2012年02月22日

時間憲法 Constitution Of Time


昨年から暖めているアイデアで、2013年にNPO法人設立と併せて進める予定のプロジェクトについて、さわりだけだがここに記しておこうと思う。

そのアイデアは昨年11月頃、東京から岡山への約10時間の(助手席での)ロングドライブの最中に、ふと閃いた。




■311、未来への想像力

原子力技術の問題点は様々なレベルで論じられるが、「未来に対する責任」を問う倫理的な問題としての批判は思いのほか少ないように思われる。当然そういった視点からの危機感は広く共有されてはいるだろうが、明瞭に言語化されてないのではないか。

それはひとえに、我々人類が10万年ものスパンの時間軸を扱うだけの想像力を持ち得てないことに依るのではないか。

手元に資料がないのでうろ覚えだが、フィンランドのオルキルオトに建設される放射性廃棄物保管施設は、10万年後の文明に対して「ここに危険な放射性廃棄物が保管されている」ことを伝えるための施設デザイン案を公募した(だったと思う。ヨーロッパのどこか他の施設かも知れない)。10万年後となると文明も言語もどうなっているかさっぱり予測できないので、鋭角でトゲトゲしく向き合う灰色の塔など、象徴的・元型的なレベルで「入るなキケン」というメッセージを伝える建築デザインのコンペティションとなり、数点みた応募作品の戦慄が走るような美しさに息を飲んだ記憶がある。これなどは、人類が10万年後の世界に対する想像力を獲得しようともがき、メッセージを伝達しようという意志を表した例だが、他にも同様のスケールの時間軸を扱うプロジェクトがあるとは寡黙にして聞かない。

現在の未熟な原子力技術の根本的な問題点は、未来に対する無責任だ。未来に対するViolationがかくも公然と行われる理由は、それが悪いことだと考えていないから、すなわち時間軸に広がる想像力と倫理を未だ人類が獲得していないからだ。しかし、311を経て我々は数千年、数万年単位での汚染という危機に直面し、それが今日明日の日常の危機と地続きであることを思い知った。

広島、長崎、福島と3度に渡る核汚染を経験した日本人の脳神経回路に、必然性に導かれて遂に発火するあるアイデア。それは空間座標のみならず時間軸座標に拡張される倫理の体系、すなわち時間憲法 Constitution of Timeだ。(※1)



■空間の倫理/時間の倫理

「人権」や「平和」といった、これまでどうにかこうにか人類が獲得してきた(いわゆる)「人類普遍の価値」と並び、次なる文明の成熟段階において必ずや到達するであろう、その到達なしには文明の終焉を覚悟するほかないであろう(進化をやめた生命が留まることはない。進化を放棄した瞬間、それは直ちに退化し始める)人類の新たな倫理、その表現形態が「時間憲法」だ。

「自由 Liberté」「平等 Égalité」という概念が示すように、人類の現時点での倫理的到達点は「空間的な」想像力に依拠している。万人は「地球上のどこにいても」すなわち「空間的」に等しく尊重され、幸福を追求し、相互理解と寛容をもって平和と繁栄を目指すという倫理的責任を、人類はどうにかこうにか獲得した。これだって割と最近のことだ。大航海時代を経て通信衛星と電子メディアによる「空間のフラット化」が、「空間的」人類普遍の価値というものをかろうじて生み出した。エチオピアの飢餓は救済されねばならず、中東の民衆は独裁政権から保護されねばならず、男女は同じオフィスと給料で労働できなければならない、という訳だ。

交通と通信の技術発展は、この惑星表面の有限性の認識に基づく「最大多数の幸福」を追求する必然として「球形の膨張=フラット界面の獲得」という結論を既に予感させている。次に起こるのは、情報技術の発展による「記録」と「記憶」とのフラット化と、「歴史」の変容、率直にいえば「時間の終わり」だ。



■単線時間軸の終焉

いうまでもなく「歴史」は常に解釈され、変奏され、改変され放棄されてきた。ボトムアップ式に生成と淘汰のメカニズムによって形成されてきたのが「神話」であり、国家をはじめマルチレベルなコミュニティにおけるコモンセンスによって定義・運用されてきたのが「歴史」である。しかしその両者は、現在の情報技術的状況において避け難い変容を迫られている。(※2)分散型ネットワーク上にあらゆる出来事が記録され、ハイパーリンク化された無限のコンテクストが一瞬一秒生成され続けるこの世界で、歴史の単一性、神話の権威、すなわち「単線の時間軸」はもはや不可能となる。全ての起こりえた過去と全ての起こりえる未来が融合・フラット化した時、人類は「異なる時間軸」間の交通を確保する基本ルールのグランドデザインを獲得しなければならなくなる。(※3)


■時間憲法 Constitution of Time

時間憲法は、大きくは上記二つの「時間軸上に拡張される倫理」と「異なる時間軸間の共有倫理」を規定する。我々は未来を略奪してはならない。我々は過去を搾取してはならない。我々は異なる時間軸を尊重し、相互理解と共存を目指さなければならない。異なる時間軸間の使節、また旅行者は、その安全と権利が保障されなければならない。



この新たな倫理の獲得と表明によって何が起きるか。

それは現在の原子力技術の何が問題でなぜ克服しなければならないのかという問題に、倫理的基盤を提供する。

それは異なる時間軸の共存を可能とするための倫理的基盤と実践のグランドデザインを提供する。

そしてもうひとつ。これは後述する。



目下のところ、時間憲法そのものについて語るのはここまでにしておこう。現在、憲法学者やアーティストなど様々な人たちとアイデアをシェアし、協力関係を築き、さらに深く掘り下げながら「憲法草案」というかたちに纏めあげ、しかるべきタイミングで公開する準備を進めている。

この憲法草案はオープンソースプロジェクトとして共有される。すなわち、ネットワーク化された集合知による人類最初の憲法をつくる、という実験でもある。





■余談

人類学者/化学者テレンス・マッケナの「タイムウェーブゼロ理論」では、火の獲得から車輪の発明、自動車や航空機に情報ネットワークへと至る人類の技術の進化は、累乗的な加速度を伴っているとする。すなわち、車輪から自動車までの進化に数万年を要したのに、自動車から航空機までは僅か200年程度で到達、飛行機から月面への人類着陸は僅か50年ほどしかかかっていない。この加速度曲線を基にマッケナはタイムマシンの発明を2012年と予測した。

しかし、2012年すなわち今年中に、人類はタイムマシンテクノロジーを獲得できそうかというと微妙なところである。これはどういうことだろう。

2012年を「タイムマシンテクノロジーの実現」ではなく、先述のような「時間概念の拡張」として捉えると、昨年末からおれの頭に飛来し今このブログ記事として公にされた時間憲法プロジェクトの持つ意味が見えてくる。

もうひとつ。
「時間憲法」は、「異なる時間軸間の使節・旅行者の安全と権利」を保障する。
人類の意識と文明の成熟度がこの時点に到達したことを見て取った瞬間、既に「異なる時間軸間の連合文明」を実現した知性は我々の時間軸に外交官を派遣するだろう。そして我々に、いわゆるタイムマシンテクノロジーを贈与するだろう。

タイムマシンテクノロジーとは、我々人類自身が、現在の科学技術の延長線上に発見・獲得しなければならないものではなく、またそんなことは不可能かも知れない。しかし、我々がその技術を所有するに値する、高い文明度と倫理哲学を獲得した高度な知的生態圏であることを証明できれば、それは突然我々の時空間に穿たれた穴を通じて、渡航の安全と真摯な対話の機会を憲法によって保障された時間外交官の公式訪問をもたらす合理的な理由となり得る。


このプロジェクトは2013年を目標として設立されるNPO法人「瀬戸内海文明デザイン&コミュニケーション」の最初のプロジェクトとして推進される予定である。書き足りないことも膨大にあるが、ひとまずは筆を置く。(※4)

2012年2月22日 常に新しい都にて
KAOTAOATOAK





※1
「憲法」と書くと大事に思えるが、英語では日本国憲法もWHO憲章も同じConstitutionである。時間に関する人類普遍の倫理を規定するConstitutionは、たとえばWHO憲章やユニセフ憲章などと同じレベルで実現可能なことに過ぎない。


※2
記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済 武邑 光裕 http://www.amazon.co.jp/dp/4130634526/ref=cm_sw_r_tw_dp_wRhrpb0HVXJV9


※3
黒人も白人もイエローモンキーもわたしたち人類皆兄弟。イルカもクジラも宇宙人もお友達。我々はみな「この」宇宙の「わたしたち」これに根本的な異論が唱えられることは現代ではそうそうにないだろう。翻って時間憲法が提示する新たな挑戦の地平とは、ご先祖様も未来人も、「全てのあり得た、あり得る宇宙」のみんなが「わたしたち」だという認識に我々が到達できるかどうか、ということである。放射性廃棄物の件をみても、現在の人類は未だこの認識に到達し得ていない。

※4
ついでに近況報告。今はこれやってます。
http://www.eugenius.jp/ichi311/index.html



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2012年01月14日

光の蛇 The Serpent of Light

某所でヨガにおけるクンダリニーワークと西洋魔術における身体訓練「中央の柱Middle Pillar」の関連性についての話題がのぼり、独自に開発し長年親しんでいる個人的ルーティンがなんらかのヒントとなり得るかと思い当たったのでここに記す。

要点としては「中央の柱」における「光」の感覚、ヨガにおけるバンダ(締め付け)とスシュムナー(チャクラを結ぶプラーナの経路)の感覚を、土方巽、大野一雄、笠井叡に連なる舞踏の系譜に保持される身体-イメージ操作法のもとに統合した訓練ルーティンであり、いかなる象徴言語体系、あまたある神秘的身体観にも依拠せず、(想像力を含めた)純粋な体術としてパッケージされたもの、ということだ。つまり、ここではLVXの薔薇十字もチャクラに投影されるヤントラ図像もなく、「明るさ」「熱感」「圧力」といったミニマルな要素に還元された身体エネルギー論が展開されつつも、同時に西洋魔術的身体、ヨーガ的身体、舞踏的身体の「体感」のエッセンスが抽出・凝縮されている。このルーティンに習熟するのみではクンダリニーの上昇や悟りなどの神秘体験が得られる訳ではないが、しなやかで高圧力に耐え得るバッテリーとしての背骨と、その回路に迸る生命エナジーの感得、そしてそのダンサブルな表現を増強するものであり、それが何の役に立つのかと問われれば、、、その回答はウィトゲンシュタインの「語りえないものへの沈黙」の流儀に倣い、読者自身の思索と体験に委ねるのみである。

暗中模索、試行錯誤の鈍愚の航路を照らし導いてくれた我が3人の師に捧げる。

See what's happen & Enjoy.

(注記:心臓病など疾患を持つ人は実践にあたり医師と相談すること。実践によるいかなる疾患負傷に関しても筆者は一切責任を負わない旨確認した上で自己責任において実践されたし。)

光の蛇 The Serpent of Light

■光の下降

1.足は肩幅で直立し気息を整える

2.目を閉じ、頭上遥か上空が一面の明るい白色光で満ち輝いている様を想像する。(※1)

3.吸気しながら指先を伸ばした両手を左右一杯の弧を描きながら頭上へ伸ばす。 まっすぐなバンザイのポーズで息止めて一端キープ。指先、頭頂を細い糸でまっすぐに吊られる感じで、キープしたところからさらにもう一息吸気、踵あげ背伸びでキープ 背伸びと同時に頭上が一層明るくなるイメージ。

4.ゆっくり呼気とともに両手人差し指親指で三角形をつくり眉間に降ろし、息は吐ききらずここで一度キープ。 眉間の奥、松果体の位置に光源をイメージし「体内が明るい」イメージ。かすかな熱感。

5.残した息をゆっくり呼気しながら三角形を下向きにして性器の位置まで降ろし、僅かに息を残してキープ。 会陰部で「体内が明るい」イメージ。熱感。

6.そのまま息をゆっくり長く吐ききり、手は両側でリラックス。肩腕指先胸骨骨盤を重力に任せリラックスした状態で直立。足下遥か地球の中心に赤みを帯びた明るさと熱感をイメージ。


■蛇の上昇

7.息を吐ききった状態をキープしたまま肛門をバンダ(締める)。尻穴のひだを体の内側に巻き込み、背骨を通して頭頂からでた糸でそっと引っ張りあげる感じ。

8.自然な吸気とともに性器が暖かくなるイメージ 尿を止める要領で性器を軽くバンダ。バンダを解かずに息だけストンと吐ききってリラックス&キープ。(※2)

9.再び自然な吸気とともに下腹部の筋肉を微かに締めて骨盤を掴み、骨盤を前後左右の水平をとって丹田の一点をバンダ 。定まったらバンダを解かずに息だけストンと吐ききってリラックス&キープ。

10.再び自然な吸気とともに横隔膜を引き下げて丹田に息を入れる。楽にいっぱい入れきったら喉を軽く閉じ、息を止めたまま背骨を通って頭頂に抜けている糸で横隔膜を引き上げ胸骨を開き胸をバンダ。胸の中心から熱感が喉の奥と涙腺を刺激し緩む感じ。暖かく優しい感覚を味わい、バンダを解かず(横隔膜を下げず)息をストンと吐いてリラックス&キープ。

11.息を吐ききった状態のまま喉を顎を胸に付けるようにいて喉を押しつぶし、喉の気道が塞がれた状態をキープしながら(顎を引きながら)再び頭を起こしつつ横隔膜を降ろして喉をバンダ。重力で引き下げられる身体各部と横隔膜、バンダで締め上げられる背骨のテンションで、体内の真空が引き延ばされる感じを味わう。(※3)

12.適当な頃合いで喉のバンダを微かに緩め、喉の頸骨側奥を伝う細い吸気とともに、胸骨から上の背骨、頸骨、頭頂部をさらに真上に伸ばし耳の穴を開いて、息を松果体の位置まで入れる。息が入りきったところで眉間が内側にめりこむようなイメージで眉間をバンダ。

13.そのまま可能な限りキープ。頭頂からでている糸が遥か上空にまで伸び、遠く成層圏を吹く風に心地よく揺れているイメージ。

14.両手を体側に沿って腰、胸、頭上へと持ち上げながら(※4)、足の下地球の中心から艶かしい熱感が足、尾てい骨、背骨、頸骨、松果体に伝って蛇のように絡まりながらゆっくり上昇し、頭頂部から抜け出て頭上30cmの空中でとぐろをまくイメージ。呼気とともにとぐろを巻いた蛇が糸を伝って天上の光のなかに昇り消えていくイメージ。

15.伸びをして体をほぐしリラックス、またはシャバアーサナ(死体のポーズ)。以上で1セット完了。


(※1) この感覚の習熟には、目を閉じて部屋の照明を付けたり消したりして感覚を味わう、また目を閉じて額や体の各部位に懐中電灯を照らすなどの稽古が有効である。

(※2)肛門、横隔膜、喉以外の部位で「バンダ」と指示されているものは、微かで自然な筋肉の締め付けを伴うものの、肉体よりもややEthericな、微細体Subtle Bodyにおけるチャクラのバンダを指す。胸に関しては胸骨の位置を固める肉体的バンダと、アナーハタチャクラのEthericなバンダの混合となる。微細な感覚によるチャクラのバンダは、カメラの絞り羽、あるいは肛門括約筋の締め付けや閉じる気孔のようなイメージを各チャクラ位置に視覚化することも助けとなる。

(※3)この時やや苦しいが喉はしっかりとバンダされているので息は通らない。酸欠による意識の瞬間的なブラックアウト、転倒・負傷の危険があるので、自身の習熟度に併せて度を超さない加減を調整する。

(※4)体を包み込むようにそれぞれの手で反対側の体側を沿わせる。つまり「シャツを脱ぐように」両手を上げていき、最終的にバレェのアン・オーEn hautのかたちとなる。


■解説

この身体訓練法は、西洋魔術に於ける「光」を視覚化し体幹へ降ろす「中央の柱MIddle Pillar」のイメージ行法と、ヨーガに於ける下から順にチャクラを締めあげていくバンダの身体行法を組み合わせたルーティンとして設計されている。背骨を通る光の通路、個別のチャクラのバンダの感覚、バンダによって背骨の圧力を高めていく感覚に習熟することによって、蛇としてイメージされるエナジーが一種の官能性、恍惚感を伴いながら天上の光へと上昇していく体感をつくりあげ、圧力を高めた身体エナジー(クンダリニー)を上昇させる強健な背骨の路(スシュムナー)を開発することを目的とする。

10.の感情の揺れを伴う熱感、11.の「息を吐いた状態でのバンダ」と12の内耳拡張、松果体への集中の段階で、軽いめまい、内耳圧・眼圧の変化、頭痛のような熱感、圧力を感じる場合がある。こういった感覚はクンダリーニヨーガ実践において報告されるものと類似しているが、このルーティンでは深い瞑想やイメージへの集中に頼らずより簡潔な身体操作の手順によって、速やかかつ穏やかに同等の身体感覚・意識変容を促す。しかしながらめまいや酸欠によるブラックアウトと転倒はほとんどなす術ない程に突然に起こるので、無理をせず、安全への注意は万全でなければならない。

このルーティンにはハタヨガ、中央の柱を代表とする西洋エナジーワーク、そして舞踏の身体イメージ操作のテクニックが統合されている。すなわち実践者は自身の専門領域に留まらず、ヨガ、エナジーワーク、ダンスの訓練に広く親しむことで、この技法のより深い理解と自身による技法拡張の機会が得られる。
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2011年12月25日

子どものための法の書


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クリスマスイブは自宅で聖母マリア像とキャンドルライトの即席アルターでワインを楽しんだら、今日クリスマスはかねてから暖めていたアイデア、「法の書」口語訳をなんとなく仕上げてしまった。一種のクリスマスギフトとして、ここに公開する。

20世紀の霊的巨人、アレイスタークロウリーが1904年カイロで受信したお筆先文書であり、難解極まりないと評判の「法の書」だが、おれはかねてよりその晦渋さよりも率直で官能的な詩的情景に心躍らせ、常々「法の書はまず詩として読め」と喧伝していた。しかし詩として読むには勿論原文にあたる必要があり、また幾つかの既存訳も訳詩としてのクオリティを追求しているものではないので、「詩としての法の書」はいずれ手をつけなければならないタスクとして胸裡に暖められていた。そして今回、儀式にもフィットする文語調の新訳を進める過程で、もうひとつの可能性、つまり子どもたちに向けて開かれた幻想詩としての「法の書」に思い至り、さくっとやってみた次第である。

この試みはひとえに純粋に美しい詩的情景として、ヌイトが直接に子どもたちに語りかけてもいいのではないか、という想いに依拠するものであり、子どもに対する教化を意図したものではないし、おそらくそのような狭義の意味での教化はそもそも不可能な代物だろう。しかしセレマイト(クロウリー信奉者)のご家庭で読み聴かせる絵本として法の書第1章があってもいいのではないか、程度にはその「教育的効果」を期待するものである。

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そもそも「えほん・ほうのしょ」とするならば第1章のみ、それもヌイトが語る謎めいた暗号や深淵な教えはばっさり割愛し、天界の一行が降り立つ砂漠の夜、香しい汗の香水と燃え上がる蛇の炎、狂おしい愛の歌とその消失、というドラマにフォーカスしたものとなるだろう。まーそもそもはそういうイメージではじめつつ、とりあえず第1章全文を口語訳で訳出した時点で、対象年齢を小学校高学年以上とした「児童文学・法の書」のかたちにまとめてみたという訳である。小学校高学年向け、とはいえ、むせ返るような扇情的エロティシズムやニーチェにも通じるハードコアな思想は、間違っても学校推薦図書として夏休みの課題に選べるような作品とはなり得ないが、自分が読んだ「法の書」を、子どもに向けて再話するという行為それ自体が(クロウリー自身による付言を敢えて無視しつつも)セレマ探求の作業Workとして意味を持ち得るだろう。

原文はたとえばここで参照できる。訳出にあたり、国書刊行会から出版されている既存訳、およびOTO公式訳は殆ど参照しないで、原文から訳出した。そのため、一部文意解釈が既存訳と異なる部分がある。さらに、子ども向けの口語訳とするために、随所に意訳・簡素化を行っている。また、縦横無尽に張り巡らされたカバラ的暗号や象徴表現はそもそもが翻訳不可能なものである。しかし、ヌイトが直接に子どもたちに語りかけながらも、その思想、エロス、神秘的・美的強度を損なうことなくセレマのエッセンスを写しきったものと自負している。

是非、お子様に!

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(追記:文中、Ecstasy は「ひかり」とした。我ながら悪くないと思っている。)
(追記:「えほん・ほうのしょ」制作に協力してくれる画家、連絡乞)
(追記:なんだかんだでSor.Raven訳OTO公式訳は参考にさせて貰った。読み返すと随所にその足跡が残っている。ありがとう。)

法の書
ほんやく:聖子ちゃん(小学五年生)

The Book of the Law
Liber AL vel Legis
sub figura CCXX
as delivered by XCIII = 418 to DCLXVI
Chapter 1.

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1

1.ハドよ!(そう叫んで、ヌイトがあらわれた。)

2.(天国の一行が秘密のベールを開く。)

3.男と女は、みんな星。

4.どんな数字も、ほんとは無限で、同じです。

5.テーベの戦士王よ、わたしがみんなの前に姿をあらわすのを手伝って。

6.ハディートよ、わたしの秘密の中心、わたしの心臓、わたしの舌。

7.みて!ホオル・パアル・クラアトのみ使い、アイワスが秘密を明かします。

8.クハブスはクフのなか。クフがクハブスのなかじゃないわ。

9.だからクハブスを大切に。そうすればわたしの光があなたを照らします。

10.わたしに従うものは、ほんの少しの、みえない人たち。だけどたくさんの人々を助けます。

11.人々が崇めているのは、とんちんかん。神様も崇める人も、とんちんかん。

12.おいで、わが子よ、星空の下へ。そして愛で満たされるの。

13.わたしはあなたの上に、そしてあなたの中に。わたしの光はあなたの光。あなたがうれしいと、わたしもうれしい。

14.(宝石をちりばめた星空は、ヌイトの輝くはだかのからだ。彼女はうっとりしながら、ハディートの秘密の情熱に口づける。)
翼持つ珠、きらめく星空はわたしのもの。そうでしょ?アンク・アフ・ナ・コンス!

15. おわかりかしら? 選ばれた司祭にして無限の空間の使徒は、王子司祭ビースト。そしてその妻スカーレットが、全ての力を与えられています。その二人が、わたしの子供たちみんなを暖かいおうちに導くの。星の輝きがみんなの心に降り注ぎます。

16.ビーストが太陽なら、スカーレットは月。だけど彼にとっては翼はためく秘密の炎、彼女にとっては流れ星。

17.だけど、あなたはそうじゃない。

18.彼らの額で燃え上がれ、光の蛇!

19.青いまぶたの女よ、抱きしめて!

20.儀式の鍵は、私が彼に教えた秘密のことばの中にあります。

21.神様と、神様を崇める人々にとっては、わたしは無。彼らにはわたしがみえない。彼らは地面にいて、わたしは天にいるから。わたしとわたしの主、ハディートのほかに、神様なんかいないのに。

22.今、わたしはヌイトという名前であなたに知られました。彼には、最後の最後、彼がわたしを知るときに、秘密の名前を知らせます。わたしは無限の空間、無限の星々。だからあなたもそうなのです。しばりつけてはいけません!あなたと、あなた以外のもの、あらゆるものとを、区別しないで。そんなことをすると、いたみをもたらすから。

23.だけどそれがじょうずにできたなら、その人こそが導き手。

24.わたしはヌイト。わたしのことばは6と50。

25.引いて、足して、掛けてみて。わかったかしら?

26.(うるわしきヌイトの預言者にしてしもべが、こう言った。)
「わたしは誰なのでしょうか? そのしるしは何でしょうか?」
(するとヌイトは、かがみこみ、青い炎を揺らめかせ、すべてに触れて、すべてにしみ込んで、愛しい手は黒い大地に、しなやかなからだは愛で弓なりに、やさしい足は小さな花のひとつも傷つけず、こう答えた。)
あなたにはおわかりのはず! そのしるしはわたしのひかり、絶えなく続くものを知るこころ、いつどこにでもあるわたしのからだ。

27.(そして司祭は、彼女の愛らしい眉に口づけ、甘く香り立つ汗の香水の中、彼女の光の露を全身に浴び濡れて、空間の女王に答えた。)「ああヌイト、天の絶えなきものよ。人々があなたをあるものではなく、ないものとして語り、ついには口にさえしなくなりますように。あなたがあるかぎり、永遠に。」

28.かすかでうっとりするような、星のひかりをささやく、ないもの、だけどふたり。

29.わたしは愛のため、いつかひとつになるために、別けられているから。

30.これは世界のはじまり、別けられていることのいたみはなんでもないわ、とけていくよろこびがすべて。

31.とんちんかんな人たちとその苦しみは、気にする必要はありません。彼らは少ししか感じない。少しの苦しみは、少しの喜びでおあいこ。だけどあなたは選ばれた人。

32.わたしの預言者についていきなさい。わたしを知るという試験をやりぬくの。わたしだけを探し求めなさい。そうすれば、わたしの愛のよろこびがあなたをあらゆる痛みから救うでしょう。本当にそうなのです。わたしの全身、わたしの聖なる心臓と舌、わたしが与えることのできるすべて、わたしがあなたに望むものすべてをかけて、そう誓います。

33.(すると司祭はぼう、となって、天の女王に言った。)
「わたしたちのために、試験を書き記してください。儀式を書き記してください。法を書き記してください!」

34.(しかし彼女はこう答えた。)
試験は書き記しません。儀式は半分だけ教えて、半分は隠しておきましょう。法はみんなのもの。

35.あなたが書き記すこのおはなしが、法の3つの書。

36.わたしの書記官、アンク・アフ・ナ・コンス、王子たちの司祭よ、この書の一文字たりとも変えてはいけません。だけどまちがいのないように、ラ・ホオル・クイトの知恵によって説明するのはかまいません。

37.また、真言と呪文、魔法とおまじない、杖の術と剣の術を、学び、教えなさい。

38.教えなくてはなりません。だけど、試験は厳しくしてもいいでしょう。

39.法のことばは「セレマ THELEMA」です。

40.わたしたちをセレマイトと呼ぶならば、それは間違ってはいないでしょう。ことばをしっかり調べるならば。そこには隠者、恋人たち、地の人間という3段階があるのだから。あなたの意志を為しなさい。それが法の全てです。

41.罪のことばは「しばり」です。人よ、妻が望むなら、拒まないで。恋人よ、あなたが望むなら、往きなさい。別けられたものをひとつにするものは、ただ愛だけ。そのほか全てはのろいなのです。のろわれしものはずっとのろわれてればいいわ、地獄みたいにね。

42.しばられ、嫌みばかりをいう人たちは、ばらばらなままにしておきなさい。あなたのすべても。あなたは、あなたの意志を為すこと以外になにも権利を持ちません。

43.そうすれば、だれもあなたをしばりません。

44.目的を忘れず、結果にこだわらないきれいなこころは、いつでも完璧なのだから。

45.完璧と完璧を足しても、ひとつの完璧になるだけ。いいえ、無になるのかも!

46.無はこの法の秘密の鍵。ユダヤ人はそれを61と呼びます。わたしはそれを8、80、418と呼びます。

47.だけど彼らとははんぶんこ。だから、あなたがひとつにして。すべてが消えて無になるように。

48.わたしの預言者は、1、1、1のとんちんかん。それって雄牛じゃないかしら?ここでは無ってことかしら?

49.儀式も試験もことばもしるしも、みんな今では役立たず。ラ・ホオル・クイトは神々の春秋分点で東の座に就きました。それぞれひとりのアサルとイサは一緒にしておきましょう。だけどそれはわたしには関係ないこと。アサルを崇めて、イサはくるしむ。秘密の名前と輝きまとう、ホオルこそが伝授の主。

50.司祭の仕事について言っておきます。みて、1つのなかに3つの試験があり、3つの方法で与えられるかも知れません。ぼんやりさんは火をくぐり、しっかりさんはもっと賢く、選ばれた高貴な人々はもっとも高く。そうしてあなたは星と星、団と団を得るでしょう。お互い知らないものどうしのままで。

51.ひとつのお宮に4つの門。お宮の床は金と銀。ラピスラズリとジャスパー、不思議な香りのお香、ジャスミンとバラ、死の紋章。彼に4つの門を順番に、それとも一度にくぐらせて、お宮の床に立たせましょう。沈んでしまわないかって? ああん、ほら!戦士よ、あなたのしもべが沈んでしまったらどうする? 実はどうとでもできるの。だから気高くしていなさい。きれいな服で着飾って、おいしい食事と甘く泡立つワインを楽しむの。思う存分、愛を満たして、満たされて。いつでも、どこでも、誰とでも、あなたの思うがままに、だけどいつでもわたしのために。

52.もしも正しく為されなければ、もしも記号を混ぜっかえして「それは1つだ」とか「それはたくさんだ」とか言うならば、もしも儀式がわたしに捧げられなければ、、、ラ・ホオル・クイトの怖いおしおきを、覚悟するべきね。

53.こうして世界は生まれ変わるの。わたしの妹、小さな世界、わたしの心臓とわたしの舌を、わたしがキッスを授けるものへ。そしてね、書記官で預言者であるあなた、あなたが王子さまたちに仕えていても、あなたは慰められも許されもしないわ。だけど、ひかりはあなたのもの、そして地上のよろこび。いつでも、わたしに。わたしのために。

54.一文字のかたちさえも、変えてはだめ。預言者よ、あなたはそこに隠された不思議の全てをみることはできないのだから。

55.あなたの中から生まれるこども、彼こそが不思議の全てをみるでしょう。

56.彼は東から、それとも西からやってくる?そんなことを期待してはだめ。彼は誰も予想しなかったお宮からやってきます。アウム!どんなことばも大切で、どんな預言者も本当です。彼らはほんの少ししか理解していないとしてもね。方程式の前半分は解いて、残り半分は放っておきなさい。それでもあなたは全てを明るいひかりのなかに保ち、全部ではなくとも一部を闇のなかに保ちます。

57.星々の下で、わたしを喚んで。愛こそ法なり、意志の下の愛こそが。とんちんかんが、愛を間違えないように。愛といってもいろいろあるからね。鳩もいれば、蛇もいます。しっかり選んで! 彼、わたしの預言者は、砦の法を知ることと、神のお宮の偉大な不思議を選んだわ。

わたしの書のこれら古き文字は全て本当です。だけどツァダイは星ではありません。これもまた秘密なのです。わたしの預言者がそれを賢い人たちに知らせるでしょう。

58.わたしは想像もつかないほどのよろこびを地上にもたらすわ。「信じる」ではなく「確信」を、生きてる間中、死の瞬間まで。言葉にできない安らぎ、休息、ひかりを。生け贄なんて、いりません。

59.わたしのお香は樹脂豊かな木とゴム。血なんて含まれていないわ。わたしの髪は永遠の木だもの。

60.わたしの数字は11。わたしたちみんなの数字。真ん中に円を持つ、5つの点を結んだ星、その円は赤。わたしの色はみえない人にとっては黒、みえる人には青と金にみえるわ。わたしを愛してくれる人々には、秘密のひかりを授けもしましょう。

61.だけど、一番大切なことは、わたしを愛すること。砂漠の星空の下、わたしに向かってお香を炊いて、きれいなこころでわたしを喚び、その中で蛇の炎が燃え上がるなら、わたしの胸でほんの少しだけ、あなたを休ませてあげましょう。たった一度のキッスのために、全てを差し出したくなるでしょうね。だけど、ほんの一粒のちりをも差し出した瞬間、あなたは全てを失うでしょう。たくさんのいいものと美しい女たち、スパイスを集めなさい。きれいな宝石を着飾りなさい。地上のどんな国よりも輝かしく、誇らしく。だけど、いつでもわたしへの愛のために。そうしてくれると、わたしはうれしい。あなたに厳かに命じます。薄いローブと見事な王冠を身につけて、わたしの前に来て。わたしはあなたを愛しています!あなたが恋しい!青色でも紫色でも、ヴェールに隠されていても艶やかであっても、あらゆる紫色のよろこび、どうしようもないほどに目を回しているわたしは、あなたが欲しい。翼をつけて、あなたの中のひかりのとぐろを解き放って。来て!

62.あなたと会っている時はいつでも、わたしの秘密のお宮で、はだかで、よろこびにふるえ、燃えるような瞳の女司祭に、みんなのこころの炎を喚び起こす、愛のうたを歌わせましょう。「わたしに!わたしのもとに!」

63.せつなくてたまらない愛のうたをわたしに!燃え上がる香をわたしに! 宝石で着飾ってわたしのもとに!乾杯をわたしに!わたしはあなたを愛している!愛しているの!

64.わたしは青いまぶたの黄昏の娘。艶やかに輝くはだかの夜空。

65.わたしに!わたしのもとに!

66.(そうしてヌイトは去っていった。)









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2011年10月06日

10月28日 3.11 Nuclear Crash以降の生き方を探る

311NuclearCrash
(フライヤーPDFはこちら

先日予告した岡山ペパーランドでのトークイベント詳細が判ったので改めてお知らせ。

「3.11 Nuclear Crash以降の生き方を探る」@岡山ペパーランド
311という現実が教えた私達の内部の「破壊のカマド」とは何なのか?その「破壊のカマド」に気付いた時、私達はこの現実にどのように立ち向かっていくのか - 音楽、芸術、あらゆる文化の問題を問う

TALK:
能勢伊勢雄岡山ペパーランド主宰)
■伊吹圭弘:敦賀遊会主宰・化学技術者

『遊会』とは… http://www.pepperland.net/yuukai.html
松岡正剛氏が出版社・工作舎で編集していた雑誌『遊』の企画として各地で開かれていた『遊会』。また、ライブハウス「ペパーランド」オーナーの能勢伊勢雄が続 けている『岡山遊会』。そして、2007年からは『四国遊会』が香川県高松市で始動。それらの精神を引継いだ『敦賀遊会』。誰でも参加でき、何ものにもとらわれず、そして、様々なジャンルを横超することに始まり、似ている事の気楽さや自由さを求めて、自由に参加できるのが魅力。本当の自由を求め、常に変化し続ける世界を見る目を持ち、生きることの表現を持って、遊星的郷愁を求める一員でいようではありませんか。


■蝦名宇摩(津軽三味線)
「アイ・アム・ヒッピー」などの著作で知られる伝説のヒッピー・ポン氏を父君に持つ津軽三味線女性師範。311を機に岡山に移住。当日は勿論演奏も!

■木内賢(クリエイティブディレクター)
広域瀬戸内海文明デザイン&コミュニケーション主宰。言語とリアリティ、魔術的想像力をキータームとして瀬戸内海に投影される「散都」と新文明圏のビジョンを模索。http://23youbi.seesaa.net/article/223542887.html

LIVE:
Imagenos
The nothingface from Colombia
蝦名宇摩
Tung -Tah
壊れたホテル
Rrose selavy / Celine +岩本象一

Food:
cafe Moni

2011年10月28日(金)
岡山ペパーランド
Open 18:30 / Start 19:00

19:00 - 22:10 LIVE
22:20 - 23:50 TALK
24:00 - 00:30 LIVE
朝までフリーカンファレンス

Info:
岡山ペパーランド
岡山市北区学南長2-7-4
TEL: 086-253-9758
http://www.pepperland.net

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2011年09月09日

高野山1000年まつり


Burning Man帰りの真言宗僧侶が中心となり高野山にて「今から1000年続くまつり」としてオーガナイズするDIYフェス。

高野山1000年まつり 2011年9月17日(土)18日(日)
http://blog.livedoor.jp/jishoshizuka-koyasanmusicfestival/

フライヤー:裏面(交通アクセスや様々な参考情報がまとまっています。要チェック:0913リンク切れ修正)
PDFダウンロード


マジカルパワーマコ×護摩法要、木村充揮&内田勘太郎(Ex.憂歌団)他。
18日お堂でのトークは

マジカルパワーマコ氏 http://magicalpowermako.jimdo.com/
作家黒田晶氏 http://bit.ly/mX8WKD
静和尚 http://bodhi-tree.sakura.ne.jp/about.shtml
オーガナイザーはっちゃけ氏 http://indigo-staff.blogspot.com/
とともに不肖Bangi Vanz Abdulも参加。

街まで買い出しに徒歩30分でいける便利さで、最低限のキャンプ装備で気軽に参加できる分、パフォーマンスやワークショップなど自由なクリエイティビティを持ち寄って「No Spectator」の精神で皆でつくるパーティ。Let's目撃&合掌。

以下最新タームテーブル。

【高野山1000年まつり タイムテーブル案110909版】

9月17日(土)
開始前    読経
13:00-14:00 Kanadian (DJ)
  http://iflyer.tv/kanadian/
14:00-16:00 Dr.Tommy (DJ)
  http://iflyer.tv/funkateer/
16:00-16:30 声明
16:30-17:30 田中峰彦(シタール) & 田中りこ(タブラ)
  http://homepage1.nifty.com/mineral-t/
17:30-18:30 木村充揮&内田勘太郎 (ex-憂歌団)
  http://www.dandylion.info/
  http://www.uchidakantaro.com/kyokutorakuon/Welcome.html
18:30-19:30 Cow'P & supaluga (LIVE)
  http://www.myspace.com/cow-p
  http://supaluga.blogspot.com/
19:30-21:00 YUMMY (DJ)
  http://djyummy.net/
21:00-21-30 読経
21:30以降  各自キャンプ/宿坊泊&小さな音で有志のDJ
       高野町天体観測所にて「高野山天文同好会」様の天体観測会
      http://homepage3.nifty.com/stellarbell/sub6.html

9月18日(日)
開始前     読経
13:00-14:00 Mats (DJ)
       (from 神戸市兵庫区出在家町 宴坐enza)
14:00-15:00 Ghetto Soul Unity Band (即興音楽集団)
  http://www.youtube.com/watch?v=WvlCYk9JFP8
15:00-16:00 豊田晃カルテット (フリージャズ)
16:00-18:45 【COLOR MUSIC ACTS】
  KEEP EARS OPEN(LIVE 2Vo, 2keys,bass)
  http://www.color-music.net/artist/jkl/keep-ears-open/
  CHIHIRO BUTTERFLY (LIVE LAP TOP.+VOICE)
  http://www.color-music.net/artist/abc/chihiro-butterfly/
  カウヒ(DJ)
  http://www.color-music.net/artist/jkl/kauhi/
  nataraja(DJ)
  http://www.color-music.net/artist/mno/nataraja/
18:45-19:45 松葉勇輝(chillreru)
19;45-20:45 護摩&マジカルパワーマコさんセッション
  http://magicalpowermako.jimdo.com/
ライブペイント by 心蓮(中村智則)
20:45-21:30 トークショー
  (マジカルパワーマコ/黒田晶/Bangi Vanz Abdul/静和尚/はっちゃけ)
21:30以降   各自キャンプ/宿坊泊&小さな音で有志のDJ

http://blog.livedoor.jp/jishoshizuka-koyasanmusicfestival/
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2011年09月01日

311以降の現実分離Reality Divideと散都のビジョン

来る10月28日19:00〜@岡山ペパーランドにて能勢伊勢雄氏はじめ各界パネラーの皆さんとご一緒するトークイベント『3.11 Nuclear Crash以降の生き方を探る』に向けて準備した自分のレジュメをなんとなくシェア。当日は津軽三味線のライブやパネラー・観客車座になっての朝まで座談会など予定されているようです。ピンときた方は是非ともハッとしてグーな感じでお気軽に足をお運びください&この機会に岡山遊びにいこっかなーて方なんかも是非どうぞ。イベント詳細情報が判り次第、再びここでお知らせします。

バンギ・アブドゥル
「311以降の現実分離Reality Divideと散都のビジョン」

私が311以降の東京で最も鮮烈に体験したことは、放射能の恐怖でも地震の被害そのものでもなく、首都圏の人々の心理的・精神的な「現実分離」現象でした。戦後からポストバブルまで形成されてきた「日常」の認識が根底から支えを失い、全てが生死のリアリティを伴いつつ切迫して問い直されるなか、東京という都市の「合意現実Consensus Reality」は共通のコードを失い、互いが全く別の宇宙に存在しているかのような、まるで無数の島宇宙に分裂したかのような混乱した言語空間・社会空間が突如、重層的なレイヤーとして現れたのです。

ある人は唯一の日常の継続を信じ、恐怖と不安の存在そのものを拒絶して目を瞑り、またある人はあらゆる状況に懐疑を投げかけ、終末論的な自閉と弾劾の身振りを反復するなか、言語はコードとコモンセンスの節点から遊離し、深刻なディスコミュニケーション状況を生み出しています。

私はこの状況をReality Divideとして捉え、現前するリアリティの断裂面をつぶさに観察することから、可能な対処と語るべき言葉を探りたいと考えます。また、分裂した現実から無数の島宇宙のネットワークが自律的に生成され、新たな均衡状態へと移行していくプロセスを「散都」のビジョンとして描き出し、瀬戸内海に投影される新たな文明圏の可能性を提示したいと思います。

キーワード:
社会病理としての解離/生死の忘却/「みえないもの」を巡る霊的内戦状態/祭りからの再開/永続性の倫理・持続可能性と断念・時間憲法/健康優良陰謀論者の作法/広域瀬戸内海文明圏・TAZ・オノコロジー


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2011年08月20日

凡魔劫 The PanDaemonAeon

沌年 ANNO CHAOS
凡魔劫 The PanDaemonAeon
黒陽殿より from Templum Nigri Solis

From:
"Rebels & Devils The Psychology of liberation" Edited by Christopher S. Hyatt,Ph.D.
ISBN 1-56184-153-6

 それは1945年8月6日午前8時のわずか後、広島で始まった。思考不可能なものと具現不可能なものが融和し、ひとつの激変をもたらした。核分裂実験は既に秘密裏に達成されていたものの、その真実の力はいまだ世界に広く示されてはいなかった。以前には不可侵だった宇宙の要素は正確なテクノロジーによって制御され、エネルギーと物質の明確な関係性が証された。地球の倫理の守護者と目されていた「源初の世界」は、完全なる慈悲深き神の名において祝福された純粋悪の使者をこの世界に送りだしたのだ。

 原爆投下は多大なリスクを内包していた。一度核分裂が始まると、全ての物質の原子構造が連鎖反応を起こす可能性が検討されていた。にもかかわらず、「自由世界の守護者」を名乗る者たちはそのギャンブルを選択した。人類は、あの朝の出来事が起こるまでは神の領域とされていた完全殲滅の力を、いまや手中にしたのだ。

 マスメディアによって、全地球的集合意識は永久に変革された。広島の原爆投下ーその破壊力の全貌をいまだ解明することが困難なほどの暴挙ーは、メディアと通じて「認可」された。それ以来、全てが許されているのだ。慈悲深き神が、思考不可能なものを顕現させ、具現不可能なものを物質化することを許すのならば、以降なにものも再び「真実」とは成り得ない。

 原爆は人類の集合魂を爆破し、巨大な穴を穿った。眼前に現出した、人類の代表者たちによる完全破壊の脅威によって、超越者、外なる宇宙原理への信仰とそれに基づく社会的・政治的構造は蒸発してしまった。わずか5分後に起こりうる地獄、それを阻止する聖なる救済の手が間に合う見込みはない。物質はいまや人類の運命とともに究極的な制御対象となったのだ。

 戦後世代は死のメカニズムから抽出されたテクノロジーによって対数的に拡大成長する社会経済を受け継いだ。新しい、加速された世界は、過剰なテクノロジー、イデオロギー、そして可能性に溢れた今日へと昇り詰めた。一方、拡大する物質的地平とともに精神的な虚無感が、新しい超越主義の形、人類の生物種的必要としての超越の探索に向かう引き金を引いた。1960年代におけるオカルトリバイバルとドラッグカルチャー、東洋思想への接近といった大規模な実験は、ビリー・グラハムと第二バチカン公会議の接近同様、この探索の現われであった。パッケージ・ホリデイからマルクス主義まで、あらゆる事物はポストアトミック社会の真空を埋めるように拡がっていったが、それらは見せかけのものでしかなかった。

 原子爆弾は精神のランドスケープのみならず、伝統的な世界観の全てを覆えした。最初の大規模な核の力のデモンストレーションは、相対性理論的宇宙から量子論的宇宙への移行を宣言した。量子理論はようやく認知され始めたばかりであり、現時点ではいまだ殆どの学校がこのポストニュートン物理学をカリキュラムに組み入れることの困難さを抱えている。そうすることは、旧来の西洋的パラダイムの全体構造に挑戦することに等しい。広島以前の世界では、科学と宗教は強く結び付いていた。双方の実践家、科学者たちがそれを否定したとしても、双方間には暗黙の同盟関係が存在した。戦前の科学思想の殆どは、アインシュタインをして最後の論理的ハードルを諦めさせた「創造者/神」というアイデアを許容し、固執していた。

 魔術、アートであり科学でもある魔術は、社会的に容認された思想の外部にあるという点において、権威的社会の限界に対する相対的な自由さを残している。魔術は、懐古趣味的な幻想に陥る危険と背中合わせながらも、人類の意識の進化に伴ってデータと技術を蓄積してきた。魔術の本性的な傾向とはプログレッシブ、エクスペリメンタル、アナーキックであることであり、充分な言語的ネットワークの欠如によって押し留められてきた、文化的メカニズムが発現する前進力そのものとしての思想である。

 魔術は、権威によっては知りえない宇宙の勇敢な探究者にとってのマトリクスとして機能してきた。ロックンロール世代の聖像破壊によって、新しい社会は自由な魔術的パースペクティヴを再発見する。それは、部族社会からマスコントロール社会に移行して以来、特権的に保護され、容易にはアクセスできなかったものだ。

 支配的文化が押し付けようとしてきた制限にも関わらず、今日の我々は情報とテクノロジーに容易にアクセスできるサイバーエイジに生きている。この世界は、かつては知識がそれを望む者たちに開かれて、直接に体験することができ、あらゆるリアリティが遍在していたシャーマニックエイジの鏡像である。我々は、かつて草木を繁み恐竜を歩かせてきた神経回路ハードウェアを所有し、そして今、それを再起動させるための新しい魔術的テクノロジーを見い出そうとしている。それがケイオスマジックだ。それによって我々は、リアリティを最大限に能率的に、直接的に操作するテクニックを加速し、完成させようとしている。この新しいテクノロジーは、全ては可能であり、あらゆる想像可能なリアリティは、我々が呼吸する普く空間のサブスペースに拡がる「ポテンシア」に息づいているという悟りを魔術師にもたらす。ポテンシアは全てを内包し、制限はない。これは正統的な見解におけるケイオスであり、遍在する原初のスープである。

 デーモンとはエナジー/情報の配置パターンであり、今やあらゆる配置パターンが可能である。あらゆるデーモンは解き放たれ、この真の時代精神は名前を持っている。あらゆるデーモンの時代、"PanDaemonAeon"。1987e.v.は42PDAでもある。

Io Chaos!
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2011年06月12日

想像してごらん(池田信夫先生に捧げる)

Imagine 想像してごらん

Imagine there's no option 想像してごらん 選択肢なんてないんだと
It's easy if you try やってみれば簡単さ
No nuclides below us 地面に放射能なんかなくて
Above us only clouds 空には雲があるだけ
Imagine all the people 想像してごらん みんなが
Power on today 今日も電気を使ってるって

Imagine there's no community 想像してごらん コミュニティなんてないって
It's not hard to do そんなに難しくないさ
Nothing to cancer or leukemia 癌や白血病に原因はなく
And no dosimeter too 線量計もない
Imagine all the people 想像してごらんよ みんなが
Living in reference line 基準値内で暮らしてるって

You may say I'm a dreamer 僕のこと、夢想家だって思うだろ
But I'm not the only one でも僕一人じゃないんだ
I hope someday you'll join us いつか君もこちら側にきて
And the world will be as one 世界はひとつになるんじゃないかな

Imagine there's no monopoly 想像してごらん 独占はないって
I wonder if you can 君ならできると思うよ
No need to save or abolish 節約も廃止も必要ない
All-electric of man 人類のオール電化
Imagine all the people 想像してごらん みんなが
Sharing all the stocks 電力株を持ち合ってるって

You may say I'm a dreamer 僕のこと、夢想家だって思うだろ
But I'm not the only one でも僕一人じゃないんだ
I hope someday you'll join us いつか君もこちら側にきて
And the world will be as one 世界はひとつになるんじゃないかな

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611同時多発デモ@岡山

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岡山市内でのエネパレ611デモに参加してきた。
http://enepare.blog.fc2.com/

東京高円寺での大規模デモに共鳴するかたちで主催されたデモ行進で、勿論岡山ではいわゆる「ニューウェイブ系」デモとしては初とのこと。主催者発表500名が参加。

デモは終止穏やかな雰囲気に包まれていて、整理にあたる警察官も極僅か。都合3人くらいしか見なかったが、3人もいればなんとか仕切れそうな雰囲気だった。

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サウンドカーなどは登場せず、各自思い思いの鳴りもので自律的なリズムを楽しむフリーセッションのよう。
路行く人たちも好意的に見守る感じで、ショップの軒先から、カフェのテーブルから、デモ隊との間で笑顔とCheersが交わされる。

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高円寺でのデモは先導する杉並警察署の車輛上から終止杉並警察署長が警告を繰り返し、爆音PAを積んだサウンドカー上ではハードコアやフリージャズのバンド、絶叫と雄叫びのアジテーター、イカレ度高めのトリックスターたちという、一種の「殺気立った感じ」がデモのテンションをいい感じに高めていたの(*1)に比べると、岡山デモにはその「殺気」はない。

これはつまり、身体的な危機感の差からくるものであろう。東京では余震も継続し、放射能に対する身体的危機感も誰しもがリアルに感じており、つまり皆「ピリピリ」しているのであり、反原発デモはその身体感覚のテンション上に、「日常」への同調圧力に反抗する極めて政治的意味の強い場であった。

しかし岡山では相対的に身体的危機感は薄く、デモ行進の身体は「戦闘状態」ではなく「合同礼拝」のようなテンションに調律されていく。昔ながらの左翼運動家たちの「闘争的」ビラもまくにはまかれるが、打楽器と歩行リズムによるフリーダンスセッションの前で、その意味は漂白されていく。

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おそらく、関東以西の各地方でも同じような空気ではないだろうか。おれはこの点に、今起きている「うねり」の可能性を見る。
いま起きていることは、おそらく、既存の文脈でいう政治行動Political Actionに留まるものではなく、ある種の締念から精留された祈りと、閉塞した世界に穿たれた一点の風穴から吹き込む冷たく新鮮な気流の知覚への率直な歓喜、祭りの予感に溢れた、より混沌として力強く、明るいものであるように思える。

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誤解を恐れずいえば、今起きているこのうねりは、21世紀の「ええじゃないか」運動という側面を持っているのではないか。そしてそれはデモの持つ政治的メッセージの切実さとActionの価値を貶めることではなく、むしろ20世紀的なイデオロギー闘争のフレームワークを軽やかに飛び越えていくための、極めて重要な視点、支点となり得る。

反原発デモなんてのは、原発がある限りいつやってもいいのだから、毎月、あるいは隔月、季間と、ずっとやり続ければよい。
そうやって、いわば原発を口実に、集い、騒ぎ、怒りも喜びも身体と時空を介して表現することの「悦楽」を浸透させていけるのではないか。

例えば岡山城下には穏やかな旭川を取り込んだ美しく大きな公園があるのだが、ここが例えば東京代々木公園のような、誰がなにするでもなく、しかしある時には誰もがそこにいるような「場」とはなっていないとのこと。全国地方都市におそらくあるこうした「場」のポテンシャルを解放し、天気の良い日や夕日の奇麗な夕べには公園に集い、飲んだり喋ったり踊ってみたりすることの楽しさを知る人間の絶対数を増やしてしまう、その口実として、今後しばらくはずっと、いつでもやれる原発デモをオーガナイズしていく、という戦略。

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そのうちに、デモの「ご当地化」が予想される。オーガナイザーは経験を積み、アジテーターは洗練され、参加者は「どう楽しむか」のノウハウを蓄積していくだろう。最初は「スタイル」を模索しサウンドデモを記号として参照しつつの試行錯誤がペースにのると、おそらく、例えば徳島では阿波踊りの新興連が、高知ではよさこいチームが、青森では若手アーティストによる現代ねぶたが繰り出してくるだろう。反原発というコンセプトは、それを可能とするくらい強い説得力と集約力を持つ。レイブカルチャーが結局はなし得なかった「祝祭の爆散」が、「真面目なええじゃないか」が、もしかしたら、今、可能なのかも知れない。

踊ること、叫ぶことがそのまま祈りであり瞑想であり得るような、そんな精神性と身体感覚を体験的に知っている、ある世代ある層が提示できる反原発の姿勢Attitudeと行動Actionとは、原発そのものよりもむしろ原発利権構造の温存を可能とした現代社会の最も深層にある「なにか」を不可逆的に更新するものであり、その目的の下に、「うねり」はイデオロギーと言語的閉塞の罠に絡めとられることを回避し続ける。さらに誤解を恐れずにいえば、お題目としての「反原発」(*2)に拘る必要もなく、むしろ観念的な「反原発」に絡めとられそうになるその瞬間にいつも、「なにか」を察知する霊感と「なにか」に対峙する身体感覚を取り戻し、新たなる脱出速度に向けて加速しなければなるまい。この世代、この世界、「今」、可能かつ有効なPolitical Actionとはそのようなものでしかあり得ない筈だ。(*3)

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(*1)
その模様はバイノーラルマイクで収録し、以下のURLにて公開している。
カナルタイプヘッドフォンで立体音場を体験して欲しい。
http://www.youtube.com/user/KAOTAOATOAK
http://soundcloud.com/bangi23
また、「殺気立っている」というのは一種の心象風景の描写であり、実際のデモは何ら暴力的な要素はなく極めて穏便なものであったことを誤解なきよう追記しておく。さらに加えると、個人的には何が起こるかわからない創造的な「殺気」に溢れた場のほうはむしろ好みである。デモンストレーション、即ちお洒落のしがいもある。

(*2)
「反原発」とは根源において「永遠とはなにか」もっと当世風にいえば「持続性Sustainabilityの作法や如何に」という問いであり、その問いを抜いてしまえば「反原発」はコストとリスクの勘定書のもと「もっと安全な原発を」求める運動にスライド可能である。それはそれで結構なのだが、おれの興味はそこにはない。

(*3)
アレイスター・クロウリー「法の書Liber AL ver Legis」

2:27 わが内には重大なる危険がある。何故なら、これらのルーン文字,北欧古代文字を理解せぬ者は重大なる失敗を犯すであろうからだ。彼は、「だからBecause」と呼ばれる奈落へと落ち、そしてそこで彼は「理由Reason」の犬どもと共に滅びるであろう。
2:28 今こそ「だから」とその同類に呪いをかけよ!
2:29 願わくは「だから」が永遠に呪われんことを!
2:30 もし「意志」が立ち止まり、「だから」を召喚しつつ「何故」と叫ぶならば、「意志」は停止し何をも為さぬ。
2:31 もし「力」が何故と問うならば、「力」は「弱き者」となる。
2:33 「だから」にはうんざりだ!犬故に呪われよ!

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2011年06月01日

第4世代魔女ユニット R.A.M.I.P.A.S.

rumitan.jpg
東京大阪に自身のサロンを持つヒーラー・谷崎「るみたん」榴美女史と、文藝賞授賞作品「メイドインジャパン」「世界がはじまる朝」で知られる作家・黒田晶女史による、イケてる「第4世代」魔女ユニットR.A.M.I.P.A.S.(*1)について。

両女史とは某結社夏至儀式及び小会合で初対面後なにかと意気投合&茶飲み陰謀話を重ねてきた。彼女たちの背景としてのガードナーからネオペイガンへの現代魔女宗の流れ、黄金の夜明け団からクロウリーそしてケイオスへの西洋儀式魔術の流れを踏まえつつ、自身の体験と実践から独自の視点と方向性を確立している彼女たちの才覚は、日本語圏におけるこの分野の重大なLost in translationを直感的に解読し、さらにTranslationを超えたCreationへと文化的状況を前進させる極めてパワフルかつ真摯なものだ。

アイコンとしての「魔女」が含む様々な要素を「正統/不純物」に分離することなく包括的に受け入れ、その根源に普遍的に蠢く力動に直接的にアクセスし得る「現在的で、故に真正な」シジルとしての21世紀日本の魔女アイコンをリデザイン/リノベーションするR.A.M.I.P.A.S.の意志は、前述のGD/クロウリー/ウィッチクラフトの近現代オカルティズムの文脈に加えダダ/シュルレアリスム/シミュレーショニズムの美学史、シチュエーショニズム/存在論的アナーキーのサイバーアクティヴィズムの流れを一本の急流へと再統合し、アキバと原発と21世紀日本のプラトーを駆け抜ける不可視の五十鈴ミルキーウェイとしてまばゆくキラめく精神潮流を生み出しつつある。(*2)

R.A.M.I.P.A.S.の標榜する「第4世代魔女」とは、「第1世代:古代シャーマニズム/アニミズム」「第2世代:キリスト教世界における対抗宗教」「第3世代:ルネサンスとしてのネオペイガン」に呼応するもので、その定義は本質的には来る「第5世代」の慧眼に委ねられるべきものだろう。彼女たち自身の言葉によれば、それは「Either / Or」ではなく「Both / And」のアイデンティティであり、そこでは少女時代に胸踊らせた「らみぱすらみぱするるるるる〜♪」(*3)が時代の霊智Gnosisにダイレクトアクセスするマントラとして鳴り響く。様々な時代にそれぞれの意匠を纏って噴出していた女性的霊智の泉を、時間的にも空間的にも外部にではなく現在という内部の森の中に再び見い出し、その精髄Elixcirを汲みだす自身の呪文と儀式を創造する。

再び彼女たち自身の言葉を引けば、それは「夢から醒める魔法」である。なにから醒めるのか? そこには重層的な「夢」を個別に指摘することができるが、例えばそれは視得ざる原発利権の暴力統治を基盤とした「戦後高度成長」とそこから垂れ流されてきた繁栄という幻覚、魔術的想像力、創造力にかけられた「中ニ病」(*4)という呪い、幕末開国以来継続され情報環境の爆発的進化によって窓穴を穿たれた言語的錯誤の檻、それらが東日本大震災によってメルトダウンした「痛ましい好機」を機敏にして逃さず、手製の海賊船(無登録/女の子仕様)でシンクロニシティの外海流に漕ぎ出し、ついには「あなたは孤独で無力である」「あなたの魔法は無効である」というFinal Nightmareを内破する企みであろう。 海賊旗には乳房と闇の谷、母なる野獣の鋭く尖った八重歯に支えられた神鏡の図案にルーン文字で"Awake, Despell, DIY"ないし"Kawaii is Numinous"というモットーが記されている筈だ。



2011年5月22日に東京・六本木Indigo(*5)にて開催された「魔女集会」- "Wiccpot"の様子は、Ustreamでの配信で多くの人が目撃しただろう。現場で行われた榴美たん書き下ろし儀式では、4方向に着席した参列者の一人一人の耳元に榴美たんが「想起せよ」から始まる4元素の即興詩を囁いた。それは勿論、R.A.M.I.P.A.S.公式サイトで公開されている式次第には載っていない、その時間その場所、その人だけの秘密の啓示なのだ。その官能的で催眠的なイメージ喚起の魔法を体験する幸運は、メルトダウンした「リアリティ」の風穴を通じて、全ての「あなた」に開かれている。

ぽろりもあるよ!

R.A.M.I.P.A.S. ブログ
http://ramipas.illumine.jp/

榴美たん@Twitter
http://twitter.com/#!/uneuneco

晶たん@Tumblr
http://diyreligioniscool.tumblr.com/

(*1)
その意味するところは一説によれば "Rumitaniac Akiranian Majo Interface and Protocol of Anarcho Spectacle" であるとされるが、定説はない

(*2)
http://twitter.com/#!/uneuneco/status/72550647702102016

(*3)
漫画及びテレビアニメ「ひみつのアッコちゃん」で、アッコちゃんが変身を「解く」時の呪文
http://ja.wikipedia.org/wiki/ひみつのアッコちゃん

(*4)
90年代初頭から311まで継続したこの閉塞状況とその内破を描ききった滝本竜彦「ムーの少年」も必読。



(*5)
http://indigo-staff.blogspot.com/
ここはネバダの巨大&壮絶アートフェスBurning Manの日本エージェントのたまり場でもあり、この偶然の必然においてもオカルティズムとアクティヴィズムのLost in translationは補完されている訳である。

PS.
ヒーラー榴美たんのセッション体験記はこのあとたぶんすぐ!
posted by bangi at 17:18| Comment(0) | 神秘 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする