渡り、バッドトリップの最中にある。

これが「グレイフェイスの呪い」と呼ばれるものである。

-牛糞花を育てそは美しき-

From Principia Discordia
http://principiadiscordia.com/book/49.php
posted by bangi at 10:57| Comment(0) | 詩と芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月14日

メルマガ「月刊23曜日」と「ケイオスマジックワールドミーティング2004荻窪」


運営していたドメインの整理などで閲覧できなくなっていた過去のコンテンツを整理して再アップしてみた。

このブログ「月刊23曜日blog」は本来、2002〜06年の間配信されたメールマガジン「月刊23曜日」の「編集部だより」として開始されたものであった。メルマガ配信停止から既に7年が経過しているので最近ツイッター東京リチュアル関連からこのブログにたどり着いた人にはご存じない方も多いだろう。今回再アップしたのはこの本家「月刊23曜日」全バックナンバーである。再アップにあたりツイートボタンなどを追加した。


pagelogo.gif
リンク:月刊23曜日 http://tokyo-ritual.jp/23/


振り返るに2002年に「月刊23曜日」が開始されたのは、2001年中央アフリカ・ザンビアでの日蝕パーティへの旅から帰還して間もなくのことだ。南アフリカからザンビアまでおよそ1ヶ月をかけて旅した経験から受けたものがアウトプットされているのだが、当初はディスコーディアンやサブジニアスといったアメリカ西海岸メタ宗教カルチャーの影響が最も強く、初期の号のイメージはそのままPrincipia Discordiaだ。2007年に邦訳されるR.A.ウィルソン「イルミナティ」3部作からの引用も見受けられる。

編集者としてクレジットされているシェークスピアボーイズは自分含むライターチームで、TOKIONとか他のもう忘れた種々の雑誌に宗教法人アレフインタビューや温泉ルポなどを寄稿していた。ALAR MATARは当時我々がアラーと呼んで崇拝していた荒俣宏氏へのオマージュを込めたペンネームで、当然荒俣宏氏ご本人ではない。

諸々のリスペクト、引用、連想のモアレのような「月刊23曜日」だが、ディスコーディアンからケイオスマジック、ニューエッジに至る70-90年代西海岸カルチャーとの関連を指摘する声は全くといっていい程なく、端からみれば「何をどうしたいのだろう?」といった訳の分からないメールマガジンであっただろう。

しかし何でもやっておくといいもので、後に2007年にジョエル・シューマッカー監督・ジム・キャリー主演作品「ナンバー23」が公開されると、文化的背景を絡めて作品解説を執筆して欲しいとの依頼が来た。

リンク:ナンバー23解説原稿 http://23youbi.seesaa.net/article/138229267.html

ほぼ時を同じくして先述「イルミナティ」3部作が邦訳され、「遂に“23曜日”がやってきたのか…!」と小躍りしたものだが、映画は特に話題になることもなく街にコード23が溢れることもなく今にいたる。




もうひとつ、資料的な価値を鑑みて再アップしたのが、2004年東京・荻窪で開催したイベント「CHAOS MAGIC WORLD MEATING」の告知ページだ。

index_03.gif
リンク:CHAOS MAGIC WORLD MEATING http://tokyo-ritual.jp/cm/index.html


当時のIOT JAPANを率いていたDead Jellyfishと二人で、アメリカ・カナダ・オーストラリアから現役のケイオスソーサラー達を招き、3夜に亘ってレクチャーと儀式、ダンスフロア(これは集客が少なく中止された)が催されるというチャレンジングなイベントだ。外人勢がAnton Channing, Jaq D Hawkins, Sean Scullion, Dead Jellyfish、日本人勢としてOTOのHieros Phoenix氏、不肖バンギと蒼々たる面子と豪華内容、そこに込められた時代の熱を上記サイトから感じ取って欲しい。しかしながら、会場に足を運んでくれた知人以外の純粋なお客さんは僅かに数人であった。当時はツイッターも東リチュもなかったのが悔やまれる。

中日の深夜の儀式ではたまたま通りがかって入場してきた酔っぱらい外人も含めてアポロン召喚儀式を行った。輪になって全力疾走し、最終日の客入りを太陽神アポロンのご加護でなんとか盛り上げよう、という意図を込めた儀式であったが、客足は変わらず、一人か二人。DJと「儀式は効かなかったかな?」とうなだれながら朝の中央線で帰路につこうとすると、連日小雨だった天気が唐突に快晴で、はっと目が覚めるような美しい早朝の空に二人して心奪われた。そしてお互いに顔を見合わせ「アポロンな」「そうなんよな」「こういうもんなんだよな」「いつもな」と、力なく、しかし大変壮快な気分でいつまでも笑った。人生でみた最も美しい東京の朝のひとつだった。

「魔術系のイベントは客がこない」は当時から定説であった。複数組織をまたがるフラタニティの絆を持ってしても、である。しかしながら、おれもDJもくじけずイベントを開催し、公開儀式を催してきた。この時の経験がなければ現在の東京リチュアルは存在しなかっただろう。なんでもやってみること、やっておくことが大切なのである。付記すると、このイベントの頃が東京のポストケイオス的魔術人脈は最も充実していた気がする。Illuminati Of Thanateros, Temple Of Set、その他様々な文脈のケイオス的グループ(ほぼ外国人であったが)が関東に存在し、充実した交流、議論、友情が交わされた。この辺りの東京ケイオス人脈とシーンがレビューされることはおそらく未来永劫ないだろうが(*)、現在の西洋魔術シーンの状況しか知らない人には「本当にそれがあったのだよ、かつて、ほんのひと時ね」と証言しておくとともに「ともかくも何かやっておけば、後でなにかになる」とアドバイスさせていただく。

魔術理論的には、熱力学第二法則に支配されたこの物質宇宙では、何かを行って何も起きないということはあり得ないのである。

*IOT Japan周辺で騒動が巻き起こり消滅するまでの間の雰囲気は、事後的ながらこのログに種々のエピソードが記録されている。ログが残るということが重要だ。
リンク:混沌ログ:http://kontonlog.blog105.fc2.com


posted by bangi at 21:54| Comment(0) | 編集部だより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月05日

縄文系現代魔女術ワークグループ「ウフィカ」考

English translation:
"Of Uphyca" http://lumitan.tumblr.com/post/65622178301/of-uphyca

75f9a357341a17c003d2ccb570e989ed.png

ウフィカは実践魔女術研究家・谷崎榴美を中心に2013年8月に創設された現代魔女術ワークグループである。2013年10月現在10余名の参加者が集い、オンラインで活発に交流している。

http://uphyca.org

ウフィカの提示する「魔女」潮流のスコープは、フランス-イングランドの伝統魔女宗(Traditional / Hereditary Craft)からクロウリー/ガードナーの手による復興魔女宗(Gardnerian WICCA)、60-70年代のネオペイガン潮流の分岐、ケイオスマジック経由新魔女宗のシュメール/バビロニア的隔世遺伝に亘る広範な系譜を見据え、その衝動と持続を空間的にも時間的にも「いまここ」に繋げるものである。すなわち狭義の「西洋魔女宗」の参照・模倣に留まるものではなく、ある意味では逸脱しつつ、パラダイムシフト的な跳躍によって原初の衝動への回帰と再生を目論むものでさえある。本稿では幾つかのキーワードに沿って、ウフィカの概要を紹介する。

■ソロ魔女のオンラインワークグループ
ウフィカは13人一組といった様式を持ついわゆるカヴンではなく、既に何らかの自己参入儀式を経験したソロの魔女たちのオンラインワークグループである。この点の類推にはケイオスマジックムーブメントを牽引した英国グループ、IOTが結社(Order)ではなく組合(Pact)を標榜したこと、同じくポストケイオス的オンラインコミュニティAutonomatrixなどが参照されるだろう。メンバーはノート共有アプリEvernoteにより、それぞれの夢日記や、段階的に提示される課題をはじめ様々なエクセサイズを相互に編集可能なノートとして共有する。ウフィカは構造上、オフラインでのミーティングを「必要としない」グループデザインが企図されている。これは参加者の地域的制限を回避する実利性のみならず、カヴン(的共同体)の電子的な拡張という実験性を徹底する狙いも込められている。

「電子的に拡張されたカヴン」は、その参照系としてマーシャル・マクルーハンのメディア進化論、テレンス・マッケナのポストモダン・シャーマニズムに加え、伝統的な魔女のトポロジーをも内包する。すなわち、中世ヨーロッパの魔女が使用した「飛行軟膏」、幻覚性植物による変性意識的離脱・飛行体験の焦点としての「ハイ・サバト」である。復興魔女宗の一派Sabbatic Craftにおいて「ハイ・サバト」は、エノク魔術における「アエティール」に相当する魔術的トポスとして提示される。中世ヨーロッパの魔女カヴンでは、メンバーが一同に会するのは1年に1度程度であったという。彼らはカヴンの物語、アストラルイメージを符牒として共有し、それぞれの暮らす場から変性意識下の「飛行」によって集合意識の焦点としての「ハイ・サバト」に赴いたのである。オフラインミーティングを介さず、電子メディア空間での物語(Narrative)の共有と意識の同調、交感を強化することは、ウフィカメンバーに課せられたエクセサイズでもある。

■縄文の女神信仰と巫女文化
ウフィカはアイヌ語で「焼き尽くす」を意味する。西洋魔女カヴンが拝する大地母神、有角神に該当するウフィカの神的イメージは、縄文期日本の出土品に透かし見る古代の女神であり、沖縄-台湾-ポリネシア、北海道-ロシアの「ヤポネシア」弧に広がる巫女文化に保存されている「火」のイメージに集約される。ウフィカメンバーはそれぞれが自己参入を果たした魔女でありながら、縄文の女神を祀る「火の巫女」としてのワークに取り組む。ある意味ではウフィカは縄文復興ワークグループであり、現代の実践シャーマニズムであり、ポストモダンの復興拝火宗でもある。

ウフィカの拝する「火」とは、それ自体最も根源的であり直接に体験されるエネルギーでありながら、古代より綿々と燃え続ける生命-意識、そして2011年の原発事故によって爆散した核エネルギーの重層的メタファーでもある。現時点で唯一使用されているウフィカのグラフィックイメージは、福島原発から外洋に流出する放射性物質の拡散予想図を炎に見立てたものであり、それは極東の竜がのばす火の舌のように見える。中東に保存される古代拝火教、特にイラクのクルド人宗派イエジディ派は、ペルシャ・スーフィズムと堕天使神話を介して西洋秘儀文化と「ツバル・カインの血族」としての古ヨーロッパ魔女宗に接続する。民俗学、比較宗教学、文化人類学の成果を踏まえた緻密なナラティブの構成により、現代日本人の「いまここ」に直接に繋がるスピリチュアル・エクセサイズと共同体のユニバーサルデザイン - Jomonian Witchcraftが目論まれている。

■電子的に拡張される口承文化装置
ウフィカのプラットフォームは先述のEvernoteやSkypeなどのネットツールであるが、要点となるエクセサイズ、課題、段階的イニシエーションは全て語りを録音した音声ファイルとして共有され、テキストデータは最小限に抑えられている。無文字文化であった縄文期日本の霊性に意識を向けるワークと継承の方法論が、発話修練と聴覚体験によって構成されている。ウフィカメンバーは火の巫女としてのワークの過程で、耳を澄ませ、自ら語ることによってのみウフィカの物語(Narrative)を継承していく。この特徴によって、ウフィカの段階的イニシエーションは記述や免状に依らない、参入者自身の心-身的Psycho-somaticな能力によってのみ伝達され得るものとなり、本来的かつ本質的な秘儀共同体のセキュリティが担保される。母から子への手遊び歌のように、ミニマルで生命力溢れる文化遺伝子のヴィークルが電子空間のパロール(語り言葉)として拡散していくのである。

ウフィカメンバーによる現時点での定例儀式に、毎週水曜日に開催される定例拝火式がある。23:00から30分間、ウフィカメンバーはチームリーダーの語りによる誘導瞑想音源を聴きながら、この時間に世界中で灯される「火」の観想と所定のアストラルイメージワークを行う。この儀式はウフィカメンバー以外にも広くツイッターなどで呼びかけられ、ロウソクなど小さな火を灯すことで気軽に参加できる、電子空間を介したオープンミサといった様相を呈している。心身的技法の実践に集中する女性限定の「火の巫女」たちと別に、ワークを実践しない「崇火会」が組織され、ウフィカの主旨に賛同する広く一般の男女が集い、人的・学際的サポートを行っている。

■「縄文魔女」のユニバーサルデザイン
みてきたように、ウフィカの目指す地平は西洋魔女宗の「お習い事」的な矮小化や趣味的没頭にはなく、女性的-心身的文化伝承の電子的-時空的拡張と、それに連なる「魔術的記憶想起」或は「転生」の文化装置デザインと実践、現代の個々人がそれを生き切ることが可能なユニバーサルな「魔女」のナラティブの獲得にある。ウフィカの標榜するJomonian WitchcraftとそのMethodologyはあらかじめ空間的制限を超え、文化遺伝子として時間的制限をも超え得るものとして、グローバルな広がりを指向していくものとなるだろう。

ウフィカについて語り足りない事柄も多く残るが、特に古ユーラシア神話世界やヨーロッパ伝統魔女宗、ガードナー以降20世紀カウンターカルチャーとしてのネオペイガン運動とウフィカが切り結ぶ文脈については、東京リチュアルより2013年年末から順次刊行予定の電子書籍シリーズ「伝統魔女宗叢書」「ルシフェリアン・ウィッチクラフト叢書」の翻訳資料・書き下ろし著作などでより詳細に論じていく予定である。




[参考リンク]
縄文魔女術実践グループ ウフィカ:http://uphyca.org
ウフィカ・twitter:https://twitter.com/UPHYCA1
水曜拝火式・twitterハッシュタグ:#uphycaWFR
谷崎榴美・twitter:twitter.com/LUMITANizaki
東京リチュアル・twitter:twitter.com/TokyoRitualJp
posted by bangi at 09:43| Comment(0) | 神秘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月01日

人工言語「アルカ」作者による伊勢原市元妻刺傷事件と動画について

以下の原稿はスピ系サイト「ハピズム」に掲載された原稿の、別バージョンである。

ハピズム記事:
前編 http://happism.cyzowoman.com/2013/06/post_2495.html
後編 http://happism.cyzowoman.com/2013/06/post_2500.html

文字数の関係でぼやけてしまった論旨を、お互いに補足しあうものとしてここに収録しておく。



神奈川県伊勢原市で起きた路上切り付け事件の容疑者、貞苅詩門容疑者が、ファンタジー系で一定規模のクラスタ(関心層)を形成している人工言語「アルカ」の作者セレン・アルバザード氏その人であった、ということで話題を呼んでいる。

 貞苅容疑者がyoutubeに投稿した動画は「中二病をこじらせた」症例として掲示板などで話題になっているが、いずれの動画にも目を見張るべきクオリティや、画面に映る貞苅容疑者のパーソナリティに発見と謎があり、単に「こじらせた中二病」として片付ける訳にはいかない深みが感じられる。この動画を足がかりに、貞苅容疑者は一体何をしようとしていたのか? 人工言語アルカのリアリティもあわせて、プロファイリングを行ってみよう。

■人工言語アルカとは?

 Wikipediaによると、アルカは1991年から制作が開始された人工言語である。エスペラントなど既存の人工言語と異なり、既存言語から語彙の借用を行わない、全くのゼロから背景となる風土・文化とともに創作されている。20年間で15,000語の語彙を擁するに至り、動画にみられるように短編動画や、アルカだけで執筆された小説も既に存在していることから、人工言語としては他に類をみない完成度に到達しているといえる。

 報道では、セレン・アルバザードこと貞苅容疑者は1981年生まれとなっているので、人工言語アルカプロジェクトの開始時点では10歳ということになる。やや早熟な異才とは言えるが、特にこの点を持って尋常ならざる天才性を示すものとは言えまい。注目すべきは、その後も「前中二病的」衝動を維持し、大学で言語学を専攻してアルカを一定のクラスタを要するプロジェクトとして離陸させた、その弛まぬ情熱と努力である。彼は確実に、幼少期から自分の意志を自覚し、自らを律してその実現に邁進することができた天才気質であると言えるだろう。動画に見る容疑者の面構え、立ち姿には堂々たるものがあり、いわゆる「オタク的」卑屈さとは異質の力強さ、一種のカリスマ性がみてとれる。

それでは、問題の動画をみていこう。

■貞苅容疑者出演・短編映画『魔法堂ルシアン』3つの謎 

 この「知られざるカリスマ」を巡る風景には奇妙な歪みがある。まずは全編アルカによって演じられる短編動画「魔法堂ルシアン」をみてみよう。



1、律儀なカット割りとプロレベルの照明
 アーティスティックなスキルやこだわりを持たない「純粋な」オカルトヘッドたち
が日々投稿する凡百の動画コンテンツは、回しっぱなしのカメラ前で延々と自説を論じる類いのものが多く、カット割りに拘る人は少ない。しかし、この動画は、現場でセリフを「順撮り」したのではなく、撮影時点で完全にカット割りが設計されたコンテ台本の存在が伺える。また、どのカットも照明によるハイライトが正しく設計されており、現場なりゆき撮影の場合に起こる“むら”がないのが特徴的。これはアルカ世界を一定のクオリティを持つ表現物として設計、具現化するプロ的なスキルが存在することを示している。

2、“絞り”ゼロのフラット映像 
 最近では一般的となった、デジタル一眼カメラによる浅い被写界深度(ピントのあう範囲の狭さ)による「雰囲気」がなく、ビデオテープ/カメラ時代のフラットな質感に基づいた「テレビ的」演出話法に貫かれており、貞苅容疑者の強い美意識とはやや異なる「垢抜けなさ」がみてとれる。比類なき人工言語の創作者としてはあまりにそっけない、情熱、美意識、表現欲求の欠落を感じさせる。

3、作為的!? ファンタジー的美術演出がゼロ

全編人工言語アルカ+日本語字幕で展開するにも関わらず、「一般的住居での撮影」「一般的な小道具」など「ファンタジー的」演出が施されていない。これだけ緻密な撮影計画を実行できるなら、ベージュ単色のカーテンを高級感のある重厚なベルベットに変更するなど、簡単にできる範囲でももう一工夫があって然るべきだ。画面から見てとれる「美術演出」は、不思議な文字盤の時計と、少女が手にとり眺めるアルカ語の本のみであり、あとは住居の本棚、小物などをそのまま使用している。あるカットでは壁のコンセントがあられもなく映り込むなど、現代日本の風景と無節操に地続きなのだ。

■短編映画『魔法堂ルシアン』からわかった3つのこと

 この無節操さから、筆者は2つの点を指摘したい。

貞苅容疑者は、カリスマでありながら孤独であった
映像を見る限り、プロが作ったとしか思えないクオリティ。しかしそのクオリティは、一手間を惜しまない情熱が欠落した、業者的な退屈さに支配されている。この点から、この映像はあまり親しくない、少なくともアルカクラスタの内部ではない、映像制作業者に発注して制作されたものではないかと推測できる。ここに貞苅容疑者を巡るアルカクラスタ内人間関係の稀薄さ、孤独が読み取れる。

2、純粋な創作世界アルバザードは、現代日本と癒着した「代替現実」へと移行しつつあった→貞苅容疑者にとって、アルバザードとアルカは高いリアリティ強度を持って構築された芸術的異世界であった筈だ。しかしながら『魔法堂ルシアン』は、魔法のアンティークショップに並ぶ品々に弓と日本刀があり、少女は和服を着ている。完全にアプリオリな人工言語アルカの達成とは似つかわしくない、アニメ・ラノベ消費者的な打算が蔓延している。貞苅詩門として生きる現代日本と、セレン・アルバザードとして生きるアルカ世界は奇妙に癒着し、純粋な強度を持つ創作世界から、曖昧なオルタナティブリアリティ(代替現実)への移行段階にあったことが伺える。これは芸術的な敗北とも、魔術的な成功ともとれる、この事件ならではの特筆すべき点である。

この推測は、次の動画で明らかになる。

■動画「発勁ノヴァ(nova)



この動画で、貞苅容疑者は「ユベール」という、アルバザード国の格闘技を紹介する下りで

「アルバザードにある、というか現実にまずあるんですが」

…と述べている。

続いて彼は、ユベールが「アルシェ」と呼ばれる現実のアルカクラスタ内で実践されている格闘技である、と述べている。続いて演じられる「ノヴァ」という一種の気合法の演舞には、確かに独特の動きのキレと説得力がある。

この点から、貞苅容疑者と彼を中心としたアルカクラスタ内の、特にインナーサークル的な親密さを持った周囲では、一定の強度を持ったリアリティとして「ユベール」が共有されている、という主張が読み取れる。しかし、その「親密なインナーサークル」は本当に存在するのだろうか? 「自撮り」の画面からはその熱気は感じられない。このリアリティは、貞狩容疑者とその周囲の人達の間に「温度差」がある、微妙な状態に宙づりになっているように感じられる。

「魔法堂ルシアン」の舞台が現実の日本の風景にレイヤードされたものとなり、アルカ、アルバザード、ユベールが純粋な創作世界から離陸し、合意現実と緩く並走する「オルタナティブリアリティ(代替現実)」へと魔術的に実体化/芸術的に弛緩していくプロセスが、この動画の「貧相さ=現実と地続きの弛緩感覚」として露呈しているように思える。アルカを支えるクラスタの活力と、実際の貞苅容疑者を包む孤独の薄雲の奇妙な並存は、この芸術的異世界/魔術的代替現実世界に引き裂かれつつあったアルカに対する、関係者個々人の温度差からくるものではないか。

■『魔法堂ルシアン』『ノヴァ』を見て、浮かび上がる、貞苅容疑者の人物像

 この2つの動画から読み取れるのは、アルバザードを純粋な創作物から「魔術的代替現実」へと変質させようとする貞苅容疑者の意志と、その困難である。事件後「トールキンになり損なった」と称されるように、彼の創作人工言語は言語学的に見て他に類を見ないほどの達成をなし得ている。しかしその言語学的・芸術的達成は次第に現代日本の「合意現実」と癒着し始め、同時に貞苅容疑者とアルカクラスタの間に温度差を生む。

 この困難の原因としては、彼の創作が「言語」という、リアリティの基底部に抵触するものであったことによる宿命的な避けがたさ、そしてそのことへの無自覚、無防備が指摘できよう。彼は一種の天才性を持って、エスペラントの創始者ザメンホフも、完全言語を探求した哲学者ウンベルト・エーコもなし得なかった言語学的偉業を、2chの人工言語板など大衆的なネットツールを使い、萌え絵に彩られたポップカルチャーとして軽々と達成してしまった。彼は在野の言語学者として歴史に名を残すほどの栄光を手にし、余生を送る事も充分可能だった筈だ。しかし彼は粗暴なストーカー行為と刺傷事件を引き起こし、自らその恩恵に浴する権利を捨て去った。一説によると、今回の犯行は1年ほど前に執筆され近親者のみに回覧された小説「セレンの書」の記述と驚くほど類似しているという。   

 ここに、彼が自身の創作言語を通じて自らを取り巻くリアリティを相対化し、曖昧な中間領域としてのオルタナティブリアリティ生成に向かう欲望、コンセンサスリアリティ内で約束された言語学者としての栄光よりも、オルタナティブリアリティを創造する魔術師としての挑戦に突き進んでいった確信的動機が見て取れる。彼の失敗は、合意現実への働きかけが粗暴な刺傷行為としてしかイメージできなかった、彼の魔術的想像力の貧しさにある。彼は言語学者としては一流であったが、魔術師としては二流であった。では彼は魔術師として、どのような態度で望むべきだったのだろうか。

■魔術師セレン・アルバザードの限界

 言語の創造は「神の業」にも比せられ、多くの哲学者、神秘家たちが探求してきたテーマだ。最も成功した人工言語エスペラントの創始者ザメンホフは、エスペラント運動中後期には語彙の編纂の第一線から自ら退き、「ホモラニスモ(人間主義)」と呼ばれる一種の倫理思想を提唱した。この事が、純粋に言語運動としてのエスペラントに期待していた層からの反発を呼ぶことになるが、結果的にザメンホフの「ホモラニスモ」はエスペラント文学のテーマとして生き残り、世界中の哲学者・思想家・社会運動家にエスペラントを印象づける一助となった。日本では宮沢賢治、大本教の出口王仁三郎といった文学者、宗教者がエスペラティストとなっている。

 翻って、セレン・アルバザードこと貞狩容疑者の創造した人工言語アルカは、純粋にファンタジー世界の設定に留まり、アルカならではの思想、象徴体系を育むことはなかったと思われる。これはある意味当然だろう。エスペラントでさえ、ホモラニスモ色は「エスペラントは宗教か」という論難を巻き起こし、運動を危機に陥らせた。萌えキャラとファンタジー設定に彩られたアルカが思想や倫理に接近すれば、瞬く間に「カルト」認定され、多くの離反者と熱狂的信者にクラスタを分裂させてしまうだろうことは想像に難くない。しかしながら、セレン・アルバザードがアルカを純粋な創作世界から代替現実へとシフトさせるという魔術的作業を行うのなら「アルカの倫理、思想、象徴体系」を構築するというこの大作業に、どうしても着手しなければならなかった筈だ。

 本稿冒頭で触れた動画「魔法堂ルシアン」で描かれる魔法の世界には、一貫した象徴性、深い文学性といったものが見受けられない。かわりにそこにあるのは、場当たり的で「それっぽい」だけの小道具、死んだ母の着物に執着する少女に魔法の霊薬を飲ませるだけの安易な救済、その救済の結果イケメン魔術師に恋慕する少女、といった、ラノベ的「中二」設定の虚ろな表象だ。ここに魔術師セレン・アルバザードの限界があった。もしも筆者がこの動画の制作スタッフとして関与していたなら、劇中の花の名前、その花言葉、並べられた石とその魔術的効能、暗喩と象徴性によって描かれる少女の内面の変化、といった要素を徹底的に作り込んだだろう。それはたとえば「アルカのことわざ」を創造し、それに基づいたストーリーテリングをつくりこむ、といった作業となった筈だ。つまり、アルカに思想的な必然性と一貫した象徴体系を付与し、文学的創造性の泉となり得る深み、「アルカの魂」を創造するという大作業だ。貞苅容疑者はそこには目を向けず、肥大した自意識との虚ろな戯れに終始していた。そのことを伝える動画として、もう一本の「自撮り」投稿動画がある。

■虚ろな記号で満たされた、オタク魔術師の内面



 この動画では、貞苅容疑者は路上の鏡にタンクトップ姿の自身を写し、立ち姿をチェックするような「自撮り」を披露している。なるほどなかなか見事な体躯ではあるが、ここに露呈しているのは、ナルシズムとともに身体性に没入する閉塞した自意識と、その稚拙な表現、幼児的自己確認の虚ろな儀式である。精神分析家ラカンの「鏡像段階」理論を思い起こさせるような、どこまでも孤独な心象風景だ。彼の内面に息づいた魔術的ペルソナ、セレン・アルバザードのネイティブタンであった筈のアルカには、人間の魂の深みに触れる力が付与されなかった。かわりに、ゲームキャラのような髪型、我流で鍛え上げられた中二的身体、オタク市場に氾濫する記号、記号、記号で埋め尽くされていた。それ故に、彼は言語の創造という「神の業」の領域を侵犯した時に、自身の心魂にかかる圧力に耐えきれず自壊したのではないか。

■アルカの今後

 高度な達成と優秀な人材に恵まれた人工言語アルカの未来には、創始者の痴情事件によって葬ってしまうには勿体ない可能性がある。現在アルカクラスタでは、2011年時点での「制アルカ」を古語として保存し、ラテン語に倣って新しい語彙を「俗アルカ」として吸収・継続していこうという議論もあるらしい。このクラスタが高い知的水準を維持し、真剣に人工言語の可能性を探求していることが窺い知れる。しかしその為には、オタク的記号消費から一歩踏み出し、人類文明に寄与するアルカの理念、人間精神の深みに脈動するアルカの象徴体系、つまり「アルカの無意識」のデザインに、勇気を出して一歩踏み出さねばならない筈だ。先述のとおり、エスペラントの歴史において、その魂ともいえる「ホモラニスモ」の探求はエスペラント運動を二分する論難を招いた。現代日本で、ネイティブスピーカーの内面に「アルカの無意識」が芽生える時、社会の合意現実は強い拒絶反応をもってそれを攻撃する可能性は高い。しかし、儀式を失い、言霊を失い、虚ろな記号遊戯に没頭する現代日本から、本当の意味での「魂の言語」を創造すること、それこそが、魔術師セレン・アルバザードが目論みつつ、貞苅容疑者には荷が重すぎた、大作業だったのではないだろうか。

※参照URL
http://rokurei60.wordpress.com
posted by bangi at 18:55| Comment(3) | ネット | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月25日

6月「愚者の旅」トート版 / KAOSGYM / 自分の儀式のつくりかた など


fool_wt2.jpg

6/22(土)23(日)24(月)は、東京・汐留で東京リチュアルと現代タロット研究会の講座を集中開催。

5/18渋谷トランプルームでスピ・占い系大手サイト・ハピズムとの共催「ハピズムサロン」に続き、賑やかしい感じが続く。気は休まらないが充実しており、非常に楽しい。現タ研・東リチュ講座の回数を重ねるたびに、新しい出会いと視点、思いもよらなかったニーズなどを発見し、いま東京はかつてないほどの"Occulture"ムーブメント(ブームにあらず)のネットワークが静かに接続拡大しているように実感する。たぶんこの空気から真に新しい価値を創造していくのは、いま10代20代の若い人たちだろう。彼らが古い文脈に足を掬われることなく、のびのびと快活に惑星規模の拡張神経系に接続していくのは明らかだ。今起きていることはその露払いに過ぎない。

日程は以下の通り。各講座詳細は下のリンクを参照していただくとして、「いま」の熱気のこもった空気感を味わうには非常にいい季節、タイミングだと思うので、ご縁を感じた方は遠慮なく、なにとぞひとつ。

ritual01.jpg

■6/22(土)
13:00-16:00 Salon de 現タ研「愚者の旅 ライダーウェイト篇」
17:00-21:00 バンギ・アブドゥル「KAOSGYM」

■6/23(日)
13:00-16:00 Salon de 現タ研「愚者の旅 トートタロット篇」
17:00-21:00 東京リチュアル「自分の儀式のつくりかた」

■6/24(月)
13:00-16:00 Salon de 現タ研「愚者の旅 ライダーウェイト篇」

■受講料
愚者の旅(各回):7,000円
KAOSGYM/自分の儀式のつくりかた(各回):6,000円
※会場費別途(人数割:1,000円以内)

■上記全講座のうち、
2講座お申し込みの方:1,000円割引
3講座以上お申し込みの方:2,000円割引

■詳細ページ:
東リチュ http://tokyo-ritual.jp/event.html
現タ研 http://eugenius.jp/gentaken/salon_vol4_5




posted by bangi at 13:57| Comment(0) | 編集部だより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月07日

【ストリーミング】アレイスター・クロウリー「法の書」朗読会2013 on Ustream

slide_small.jpg

セレマの聖なる3日間
OTO公式訳によるアレイスター・クロウリー著「法の書」
ちゃんと!朗読会2013

【詳細URL(ストリーミングURLへのリンクがあります)】
http://tokyo-ritual.jp/podcast.html

4/8 0:00- 第1章 朗読・谷崎榴美
4/9 0:00- 第2章 朗読・御影舎朔
4/10 0:00- 第3章 朗読・バンギ・アブドゥル
(日付変わってすぐの深夜です!お間違えなく)

テキスト:「法の書」OTO公式訳 (Sor. Raven訳) 
http://www.otojapan.org/nihil/docs/L220_Japanese.pdf

【去年の朗読会の模様】
http://tokyo-ritual.jp/videos.html#al
http://23youbi.seesaa.net/article/263790318.html

主催:東京リチュアル http://tokyo-ritual.jp
※本番組・イベントは東方聖堂騎士団、OTO JAPAN他関連団体とは一切関係ありません。
posted by bangi at 12:02| Comment(0) | 詩と芸術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年03月27日

【現タ研】3月〜5月のタロット関連スケジュール

現代タロット研究会(現タ研)での活動が活発になってきた。
3月から5月のスケジュールを更新してみた。我ながら忙しそうだ。

logo.png

現タ研 http://eugenius.jp/gentaken/

現タ研 Facebookページ: 現代タロット研究会

たくさんトピックがあるのでここで少しまとめておきます。



■翻訳者による「タロットワークブック」実践講座、4月大阪&5月東京開催!

tarotworkbook_cover.jpg

4/13(土)大阪/入門編 10:00 – 16:00
4/14(日)大阪/初級編 10:00 – 16:00
5/19(日)東京/入門編 10:00 – 16:00
5/20(月)東京/入門編 10:00 – 16:00

好評のみっちり1日講座、遂に東京でも開催。
詳細:http://eugenius.jp/gentaken/tarotworkbookcourse/



■新企画「Salon de 現タ研」は、タロットを楽しむティーパーティ・レクチャー!

salon.jpg

タロットに関する様々なテーマで、お茶とお喋りの午後を楽しむ”Salon de 現タ研”。実占経験豊富なタロティストも、幅広い視点からタロットを知りたいアーティスト、研究者も、ティータイムの楽しみとしてタロットに親しみたい趣味人も、どなた様もお気軽にご参加ください!

Vol.1 「FOOL’S JOURNEY – 魂の旅としてのタロット」(岡山)
3/30(Sat.) 「愚者の旅 - 大アルカナ22枚の物語」
3/31(Sun.) 「実践基礎・3カードリーディング」

※これは国内初・アイソレーションタンク併設の心療内科HIKARI CLINICの週末ワークショップの一環で行うもの。心療内科ならではの霊的で落ち着いた雰囲気で、アクティブイマジネーションなどを挟みながら大アルカナ22枚の物語「愚者の旅」を体験するもの。試みとしては一番刺激的で、今から楽しみ。
詳細:http://eugenius.jp/gentaken/salon_vol1/

Vol.2 「タロティストの万華鏡」(大阪)
4/20(Sat.) 「タロティストの必要充分カバラ」
4/21(Sun.)「タロットへの数秘術的アプローチ」

※これは以前は「ワークブック講座」中級以上にいれていたものを、個別のトピックごとに切り分けて受講・聴講しやすくしたもの。
詳細:http://eugenius.jp/gentaken/salon/

Vol.3「FOOL’S JOURNEY – 魂の旅としてのタロット」(東京)
5/17(Fri.) 「愚者の旅 - 大アルカナ22枚の物語」

※これは3/30岡山と同じ内容です。場所は東京リチュアルオフィスルームにて。
詳細:http://eugenius.jp/gentaken/salon/

東京リチュアル:http://tokyo-ritual.jp
東京リチュアル Facebookページ : http://www.facebook.com/tokyoritual


バンギ・アブドゥル 予約鑑定「Hair & Fortune」(岡山)
4/6(Sat.) 4/7(Sun.) 11:00 – 19:30

※前回やってみた楽しかった&好評だった、ヘアサロンViharaでの鑑定。髪を切りにきたお客様が開催を知って、ついでにタロットをめくっていくという出来事に個人的に示唆深いものを感じた。ヘアカットも占いも、気分を変え、自分を変え、未来に自分を開いていく、ささやかなおまじないのようなものだ。お洒落で居心地のいいサロンの2F多目的スペースに、春の日差しを受けながら2日間常駐しています。
詳細:http://eugenius.jp/gentaken/info/




予約・お問い合わせなどはそれぞれ詳細ページにて。ENJOY!
posted by bangi at 01:38| Comment(0) | 編集部だより | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする